第7話 コラボ配信
「バイバーイっ!」
元気に手を振る柚花と別れた俺は、おとなしく帰路につく事にした。
無駄に気疲れしたきがする。
連絡先を交換こそしたが、正直二度と会う事は無いだろう。
話が合うとも思えないし、何より会う理由が無い。
この時はそう思っていた。
が、それは数日後、思わぬ形で覆されるのだった。
◇◇◇
「みんなこんキャピ〜☆ ゆずぽんだよー! 今日はスペシャルコラボ配信と言う事で、今話題のこの方に来てもらいました! どーぞっ!」
「ゆずさんファンの皆さんはじめまして! 清水祭理です。よろしくお願いします!」
とあるCクラスダンジョンの入り口付近。
お洒落なコーディネートに身を包んだ柚花と、いつも通りの格好ではあるが僅かに緊張の面持ちを見せている祭理の姿。
女装姿の俺の横には、撮影役の女の子がカメラを持って立っている。
────どうしてこうなった……。
発端は柚花と会ってから一週間が過ぎた頃。
祭理がとある配信者とコラボすると言いだした。
誰かと思えば、以前祭理がダンジョン配信を始めるって言い出した時に見せてきた、最近流行りのギャル系Dチューバー、名を羽生柚花。
……ってあいつじゃん!!
そうか、なんか見覚えがあると思ってたがこれか。完全に忘れていた。
そうして俺は、連絡先も交換した仲の知り合いに、女装姿で再会する事になったのだった。
柚花の様子からして、今のところこのゴスロリ姉さんが清水凪だという事には気付いていなさそうだ。
ちなみに、祭理はこの事を知らない。
柚花と会った日、家に帰ると俺から女の匂いがすると言って小一時間に渡る尋問を受けた。
不機嫌そうな祭理を見て、その時は適当に誤魔化してしまい、今更柚花とお茶してましたとは言いずらかったのだ。
やはり嘘はつくもんじゃ無いな。
今日から正直に生きていこう。と思ったが、それはリアルタイムで女装している時点で不可能であった。哀しきかな。
まさかあの時のギャルが、祭理と同じダンジョン配信者だったとは。
〈祭理コラボキターー!〉
〈二人とも可愛すぎる……〉
〈姐御いる?〉
〈ハネマンちゃーん!(気高き咆哮)〉
〈ハネマンちゃーーん!〉
さすがは人気配信者。開幕からコメント欄がお祭りのように賑わい出す。
「ハネマンゆーな!」
俺の横でカメラを持っていた女の子が、棒付きキャンディを口に含みながら吠えた。
彼女の名前は羽生田みちる。
柚花の妹で、視聴者からは「ハネマン」の愛称で親しまれているらしい。
本当に祭理と同じ高二かと疑いたくなるくらい背が低くて、ボリュームのある髪をツーサイドアップに結っている。
どこか眠たげに見えるツンと跳ねた目尻が、ダウナーな雰囲気を醸し出していた。
配信前に羽生と羽生田について、何故違うのかを祭理が尋ねたところ、
『だって羽生のほうが可愛いじゃん? 田ってなんか田舎くさいし。真のギャルに田は不要! あっ、山はセーフ(笑)』
などと、非常に頭の悪い理由で勝手に羽生を名乗っているらしい。
全国の田の民に謝れ。そして良かったな山の民。
ってことで羽生田姉妹と清水兄妹のコラボ配信が始まったわけだが、いつ女装がバレないか気が気ではなかった。
「あ〜んっ、やっぱ超可愛いい〜! 妹にしたい〜」
言いながら祭理に抱きつき、その露出度の高い豊満なバストを押し付ける柚花。
祭理は二つの果実に溺れながらこちらに向かって言った。
「おねぇちゃん! すごいよこれホンモノだよ!」
だからなんだよ……。
感心しながら柔らかそうな胸の感触を確かめる祭理。分かったからとりあえずそこ変われ。
〈あら〜^^〉
〈いかんな……これはえっちすぎる……〉
〈てぇてぇ〉
〈ここが天国ですか?〉
〈百合は文学だから決してエロい目で見てはいけない(ムクムク)〉
タブレットを見ると、コメント欄が湧き上がっているのが見えた。
「ねぇさん。いつまでやってるの」
みちるからの指摘に、柚花は我に帰ったように祭理を解放した。
「なんと今日はCクラスダンジョンに来てます!
しかもこのダンジョン、どこかに大きな桜の木が咲いてる場所あるらしいよ!」
通常のダンジョン配信者が探索するのはCクラスまでが殆どだそうだ。
それでも深層まで行くのは上級者に限られる。
稀に再生数を稼ごうと舐めてかかった配信者がBクラス以上のダンジョンに入って悲惨な目に遭う事は珍しく無い。
「えー。ダンジョンに桜なんて変なの」
「それもすっごく綺麗なんだって! しかもその花びらをお守りに持っておくと、探索安全の御利益があるんだって!」
「へぇ〜。ちょっと欲しいかも!」
祭理が興味を示すように目を輝かせた。女の子ってこういうオカルトじみた話好きだよな。占いとか占いとか占いとか。
因みに俺は、事前の打ち合わせではCクラスダンジョンに入ると言う旨しか聞いていない。
〈うおー!オラワクワクすっぞ!〉
〈↑お前が入るワケじゃ無いだろカス〉
〈結構奥まで行く感じ?〉
〈C探ktkr)
〈油断せず行こう〉
〈無理しないでね……桜探しに行ったっきり帰って来てない人もいるみたいだから〉
Cクラスと聞いてコメント欄に不安の声が漏れる中、柚花は自信満々に笑うと、いきなり俺の方へ来て手を引いた。
カメラの画角まで連れてこられた俺は、あまり顔が映らないように俯く。まぁ、それでもほとんど見えてるだろうけど。
「みんな知ってるでしょ? ゴスロリバーサーカーおねーさん! ウチらにはこの人がいるから! ね?」
俺は声を出すわけにもいかず、渋々感を出しつつ軽く頷いた。
あとバーサーカーは余計だ。
〈うお、姐御もいるやん!〉
〈そりゃ祭理ちゃんとのコラボだしな〉
〈これは安全〉
〈姐御、二人をよろしくお願いします〉
〈勝ったな……〉
安堵感に包まれるコメント欄。
「そういえばおねぇさんの名前ってなんて言うんでしたっけ?」
柚花が急にそんな事を言いだし、心臓が跳ねる。
祭理に目配せすると、(^ o ^)みたいな顔をしたままフリーズしていた。おい。
「おねぇ。無理に聞いちゃダメだよ。まったくデリカシーないんだからー」
「そっかー。残念」
みちるに怒られわざとらしくしょぼくれる柚花。
そこで祭理が口を開いた。
「大丈夫大丈夫。えっとねぇ。おねぇちゃんの名前はー、えっと〜、清水ぅ……」
「清水?」
「清水……あ、あいりす」
──っ!?
なんで洋風なんだよ。苦し紛れにしてももっとあったろ。
俺は思わずこめかみを抑え項垂れる。
〈アイリスww〉
〈なるほどwだから言わなかったのかww〉
〈素敵な名前ですね!〉
〈愛里寿で合ってる?〉
〈いや亜維凛巣でしょ〉
〈↑それはない〉
〈ええやん!〉
「おおっ、アイリスさん! いいなー、超イカしてるじゃん!」
唐突なキラキラネームすら自然に受け入れるどころか好奇の眼差しを向けてくる柚花に、ギャルの感受性の高さを実感する。
そもそもこの手の文化は、大抵ギャルから生まれてくる。言葉もファッションも、流行り廃りの根底には常にギャルがいるのだ。
例えばだが、都会のカースト高めのギャルが『なんかポーンってかわいくね?』と言ったとしよう。すると、ギャル達の間でチェスをモチーフにしたデザインが流行り出し、商業的な影響を及ぼした末、チェスそのものを日本に普及させる結果に繋がるかもしれない。
ギャルチェスプレイヤーなんかも現れたりして、将棋連盟が焦燥と嫉妬に猛り迷走したあげく、藤井〇太さんに女装させるなんて狂行に至るかも知れない……それはないか。
なにはともあれ俺は、"清水アイリス"として配信界に名を広める事となった。
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