第12話 臣民の誉れ
「では、そのようにお願い致します」
ロルバンディア大公国外務大臣、テラル・ジュベールは通信を切った。
「終わったのか?」
尚書令であるジョルダンが、彼に茶を手渡す。
「ああ、ミスリル王国の嫌われ具合は想像を越えていたな」
茶を受け取りながら、友人であるジョルダンにジュベールはそう言った。
「航行不可能領域にかまけて、とんでもない関税をかけながら、暴利で資源を売っている。嫌われないはずがないだろう」
ミスリル王国の主要輸出品は資源だ。
ミスリル王国だけで、枢軸国において必要な工業製品の原材料全てが手に入る上に、その埋蔵量も多い。
だが、それがかの国が嫌悪される原因ともなっていた。
「輸入品は関税をかけ、自分たちの資源は高値で売りつける。アコギな商売をやっているものだ」
「それが国家なのだから余計にたちが悪い」
ジョルダンも呆れ具合に、ジュベールはそう返した。
ミスリル王国は航行不可能領域という、天然の要塞に囲まれている。
その為、ミスリル王国への侵攻を企んだ国はいくつもあるが、いずれもが大敗が惜敗に終わっていた。
「一部の主要航路を除けば、ミスリル王国への侵攻は困難だ。ミスリル王国の初代国王は間違いなく名君であったと言えるな。あの領域に合わせて国を作ったのだからな」
ジュベールは髭をさすりながら、ミスリル王国の初代国王の慧眼さを素直に称える。
航行不可能領域に囲まれたミスリル王国を攻めるには、主要航路に繋がる宙域を制圧しなくてはならない。
だが、そこには軍事衛星や要塞などが張り巡らされている上に、中央から艦隊が駆け付けるために熾烈な戦いとなる。
必然的にミスリル王国を攻めるのは、宇宙に存在する森羅万象と戦うことに等しい。
そのおかげで、ミスリル王国は今日に至るまで平穏なまま、資源の取引で利益を上げており、安寧な治世を保っていた。
「だが、その時代はもう終わったな」
ジョルダンがそう言うと、ジュベールも頷いていた。
航行不可能領域を突破するのは困難ではあるが、すでにロルバンディア軍はこの領域を突破するための方法を生み出しているのだから。
「やっとるかね」
執務室に宰相ケッセル候が入ってくると、ジュベールもジョルダンも立ち上がり、頭を下げる。
「順調です。ミスリル王国の嫌われ具合は、旧ロルバンディアの比ではありません」
「だろうなあ」
ジュベールの簡素な執務室の椅子に、ケッセル候は腰をかけるとジョルダンが茶を出した。
「ありがとう、ところで尚書令殿、卿のほうはどうだ?」
「排他的な国ではありますが、一度内側に入ればこちらのものです。例の婚約破棄で、まともな官僚たちはやる気を失い、良識ある諸侯も、不満を抱えています。わざわざ離間の策を用いる必要もないほどですよ」
「そこまでか」
ミスリル王国はすでに、内側から崩れ始めている。
国王が堂々と浮気し、婚約破棄を行えばまともな臣民は誰も付いてこなくなる。
国家の模範足るべき王がそんな不義理と非道を行えば、国がまともになるわけがない。
「一部の辺境ではサボタージュまでやってるほどです。そして、あの国の入国管理官や税関は賄賂が大好きですからなあ。それに対する交易商人たちの不満も高まっております」
枢軸国では基本的に国営企業や後者がほとんどを占めている。
だが実際の取引は国家からの免許を受けた交易商人たちが行っていた。
「交易商人たちまで敵に回すか」
「ミスリルの連中は、交易商人たちも見下しておりますからね」
苦々しくジュベールがそう言うと、ジョルダンもケッセルも同意する。
交易商人はいわば、国営企業や公社の下請けと言ってもいい立場であるが、彼らは独自にギルドを形成し、枢軸国と直接関われない連合とも積極的に取引をしている。
その資本力は諸侯たちよりも遥かに上と言ってもよく、彼らにそっぽを向かれるだけで、輸出入どちらも減額になるほどだ。
「資源にかこつけて、好き放題にやっていればそのような認識になるのも当然ですな」
戯れるようにジョルダンがそう言うと、ケッセルは真面目な顔をしていた。
「ミスリル王国は、案外簡単に崩壊するかもしれんな」
「閣下の予想通りになると思いますね。先ほど入った情報ですと、ザーブル元帥が宇宙艦隊司令長官を解任されたそうです」
その情報に、ケッセルもジュベールもため息をつく。
本来、敵国であるミスリル王国が弱体化するのは嬉しい知らせであるが、ザーブル元帥はロルバンディアの者達から見ても、名将として称えられるべき人物であった。
「これも君の仕事かねジョルダン?」
「いえ、やろうとは思っていましたが、まさかここまでのことをやってくるとは予想外です」
ジョルダンの諜報活動はずば抜けている。特に情報工作などは芸術的といってもいい。
「ミスリルの状況は、想像以上に滅茶苦茶ですね。国防の要であるザーブル元帥まで解任するとは。自滅以外の何物でもない。宇宙艦隊もマトモに機能するかも怪しいものだな」
「実際、軍でも動揺が広がっている。このままいけば戦わずして勝つかもしれん。それこそ、エフタル公の反乱が成功するかもしれんぞ」
ジュベールやジョルダンの言う通り、このままいけば戦わずしてミスリル王国は瓦解する可能性がある。
それほどまでに、ミスリル王国は現在滅茶苦茶な状況に陥っているのだから。
「だが戦ってみなければ分からん。この国も、完全制圧するまでに三か月もかかっている。情勢はいつも我々を想像を越える。そもそもだ、物事が予想通りにつくならば私はこの国の宰相になっておらんよ」
ふざけながらではあるが、ケッセルが口にしたことに対してジョルダンもジュベールも同意する。
ジョルダンは地方の行政官として左遷され、ジュベールは連合の大使館で一介の書記官をしていた。
それが、今やジュベールは外務大臣、ジョルダンは第二の宰相とも言うべき尚書令なのだから、運命のイタズラというものは恐ろしい。
「全ては、我らが主君のおかげということですな」
彼らの主君であるアウルスは、マクベスの第四王子という曖昧な立場から、自ら国を取り大公にまで上り詰めた。
無論、それはケッセルを筆頭とした臣下たちの貢献あってのことではあるが。
「ミスリル王国の臣民は不幸だ。暗君に支配されて、明日を見失っている。それに比べて我らはなんと恵まれていることか。名君に仕えることこそ、臣民にとって最大の喜びだ」
マクベスでは不遇を受けていた三人にとって、アウルスという名君に仕えられたことは一生の誉れであると言ってもいい。
本来ならば三人はもっと早く現在の地位におかしくもなかった。
アウルスに引き立てられた結果、ようやくふさわしい地位に着き、遺憾なくその力を発揮できるようになり、今やロルバンディアは忌まわしい軍事国家から経済大国へと変革されている。
「その誉れ、喜びをミスリル王国に住む者達にも与えたいものだ」
暗君に支配された国を、名君の統治の統治によって生まれ変わらせる。
ロルバンディアがそうであったように、ミスリル王国もまた、その恩恵を受ける時がやってきたのである。
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