第11話 報われぬ忠誠
「エフタル公は謀反を企んでおります」
ミドルアースから戻ったザーブルはさっそく、宰相であるディッセル候に報告した。
「なるほど、やはりそのようなことを企んでおったか」
ディッセル候は冷静なままにザーブルからの報告を聞くと、トラスト元帥とムダート元帥に視線を向ける。
「まあ、あの老人ならそれぐらいなら企んでいそうですな」
「息子たちも、かなり生意気な連中ですからね」
二人の元帥はそれぞれ、悪態をつきながらそう言った。
長男のレスタルは軍政を担う軍務局長、次男のサラムは第一艦隊司令官、三男のイラムは宇宙艦隊参謀副長を務めていた。
だが、例の婚約破棄で三人とも退役してしまい、領地に戻ってしまったのである。
「まったく、退役しても面倒をかけるとは」
原因を作ったヴァンデル伯は呆れながらそう言った。
「エフタル公は無論のこと、三人まで謀反に携わっているならば、一筋縄ではいきません。下手をすると、国を二分する大乱となり得ます」
ザーブルはエフタル公のことや、三人の息子たちの凄さも理解している。
「長男のレスタルは軍政と軍略に優れており、エフタル家の財源をつかい、相応の兵力をかき集めてくるでしょう。次男のサラムは勇猛果敢で将兵たちからの信頼も厚い男。三男のイラムはレスタルに劣らぬ戦略家。鎮圧できるとしても、相応の損害が出るのは避けられません」
味方であれば頼もしい男たちであるが、敵にするととてつもなく厄介で恐ろしい。
そこに最高司令官を務めたエフタル公がどっしりと構えていれば、ミスリル王国始まって以来の熾烈な内戦となりうるだろう。
「それは少々過大評価が過ぎるのではないか?」
軍務大臣のトラスト元帥が恰幅のいい体を揺らしていた。
「あの三人は、それぞれ最年少で
ザーブルの真面目な返答に、二人の元帥と
「ザーブル元帥はエフタル公を恐れること、神の如くだな」
「世子殿……」
元ロルバンディア大公世子である、ロルバンディア・トゥエル・エルネストはザーブルの主張を遠回しに腰抜けと言いたげにそう言った。
「エフタル公はもう年寄りではないか。それを精鋭無比の宇宙艦隊を率いる貴殿が、何を恐れるというのか」
端麗な金髪の元貴公子にそう言われると、ザーブルは眉を顰める。
「あいにくですが、私は臆病者です。どこかの誰かのように、マクベス王国に戦争をふっかけ、大敗して一族皆殺しにされるような大胆な決断はできません」
エルネストが転落した原因を、ザーブルは淡々と口にすると、彼は見るからに不機嫌な顔をしていた。
そもそも、帝国公認の国賊である彼が会議に参加していることにザーブルは苛立っている。
「元帥、その口の言い方はなんだ。正当なるロルバンディア大公に向かって失礼だぞ」
ミスリル王国の国王であるアレックスが、エルネストを庇う。
「失礼いたしました」
「口の使い方には気を付けろ。臣下の立場で我が友に向けて無礼な態度を取るな」
アレックスとエルネストは友人であり、ハザールを負われた彼がミスリル王国に逃げてこられたのはアレックスがディッセル候に命じたからに他ならない。
「ですが、エフタル公が反乱を起こした場合、どのように対処されるのですか?」
「その時は貴官が鎮圧すればいい」
アレックスがそう言うと、ザーブルは心の中で盛大にため息をついた。
「そうですな、諸侯の軍勢ですから最終的にはわが軍が勝つでしょう。問題はその後です」
全員が意外そうな顔をすると、ザーブルは再度心の中でため息をつく。
「当然ながら他国がこの状況を座視しているとは思えません。何かしらの介入であったり、エフタル公への援助などもあり得ます」
本来ザーブルは戦術家であったが、そのザーブルであってもここまでのことは予想がつく。
他国の内乱に付け込むことなど、枢軸国ではお家芸と言ってもいい。
「それはあり得ない。仮に攻めてくるとして、どうやって攻めってくるつもりだ?」
ムダート元帥が鼻で笑ったが、笑いたいのはこちらであると言いたくなるのをザーブルはこらえる。
「大体、我が国には航行不可能領域がある。この神より与えられし絶対の加護を何だと思っている?」
ヴァンデル伯までバカにしながらそう言ったが、ミスリル王国の航行不可能領域が、何故航行不可であるかを理解していない者は多い。
「それに、他国が介入してくるならばそのまま叩き潰してしまえばよろしかろう。かつての師を討つことがそんなに心苦しいかね?」
エルネストが調子に乗って放言を飛ばしてくるが「国を滅ぼすことの方が心苦しいですな」とザーブルは皮肉を口にした。
再びエルネストはムッとした顔を見せ、アレックスも不機嫌そうな顔をした。
「ともかく、勝ったところで益はありません。内乱に巻き込まれるのは罪なき民衆です。戦わずに解決するのであれば、その方に越したことは無いと小官は具申いたします」
そもそも、エフタル公が反乱を目論んでいるのは愛娘が一方的に婚約破棄させられたことにある。
それも、国王自身の浮気によってだ。
こんな馬鹿馬鹿しい理由で戦いが始まり、巻き込まれる民衆の血が流れるのはあまりにも下らない。
勝ったところで益も誉れも存在しない不毛な戦いになるだろう。
「とはいえ、エフタル公に内乱するつもりがあるならば、反乱者は速やかに打ち取らなければならぬな」
静かに、ディッセル候はそう呟いた。
「ですが、未然に防げるのであればそれに越したことはないのでは?」
「貴官はかつての上官だからと甘く考えているのではないか?」
厳しめにディッセル候がそう言うと、ザーブルは首を振って否定する。
「お言葉ですが、エフタル公が反乱を起こそうとしたのは自分の娘が一方的な婚約破棄をされたからです。実に馬鹿馬鹿しい理由ですが、全く落ち度のない理由でこのようなことが起きれば、誰が国家に身命を賭して仕えようと思われますか?」
「それは私に向けて言ってるのか?」
顔を真っ赤にさせながら、アレックスは露骨に不機嫌さを出していた。
「そもそもだ、私の婚約は父上とファルスト公、そしてエフタル公が勝手に決めたことだ。あんな可愛げのない女、誰が望んで好きになると思っているのか」
「元帥、貴官は陛下の婚姻に口出しができる権限はないぞ」
アレックスの言うことも大概ではあるが、道理に外れた行為に走った主君を諫めぬディッセル候にも、ザーブルは嫌悪を抱く。
「エフタル公が反乱を起こしたいならば、起こせばいいではないか。そうすれば、国内の不穏も消し飛ぶというもの」
「ディッセル候の言う通りですな」
ヴァンデル伯は追従する形でおべっかを口にするが、道理という観点から見れば、義はエフタル公にある。
愛娘が国王が浮気をして婚約破棄をされ、家門に泥を塗られた。
まともな貴族や臣民であれば、王家に嫌悪を抱いても忠誠心を抱くことは絶対にない。
「ですが、エフタル公は長きにわたり我が国を支えてきた元勲の一人。それを、このような形で失うよりも、反乱させぬようにするべきではありませんか?」
「いい加減にしろ!」
アレックスはとうとう怒声を上げる。
「先ほどから貴様はエフタル公の肩ばかり持つな。貴様の元帥杖はエフタル公が与えた物か? そんなに奴のことばかり気に掛けるのであれば、貴様も一緒に加担してもいいのだぞ!」
ドンと机を叩き、アレックスはザーブルを睨みつける。
気づけば、全員がザーブルに軽蔑の視線を向けていたが、枢軸国の猛将知将と接してきたザーブルから見れば、子羊が睨みつけているのと変わらなかった。
「乱を起こすつもりがあるならば、わざわざ首都星には戻りませぬ。ましてや、反乱が起きることを陛下や宰相閣下にお伝えすることもありません。私は国家に仕える軍人としての義務を果たすだけです」
国家に仕える軍人としての責務をザーブルは果たしているに過ぎない。
国家とは国王だけでも、臣下だけでもなく、民衆だけでもない。彼らを包括した全てが一つの国家を形成している。
それを教えてくれたのはエフタル公であったが、ザーブルは自分なりの責務を果たすつもりで、エフタル公の説得に向かい、それができないと悟った時に内乱を防ぐために報告をしたのであった。
「そうか、私個人に対しての忠誠心は無いということだな」
「どういうことでしょう?」
アレックスの唐突な発言に、ザーブルはそう尋ねた。
「もういい、貴様のような不忠者は宇宙艦隊司令長官の役職には置いておけない。本日をもって貴様は解任だ」
不義を行った王が、臣下に不忠を呟く有様はやや滑稽ではあるが、まさかここまでの難癖をつけてくるとは流石に予想もつかなかった。
だが、今更弁明したところで無意味であり、媚びへつらってまで惜しむ地位でもない。
ザーブル・ウル・ローウェン元帥は黙ってそれを受け入れると共に、彼の王家に対する忠誠心はゼロに近い形で霧散消失した。
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