第6話 天国に似せた星 前編
燦燦と輝く太陽と共に、熱い日差しが惑星そのものに活力を与えるかのような勢いで降り注ぐ。
空と負けないほどに青く透き通る海といい、これほどまでに美しい光景をアイリスは見たことがなかった。
「ディマプールの景色はどうかな?」
アウルスに声をかけられ、アイリスは恥ずかし気に目を背ける。
「絶句するしかありません。私の乏しい語彙力では、この美しさを語る術がありませんので」
「神は天国を作り、それに似せてディマプールを作った。そのように語る者がいるのもおかしくはないな」
二人は今、青い海と空の星、ブリックス王国領ディマプールにいた。
これも、今後の戦略を踏まえてのものであるが、アイリスは今も困惑していた。
「だが、この景色よりもアイリス嬢、あなたの方が美しいな」
アウルスはサングラス姿でシャツと短パン姿という、大公に相応しくない恰好をしているが、アイリスも白い水着姿にパレオとビーチハットという、貴族令嬢に似つかわしくない恰好をしていた。
「どうしたのかな?」
「いえ、ちょっとはしたないといいますか……」
公爵令嬢として、しまいには王妃としての教育を受けたアイリスとしては、自分の肌を露出させる姿に違和感しかなかった。
正直、どうしようもなく恥ずかしい。
「今は、私も君も大公でなければ公爵令嬢でもない。平民の富豪としてここに来たのを忘れてしまったのかな?」
そっとアイリスの体を抱き寄せ、耳元でささやくアウルスに、彼女は顔を真っ赤にしてしまう。
アレックスとは比較にならないほど、鍛えられて引き締まった体格を感じながら、何故アイリスはこうなってしまったのかを思い出していた。
*****
「それでは、ご助力いただけるということですね」
初日の会談から翌日、再び招かれた大公府にてアイリスは、ロルバンディア大公国からの支援を受けられることを知らされた。
「もちろん、全面的に協力させていただく。あなた方の期待を裏切るようなことはない」
自信満々に答えるアウルスとは対照的に、尚書令のジョルダンはいくつかの書類を提示する。
「これが今後の条件をまとめたものになります」
早速拝見すると、そこにはおおよそアイリスの想定していた内容が記載されていた。
反乱が成功した場合の条件、その後の統治、そして、互いに対等の関係であることなどがまとめられていた。
「私は戦争を長引かせるつもりはない。始めた瞬間勝利を確定させるのが、私のやり方だ」
わずか三か月程度でロルバンディアを制圧した人物が言うと、何とも言えない迫力が伝わってくる。
逆に言えば、アウルスは本気でこの内乱に介入しようとしているのが分かる。
「一つだけよろしいでしょうか?」
「何かね?」
「仮にこの内乱、いえ、戦争が始まった場合各国がこぞって介入する可能性があります。それについてはどうお考えでしょう?」
ミスリル王国での反乱、そこにロルバンディアが介入してくるとすれば、当然ながら同じことを考える国も追従してくるはずだ。
「アイリス嬢は抜け目がないな。無論対処は考えている。ちなみに、アイリス嬢はこの戦いが始まった場合、どの国が参戦してくると思う?」
アウルスは笑顔のままにアイリスに尋ねた。
「まずは殿下の故国であるマクベス王国、そしてベネディア王国、アヴァール大公国も近年力を増強させてきていますし。後はおそらくブリックス王国ではないかと」
ブリックス王国はロルバンディアは無論、ミスリル王国を遥かに超える、枢軸国最大の国家である。
「ブリックスは長年連合と戦い、圧倒的な軍事力と共に、豊富な財源を有した大国です。攻め入らないとしても、中途半端な介入をされてしまう可能性があります」
ブリックスは連合と戦うが、枢軸国同士の争いには和平の仲介を行うことが多い。
今回の戦いも、仲介が入る可能性があると、中途半端な形になるかもしれない。
「その懸念は正しいな。マクベス本国は、私が大公位を継承する時に王位継承権を放棄したにもかかわらず、何かにつけては干渉しようとしている」
アウルスはロルバンディア大公となった時に王位継承権を放棄し、マクベス本国との繋がりを断っている。
敵対したわけではないが、マクベスの属国ではなく独立国家としてアウルスは統治を行っており、実際ロルバンディアにはマクベスの影響力がほとんどないように思えるほどだ。
「それに、ベネディアもアヴァールも表面こそは取り繕っているが、一皮むけば喜々として侵略を開始するだろう。奴らは、連合との戦いで領土を広げてきた。屈強な連合をも恐れぬ連中が、ロルバンディアとミスリル王国を恐れるわけもない」
淡々と語りながら、アウルスは自身が入れた茶を飲んでいた。だが、この聡明な大公のことだ、何かしらの対策を取っているだろう。
「殿下はどのように対処されるのですか?」
「マクベスに関しては、ケッセル宰相に任せてある。宰相はマクベス王国に伝手が多く、マクベスの連中も表立って介入するわけもいくまい。私の大公位は帝国との協議の元で継承された。それを理解して介入するのは、帝国の権威に傷をつけるに等しい」
「他の国には如何に?」
「外務大臣のジュベールらがベネディアやアヴァールらと交渉している。少なくとも、無駄に時間をかけない限り、即座に介入してくることはない」
たった一日でここまでの対策を打っていることに、アイリスは驚いたが、同時にある疑念が沸いてくる。
「殿下、一つよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「殿下は私とお会いになる前から、今回の戦略を想定していたのではありませんか?」
いくらアウルスが名君であり、名将であったとしてもここまでの計画はあまりにも出来過ぎている。
手筈があまりにも整いすぎているのだ。
「仮にそうであれば、あなたは私を軽蔑されるか?」
アウルスの問いに、アイリスは首を振る。
「いいえ、むしろここまでお考えになられていたことに感服しております」
若き覇者として、武力を持ってロルバンディアを手に入れた簒奪者。
ミスリル王国ではアウルスをそう評価する者がほとんどではあるが、単なる覇道を邁進するだけの人物ではないのはここ数日会話をしていて実感させられている。
アウルスは常に用意周到であり、他国の動向を眺めながら国力を高め、武力を磨き、絶好の機会を狙って他国へと攻め入る。
無論、攻め入るだけではなく統治も見事にこなし、臣民は安寧の中で生活を送っている。
単なる覇者ではこのようにはいかない。
「
「正しい評価だな。私は、武力を持ってロルバンディアを支配したの事実だ」
「ですが、同時に殿下はロルバンディアの臣民たちを徳を持って治めております。誰もが安心して暮らせる国を、殿下は作られている。殿下は武を以て覇道を成し、覇道を以て徳ある王道を築いております」
これはアウルスに媚びているわけではないと、アイリスは心の中で呟く。
少なくともアウルスの統治に、落ち度らしい落ち度がないからだ。
「覇道を以て、王道を築くか。アイリス嬢は面白いことをおっしゃるな」
笑顔を見せながら旨そうにアウルスは茶を飲む。
「それに、殿下は自ら民の様子をご覧になられていますしね。先日の宇宙港のように」
途端にアウルスの手が止まり、表情が固まる。
「いつから、気づいていたのかな?」
「この大公府でお会いした時にです。まさか宇宙港でお会いした管理官が、まさか大公殿下直々に宇宙港に居られたことに驚きました」
「何故、あの場で指摘しなかったのかな?」
「あの時は私も必死でしたので」
屈託のない本音を口にすると、アウルスは再び笑った。
「アイリス嬢はいつも私の心を明るくしてくれるな」
「そ、そんなことはございません」
「いや、私が一人の騎士であったなら、あなたに自ら進んで忠誠を誓い、どのような命令であっても黙って従うだろう。あなたにはその器量がある」
名将にして名君にそう言われると、流石のアイリスも照れてしまうが、うぬぼれる訳にはいかないと「滅相も無い」と首を振って否定する。
「そんなあなたに一つ、お礼をしたいと思っている」
「お礼ですか?」
「まあ、そう固く考えなくてもいい。実は、今回の計画を実行に移すにあたり、どうしても会わなければならない相手がいる。かの御仁に会わない限り、これは水泡に帰す」
アウルスがそこまで評価する人物とは、一体誰の事なのだろうかと想像を巡らせながらアイリスは頷いていた。
「とりあえず、その人物と出会う手筈が整った。早速、出発と行こう」
「どちらに、行かれるのですか?」
「ブリックス王国、惑星ディマプールだ」
こうしてアイリスは、人生初の水着デビューを果たすことになるのだが、現時点では夢にも思わなかったのであった。
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