☆第五話☆ 姉として

 数日後。

 合否書類が届いた。

 面接は、はっきり言って簡単だった。


「学校は楽しいですか?」 「なぜオーディションを受けたのですか?」 「趣味は何ですか?」


 と言うような容易なことしか書いていなかった。

 でも、それで性格を見出していたんだろう。


「さあ、開けよう!」


 クラムのかけ声で、私達は合否書類を開き、紙を取り出した。

 意外に緊張している…。

 たたまれた合否書類を、震える指先で開く。

 『合格』

 この二文字が、目に飛び込んできた。

 嬉しい…。

 頑張ったから、落ちていたら、とてもショックだった。


「う、嘘…!」


 ハナがつぶやく。

 ハナの『嘘』は、どっちの嘘……?

 喜んでいるの?

 悲しんでいるの?

 ハナの書類をのぞき込むと、

 『合格』。

 クラムの書類は……?

 『合格』!

 三人で合格。

 嘘…………。

 筆舌に尽くしがたいぐらいに嬉しいっ。


「ヤッタ――――――ッ!」


 ちょっとクラムっ。

 喜びをかみしめていたのに……うるさいっ。


「よ、良かった~!」


 ハナはハナなりの喜び方。

 こんな時にも性格の違いが……。

 それにしても、良かった。

 私はめいいっぱい喜びを噛みしめた。


☆🍴❀☆🍴❀



 第三次選考は実技審査。

 参加者は二十人まで減った。

 課題曲は決められており。公式のダンスを踊る。

 間奏の使い方や、ダンスの上手さ、歌の音程、盛り上げ方が問われる。

 私は間奏で創作ダンスを踊ることにした。

 大丈夫かな……。

 ダンスの初心者の私がすごい事務所主催のオーディションで第三次選考まで行くなんて。

 でも、他の参加者も、きっと、ダンス初心者だろうから、大丈夫!

 そう自分に言い聞かせる。

 よしっ、練習だ!



☆🍴❀☆🍴❀



 私達は今、第三次選考の試験会場にいる。

 第二次選考とは比べものにならないくらい、会場が大きい。

 体育館の五十倍はある。

 そして今日は、ステージの上でダンスを披露するんだ!

 私達は舞台袖の椅子に座って、出番を待っている。

 

「では次、四十七番、ハナ・ガーデン・ワールドさん」

「は、ははは、はい」

 

 私は、冷凍した岩で出来たロボットみたいなハナを、舞台袖から見つめる。

 ハナ、頑張って!

 

「♪君のことを見つめる毎日」


 やはり、ハナは、歌が上手!

 学校では、『天使の歌声』と騒がれている。

 そんなことを考えていたら、ハナは審査員の拍手を浴びて、舞台袖に帰ってきた。

 時の流れは、速い。


「では、四十八番、シャイニー・トゥインクル・ワールドさん」


 私は舞台に出て、ポージングをする。

 スポットライトがまぶしい。

 

「♪君のことを見つめる毎日」


 ダンスを始める。

 ワン、ツー、スリー、フォー。

 心の中で言いながら、私は回った。

 審査員の席も見られない。

 けれど、見ないと点数は下がる。


「♪君と私の進む道は違う

 ♪君は黄金の道

 ♪私は茨道かげみち

 ♪でも、君を思うことは変わらないから~」


 よし、サビだ!

 私は手を振り上げて、ばくちゅう!

 何回もクラムに教えてもらった。

 前回りを空中で!


――クルンッ

 

 せ、成功だ!

 今日一番の笑顔でウインクをした。

 その流れのまま、私は歌い、踊りきる。


――ジャーンッ


 私は審査員に手を振りながら、舞台から退く。

 ど、どうだった?

 結構上手に出来たと思うけど……大丈夫かな。


 ”ジョ・ウ・ズ・ダッ・タ・ヨ”


 ハナが口パクで伝えてきた。


 ”ア・リ・ガ・ト・ウ”


 私も、口パクでハナに伝える。

 そして、次は、クラムの番!

 最初は、暗い歌詞。

 そこからどんどん明るくなっていくのが伝わる。

 これは、トップスリーに入るレベルだ。

 練習の時よりも輝いて見える。

 途中で、『イメチェン』と言う歌詞の時、クラムは、自分の髪の毛の色を赤色にした。

 盛り上がりの最高潮では、自然にみんなが手拍子をしていた。

 そして、クラムの番が終わった。

 三十分ほどの審査の時間があり、次は、結果発表。

 順位はどうなったんだろう?


「では、十位からの発表です。十位以上の方は合格です」


 ゴクリ。


「十位、ハナ・ガーデン・ワールドさん。レインボーミライ事務所所属決定」


 ハナ、すごいよ!

 順位はともかく、大手事務所である、レインボーミライ事務所に所属できるなんて。

 

「九位………」

「八位………」

 

 私の知らない妖精の名前が呼ばれていく。

 私の名前も、クラムの名前も出てこない。

 まさか、十一位以下…?

 私の心に、不安がにじみ出る。

 

「四位、ラル・ルビー・アールさん。ウィング事務所所属決定。

 三位、シャイニー・トゥインクル・ワールドさん。L事務所所属決定」


 本当?

 私、三位?

 視界がぼやける。

 よ、良かった~。

 ハナも合格。私も合格。

 …あれ?クラムは?

 私、姉妹三人で感動を分かち合いたい。

 お願いっ!

 

「二位、コリー・ドック・ケーさん。Ⅼ事務所所属決定」


 残るは一位だけ。

 神様っ。

 普段は神様の存在は半信半疑だけれど、今ばかりは全力で祈った。

 

「一位、ラビット・セレブ・ユーさん。Ⅼ事務所属決定」

 

 そ、そんな…。

 私よりはるかにクラムの方が上手だった。

 誰よりもクラムが上手だった。

 クラムが、こぶしを握り締めて震えている。

 ああ………。

 

「十一位以下の順位はこちらです」


 司会者さんが壁に紙を貼りだす。

 ……あった。

 クラムの名前は、紙の一番上の、十一位だった。

 私が三位で、クラムが十一位だなんて、どう考えてもおかしい。

 

「十位以上の方は、今から書類を、スタッフがお渡しいたします」

「シャイニー・トゥインクル・ワールドさんですね」

「あ、はい」

「こちらが書類でございます」


 どうやら、契約についての書類みたいだ。

 ハナも同じものを渡されている。


「っ………………」


 クラムの歯を食いしばる音が胸に響いた。

 クラムは泣くのをこらえている。

 何とか、クラムを合格させられないだろうか。

 そう思って書類に目を落とす。


「あっ!」


 私が辞退すれば、クラムは十位になる!

 ……でも、それは良いこと?

 姉として、クラムを合格させてあげたい。

 その気持ちは本命。

 でも、十二位以下の人はどう思うんだろう?

 そう考えると、皆の前で『妹を合格させるために辞退します』なんて言えない!

 何とか嘘をついても、辞退出来ないかな……。

 そ、そうだ。

 私は書類に書いてある料金を見て、思いついた。

 嘘はよくないけど、こうするしかない!

 

「すみません。お話よろしいでしょうか」

「ええっ!?」


 私は審査員席に近づく。

 そして、口を開いた。


「私は、シャイニー・トゥインクル・ワールドです。少しだけお時間よろしいでしょうか。三分で済ませます」

「「「「「…………」」」」」


 審査員が全員黙る。

 会場がシーンとした空気で包まれた。

 こちらに視線が向いている。


「私はL事務所に合格致しました。しかし、お金の問題で、どうしても払えない額なのです。私は元々裕福ではございません」


 これはもちろん嘘。

 まあ、裕福じゃないのは本当だけど。


「え、そうなの?」


 ハナのつぶやきを聞いて、ギグリとした。

 嘘、嘘なんだよ!

 でも、ハナは純粋だからちっとも分かっていない。

 とりあえず、話を進めて、言えない雰囲気を作ろう!


「私、シャイニー・トゥインクル・ワールドは辞退いたします」

「「「「「「「「「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 会場全体から声が上がった。

 そりゃ、そうだ。

 やっと手にした事務所所属を手放すんだから。


「少しだけ、話し合わせてもらってもよろしいですか」

「は、ははははははははハナも…」

「はい、もう大丈夫ですぅ。よろしくお願いします!」

 

 ハナがセリフを言い終える前に、私は大きな声で答える。

 セ、セーフ。

 純粋なハナが、変なことしなくて良かった……。

 数分後。


「シャイニー・トゥインクル・ワールドさんの辞退を認めます。四位以下の妖精は、一つずつ順位が上がります。クラム・パレット・ワールドさんは十位。レインボーミライ事務所に所属決定です」


 よ、良かった……。

 クラムの笑顔がパッとはじける。

 ハナは何とも言えない表情になった。

 私は…今更ながら、少し後悔していた。

 いいんだ。

 これで良かったんだ。

 そう、自分に言い聞かせた。


「このまま、シャイニーさんは会場に残って置いて下さい」


 えっ!?

 怒られちゃう!?


「これにて、レインボーチャレンジ終了です」



☆🍴❀☆🍴❀



 私は一人ぽつんと会場に残った。

 クラムとハナは会場の外で待ってくれている。


「わしゃ、レインボーミライ事務所のぉ、社長じゃぁ」


 髭を生やした髪の毛はギリギリ生えている、六十代後半の男性が喋りかけてきた。

 何だろう。

 癖のある喋り方だな……。

 この妖精が、社長!?

 緊張して、口が開きにくい。


「こんにちは。シャイニー・トゥインクル・ワールドです」

「知っとるぞぉ」


 それはそうだ。

 呼び出した本人だもんね。


「お金が問題でぇ、所属を諦めたのじゃなぁ?」

「あ、はい」

「料金は一切取らせんからぁ、レインボーミライ事務所に所属してくれんかぁ。いわゆる、スカウトじゃぁ」

「!?」

「『レインボーチャレンジ』とはぁ、関係ないスカウトだからぁ、十二位以下の人のことは気にせんでええぞぉ」


 社長の独特の声からとんでもない言葉が出てきた。

 私は手に汗を握る。

何かたくらんでいるの?


「どうかねぇ?」

「あっ…そ、の………」


 社長が下から私を見つめた。

 顔のシワがよりいっそう目立つ。

 これは、本当に言っているの?

 

「君みたいなぁ、優秀な人材はぁ、なかなかいないんだよぉ」

「本当に入って良いんですか…?」

「ああ。まぁ、今すぐにぃ、決めなくてもいいがぁ。姉妹で君だけが入らないのもなんだろうしと思って、少し強く言い過ぎたかのぉ。ごめんなぁ」


 これは、信用してもいいの?

 私が入っても良いの?

 目が潤み出す。


「入らせて下さい!」

「分かったぞぉ。また後日、色々書類を送らせてもらうぞぉ。じゃあ、また今度ぉ」


 社長が、目にシワを寄せて笑う。

 私は、


「ありがとうございます!失礼致します!」


 と叫び、会場から出る。

 そして、クラムとハナのハナのもとに走った。

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