第5話 亡国への道 前編
エフタル・ソル・サリエルは、ミスリル王国でも武の名門であるエフタル家の嫡男として生まれた。
豊富な鉱物資源により、ミスリル王国では行政官などの文官が重用され身分が高く扱われる中で、サリエルは国家を守る者がいなくなれば、国が立ち行かなるという家訓により、迷うことなく軍へと入った。
軍隊の水は彼に合っていたのか、メキメキと頭角を現し、サリエルは宇宙艦隊は無論のこと、陸戦隊や後方支援などもこなし続けていた。
その苦労はサリエルを押し上げて行き、宇宙艦隊司令長官、参謀総長、そして軍務大臣と軍部の頂点へとのし上がっていった。
「あの頃はよかった」
自宅のテラスから外を眺めながら、サリエルは力無くそう呟いた。
「いつの時代のことですか?」
茶を片手に、サリエルの嫡男であるレスタルが尋ねると、老将は自身の華々しい時代を思い出していく。
「ファルストが生きてた頃だ。あの頃のミスリル王国は盤石だった」
ミスリル王国の最盛期について、おそらく十人が十人ともに挙げるのはファルスト公が宰相在任期間であろう。
豊かな財源を元にインフラを整備し、軍の近代化を実施させ、帝国と枢軸国との連携を取ることで枢軸国における地位を向上させていった。
特に、エフタル公サリエルが最高総司令官としてミスリル軍を率いて、連合軍相手に戦い、勝利を重ねてきたことで枢軸国との関係も深まり、ミスリル王国への信頼を深めることで、他国との交流も活発となった。
「ファルスト公が生きて居たら、このようなことにはならなかったでしょうな」
ファルスト公の娘を娶ったレスタルとしては、ある意味父以上にその死を嘆いていた。
「ファルストはよく言っていた。貴族たちはミスリルのことしか考えない。それどころか自らの領地のことしか考えぬ者までいる。これではいずれ、ミスリル王国は滅ぶと」
ミスリル王国は豊かな国である。
同時に、その豊かさから危機感が薄く、枢軸国との付き合いも薄い為に長年鎖国をしていたかと思えるほどに孤立を深めていった。
特に、ブリックスなどの連合軍と勢力圏がぶつかる国家と違い、ミスリル王国は連合とも隣接しておらず、その危機感も薄かった。
連合との長年に渡る戦争においても、ミスリル王国は枢軸国の中でもほとんど参加したことがなく、それこそファルスト公が宰相に就任し、サリエルが元帥としてミスリル軍を率いた時ぐらいであった。
「ファルスト公は常々、我が国の閉鎖的な状況を憂いておりました。父上が枢軸軍に参加し、指揮を取らなかったら今頃我が国は他国の草刈り場になっていたでしょうな」
レスタルはやや辛辣に口にするが、他の枢軸国から見たミスリル王国は閉鎖的で懐古的であり、自分たちのことしか考えない国というのが一般的である。
売るほど存在する資源を武器に、他国に高く販売しては利益を貯め込み、枢軸国同士の協調もせず、ひたすら自国のことだけしか考えずに発展し続ける。
一方で、その平和というのは他の枢軸国が連合と戦い続けた結果であり、ミスリル王国は全く手を汚すことなく富を独占しているという見方をされている。
残念なことに、この見方は否定のしようがない事実であった。
「ワシも駐在武官、ファルストは外交官として連合に赴いた経験がある。それを見て、いかに帝国と枢軸国が停滞しているのかを思い知らされた」
「私も連合と、そしてブリックスに駐在したことがありましたが、やはり連合や外縁に隣接する国々に比べると、ミスリル王国はあまりにも遅れていることを実感しましたよ。特に、ブリックスやベネディア、そしてアヴァールは連合の技術や文化まで取り込んでいる」
外縁に隣接するベネディア王国やアヴァール大公国などは、ミスリル王国とは対照的に積極的に枢軸軍に参加し、連合との戦いを繰り広げてきた。
連合からの防衛だけではなく、外征にも積極的であり、多大な損失を出したことも少なくはない。
だが、その損失を賄えるほどの対価も手にしている。特に、連合は枢軸国や帝国以上の技術を有している。
連合とは戦いつつも、貿易を行い、時には帝国圏内にしかない資源と取引することで技術を入手してきた。
技術だけではなく、様々な物品を仕入れ、それを流通することでの利益を手に入れた結果、外縁に隣接する国家群は気づけば内縁に存在する国家以上の力を有していたのである。
「連合へと向けられた力は、いずれ枢軸国へと向けられるとはよく、
「連合は基本的に戦いよりも交易を望んでおる。門外漢のワシにすら分かるほどに、奴らは本質的に戦いを好まん」
星間連合は帝国に対抗するために結成されたものだ。
攻められれば勇敢に戦い、奪われた領土は何があっても取り返そうとする。
だが、攻められもしなければ占領もされない限りは何もせず、普段は経済活動に勤しんでいるのが星間連合の基本方針である。
枢軸国とも交易を行い星間連合は利益を得ているが、枢軸国、特に外縁国家もまた同じく利益を得ているが、増強させた国力は次第に連合ではなく、内縁の国家にへと向けられていった。
「内縁の国々は連合との戦いにも我関せずだ。命を懸けて戦ってすらいない上に、連合の恐ろしさも理解していない。元々、そうした対立の中で、安穏としているとなればいい気持ちはしない」
「ロルバンディアがいい例です。奴らはよりによって、マクベスへと喧嘩を売り、完膚なきまでに叩きのめされ滅ぼされた」
ロルバンディアも決して弱い国ではなかった。
だが、相手はベネディアやブリックスなどの国々と同じ外縁国家であり、連合とも戦いぬいたマクベス王国である。
艦艇の戦闘力は無論のこと、提督や参謀、将校や末端の兵士たちをもマクベス王国が凌駕していた。
初めから勝てる戦ではなかったのだ。
「ましてや、司令官があのアウルス王子では勝ちが見えていたな。あの若者は、敵が多ければ多いほどに戦意が高まる」
深くため息をつきながら、サリエルはアウルスに会いに行った愛娘の事を思い出す。
「アイリスには悪いことをしたな」
年老いてから出来た娘であるからか、サリエルはアイリスを溺愛していた。
政治的な思惑もあったとはいえ、国王であるアレックスとの婚約はアイリスの幸せを願っての事である。
アイリスならば、アレックスを補佐してミスリル王国を繁栄へと導けるはずであり、国母として幸せな生活が遅れると思っていた。
「あの婚約を破棄するのは相当な愚か者でなければ無理ですな」
「決して優れた王子ではなったが、暗愚にも程があり、限度というものがある。生まれてこの形、四十年もの王家に尽くしてきたが、その忠誠ももはや霧散消失した」
「王が王として振る舞えぬのであれば、臣下も臣下として振る舞えぬものです。アレックス王は、アイリスに汚物をなすりつけたのです。そして、父上と我らの忠誠心にも」
二人はすでに、ミスリル王国への忠節を捨てていた。
どれだけ尽くしたところで、その忠節は報われない。
進んで亡国への道を進んでいる王とそれを諫めず、己の小さな世界だけでしか判断できぬ者達に現状を説明することも、二人はもう完全に諦め、疲れ切っていた。
「レスタル、万が一だが」
「安心してください父上。その時はアイリスだけでもロルバンディアに亡命する手筈を整えております」
冷静沈着で、相手に一切の情をかけないレスタルではあるが、その分肉親への愛情は強い。
「滅ぶのならば、我らだけで十分だ。これほどの屈辱を受けて今更命永らえるつもりもないからな」
諦観が混じった言い方ではあるが、同時に愛娘を不幸にした相手を全く許すつもりなど無かった。
忠誠心というものは、聞こえがいい言葉ではあるが、都合のいいように乱用していい言葉ではないのだから。
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