第6話 喫茶店とギャル
駅前の喫茶店に入ると、店内は休日の昼下がりだけあってか、若者から老人まで幅広い年齢層の客達で賑わっていた。
俺達はドリンクを買った後、偶々空いていた窓際の二人用の席に腰を下ろした。
因みに俺はアイスカフェオレ。ギャルはアイスココア(ソフトクリーム乗せ)。
結局俺が奢るってのは冗談で、むしろ奢って貰った。
「本当にいいのか? ぬいぐるみ取ったくらいで」
それも完全な運である。
「いいよ別に。おにーさんお金無さそうだし」
挑発的に笑いながら、ギャルはマスクを外した。白く綺麗な鼻筋と潤い豊かな薄紅色の唇が現れ、不覚にもドキッとしてしまった。
しかし同時に、奇妙な既視感を覚える。
どこかで見た事あるような無いような……。
ココアに乗ったソフトクリームを美味しそうに口へ運ぶ彼女の姿を眺めつつ、とりあえず気のせいという事にして納得した。
すると、ギャルが小さく呟いた。
「──その感じじゃ、知らないみたいだね」
「ん? 何がだ?」
「ううん。なんでもない。それより自己紹介がまだじゃん! ウチは
「よろしくなぽよぴー」
「ゆず入れてよ!」
なんでもいい訳では無かった。
「じゃあ羽生で」
「だからゆず入れてって! それに苗字じゃよそよそしいじゃん? オレたちの仲だろブラザー」
「ウェーイ」と言いながらアイス用の細長いスプーンをこちらに向け煽ってくる。
妹以外の女の子を下の名前で呼ぶのってなんか抵抗あるんだよなー。
「分かったよ……柚花」
さすがにニックネームは恥ずかしいので名前で呼ぶ事にした。
それにしても柚花っどこかで聞いたような気が……と思ったが今はそれどころでは無い。
何が恥ずかしいって、周囲の客達から感じる視線である。
大方、カップルがイチャイチャしてるようにでも見えているのだろう。
どこからか舌打ちでも聞こえて来そうな雰囲気だ。
「……っ」
あれ? どうしたんだろう。
柚花は黙り込むと、今度は照れくさそうに頬を掻いた。
「あーいやっ、普段あだ名で呼ばれる事が多いから、呼び捨てにされて逆にびっくりしたというかなんというか、あははー」
そっちが照れてるとこっちまで恥ずかしくなるだろうが。
ついにどこかから舌打ちが聞こえた。
俺は雰囲気を紛らわすようにコーヒーを一口啜り、話を進める。
「……俺は清水凪、いずれ海賊王になる男だ」
「凪ぽん!」
「なんかバカみたいだからやめてくれ」
てかせっかくボケたんだから突っ込めや。悲し過ぎて本当に海賊になっちゃうぞチクショウ。
「じゃあ……凪」
………………。
どことなく気まずい雰囲気に戻ってしまった。
異性に名前で呼ばれた事が無かったから面食らってしまった。
これなら凪ぽんの方がマシかも知れない。
「「あっ」」
お互い同時に切り出そうとして声が被ってしまった。
もじもじと肩をすくめる柚花を前に、とりまコーヒーを一口。
うん──何この甘酢っぺぇ空気。
ブラックコーヒーはこんなにも苦いのに、勘弁してくれよ。
俺は半ば投げやりに言う。
「もうなんでもいいわ……」
「じゃあ凪ぽんねっ。けてーーい!」
さっきの恥じらいが嘘みたいにはしゃぐ柚花を見ていると、なぜか祭理の顔が頭に浮かんだ。
アイツとどこか似てるんだよなぁ。
「それにしてもさっきの凪ぽん、恥ずかしがっちゃって可愛いーっ」
"さっきの"とは名前で呼んだくだりの事だろう。
この口ぶりからして、どうやら揶揄われていたらしい。
確かに冷静に考えて、こんなギャルがあんなうぶな反応をするはずがない。
ギャルと言う存在は、『初々しい』とは対極の精神性を保持しているのだ。
ま、そんな事でいちいち腹を立てたりはしない。そろそろ本題を切り出すとしよう。
「それで? 目的はなんだ? パパ活の誘いなら他を当たってくれ。金なら持ってないぞ」
「そんなわけ無いじゃん。てかパパにしては若すぎるし」
「じゃあ兄か? 兄活か? もしかして最近流行ってんのか?」
画面の向こうのお兄ちゃんに投げ銭などでお金を貰っている部分では、ある意味で祭理も兄活していると言えるかも知れない。
「なんか勘違いしてない? 別にお金取ろうとかじゃ無いんだけど」
「でもこんな知らない男をいきなりカフェに誘うなんて普通に怪しいだろ」
それでもついてきたのは、この柚花という少女から悪意を感じられなかったからだ。これが演技だとしたら大したものだ。
その時は俺から形而上の主演女優賞をプレゼントしてあげよう。
「それはアレだよ〜凪ぽんがイケメンだったから〜ナンパ的な? ど? 嬉しい?」
露骨な嘘である(イケメンは本当だと信じたい)
それとも何か言いづらい事情があるのかも知れないが、無理に聞き出す必要もないか。
俺はこのコーヒーを飲み終えたら、ただ黙って帰るだけだ。
「ま、別に言いたくないなら言わなくていいけどよ」
柚花は意外そうな表情で俺を見据えると、ココアに視線を落として、小さく「……ありがと」と溢した。
俺がそれを聞こえないフリしていると、今度は柚花が思いついたように口を開いた。
「凪ぽん、ダンジョン配信って知ってる?」
「ぶっ……ごほっ……!」
本日二度目、口に含んだコーヒーを吹きそうになった。
まさかとは思うが、嫌な予感がする。
「え何? 大丈夫?」
「あぁ、なんでもない……ダンジョン配信ね。知ってる知ってる」
「じゃあこの子知ってるー? 今話題になってるんだけど」
柚花はスマホである動画を再生して見せてくる。
そこにはあどけない笑顔で洞窟の中を歩む少女──祭理がいた。
確かめるまでもなく、あの配信のアーカイブである。
「そ、そうなのか……っ」
自然と頬が引き攣るのを感じた。
できることなら今すぐ帰りたい所だが、流石に怪しすぎる。
「ちょっと前から活動してる清水祭理ちゃんって言うんだけど、チョー可愛くない?」
「かわいいな。猛烈に」
「あら素直。どした?」
「いいだろ別に」
思いがけない祭理への賛美に、俺の中で柚花の株価が火柱を立てて急上昇。
キミ、なかなか
「今この子すごいバズってるんだよね」
まぁ、そうなるよな。
不用意な事を言ってしまわぬよう、適当に相槌を打ってやり過ごすとしよう。
「ほらこれ」
案の定、動画の後半までシークバーを動かし、遂に女装した俺が画面に映る。
「祭理ちゃんのお姉さんらしいんだけど、すごい美人だよね」
「お、おう」
「そう言えば苗字同じだよね」
「そうだな。まぁ、そんな珍しくないしな」
なんとも言えないむず痒さを感じながら、俺は不審に思われないよう無難に答える。
画面の中では、ゴスロリ姿で短剣を持った女が、一方的に敵を駆逐する様子が写されていた。
我ながら、確かにコレはインパクトがある絵面だと思った。
「ハンパなくない? 絶対ただ者じゃないよね」
「そうだなー」
「あれ、もしかしてこーゆーのあんま興味ない感じ?」
「なくなくもなくない」
「ややこし! どっち!?」
「そんな事よりこの前のアメ〇ーークみた?」
「露骨な話題逸らし入りましたーー!」
俺は残ったコーヒーを一気に飲み干すと、椅子を引き、帰る素振りを見せた。
「そろそろ帰るわ」
「えーーっ。じゃあちょっと待ってっ」
柚花はメッセージアプリを起動すると、ニカっと笑って言った。
「連絡先、教えて♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます