第4話 国盗りの会議 後編
「それでは、ミスリル王国侵攻作戦はこれにて可決いたしました」
宰相ケッセルが言ったように、臨時に開催された御前会議にて、ミスリル王国侵攻作戦は閣僚たちによって全会一致で可決した。
「では次に、ミスリル王国侵攻作戦についてですが、殿下はどのような方針をお考えですか?」
ケッセルがアウルスに尋ねると、アウルスは不敵な笑顔を見せる。
「決まっている、私は初めからミスリル王国を完全併呑するつもりだ」
普段は明るく気さくではあるが、アウルスは一度やると決めたことはどんな手段を使ってでも実行する。
覇者として堂々と言い切った完全併呑の言葉に、全員が頷いていた。
「完全併呑となると、殿下を陛下と呼ぶことに慣れなければなりませんな」
冗談交じりにバレリス元帥がそう言うと、アウルスはニヤリとする。
「ですが、完全併呑となるとそう容易くはいきますまい。いくら、エフタル公を味方につけるとしても、ミスリル王国もかなりの抵抗を行うでしょう」
「ですが宰相閣下、ミスリル王国にそこまでの力はないと思いますが?」
マクスウェル候がそう言うと、ケッセルは冷静なままに首を振る。
「国軍は分裂するかもしれないが、各地の領主たちが己の利権の為ならば糾合するかもしれん。無論、国軍ほどの戦力とは思えぬがな」
「しかし、諸侯が寄せ集まった所で大した抵抗もできぬでしょう」
ジュベールもまた、忌憚のない意見を口にした。
ミスリル王国の軍事力は低下することはあれども、増強されることはない。
エフタル公が反乱を起こすのであれば、最大の軍事力である国軍は大きく割れるか、弱体化するだろう。
諸侯たちも独自に軍を持っているが、その力は国軍には決して及ばない。
「ジュベール卿の言う通りだろうが、楽観視するのは危険だ。特に、権益が絡むと諸侯というのは何をしでかすか分からない。禽獣というのは、まるで予想がつかないからな」
ケッセルは行政官として、長年マクベス王国にて辣腕を振るっていた。
それだけに、諸侯たちの統治の補佐なども行っていたのだが、大半の諸侯は領地の経営など出来ぬボンクラばかりであり、神経をすり減らしていた。
その為、ケッセルは諸侯たちを嫌悪していたが、同時にその厄介さを知ることから、楽観的に判断することもなかった。
「宰相の懸念は当然だな。愚者は何をしでかすか分からん。焦土戦術を取られて各地の鉱山や工場を破壊される可能性もある。それに、愚者が何をしでかすか分からないのは、アイリス嬢ほどの女傑が婚約を破棄されたのがいい事例ではないか」
「はは、その通りですな殿下!」
一番この御前会議の中で格下と言ってもいいウイリス・ケルトー大将は高らかに笑った。
先王と宰相と元帥が協議した、才気あふれる女傑にして公爵令嬢との婚約。
それを真実の愛という訳の分からない戯言で無にした暗君がいるのだ。
これほど分かりやすい事例はない為に、ケルトーに釣られて他の閣僚たちも笑い始めた。
「ケルトー、ここは御前会議だぞ」
「いやいや、殿下が悪いのですぞ。こんなに笑える事例を出されては、我ら一同笑うしかありませんな」
ケルトーは元々アウルスの武術指南役を務めており、幼い頃から彼の側近として仕えてきた経験を持つ。
名実ともに偉丈夫であり、屈強な武人であるケルトーは武芸百般に精通している為、アウルスの武術指南役として推薦された。
「そうだ、殿下いっそのことアイリス嬢を娶られてはいかがですか?」
そう言うとマルケルスはケルトーの足を踏み、ロートルはケルトーの口をふさいだ。
「殿下、今の発言は聞かなかったことにしてください」
「この男は最近、酒を飲んで仕事をする悪い癖がありまして、私共にて厳罰を与えます故」
参謀総長と宇宙艦隊司令長官がそう言うと、もう一人の偉丈夫が頭を下げる。
「殿下、私からも義弟殿の失言をお詫びいたします故、何卒寛大な処置を」
そう言ったのは農林水産大臣を務めるヴァルナス・エル・カミッロ侯爵である。
カミッロ候の妹はケルトーの愛妻であるため、ケルトーの失言について詫びるつもりであった。
「ちょっと義兄上、大げさですよ!」
「バカか! お前の失言で大臣閣下まで頭を下げてるんだ。少しは反省しろ」
ラートルに再び口を塞がれると、ケッセルは呆れ、ジュベールはまた始まったかと髭を触り、ラートルの父であるバレリス元帥は深くため息をつく。
しかし、この御前会議の中で二人だけが冷静なままであった。
「ケルトー、お前はたまにいい事を言うな」
歯を見せながら、アウルスは軽快に笑い始め、全員があっけに取られてしまった。
「確かに、その手がありましたな。殿下、ケルトー大将の意見は正論かもしれませぬ」
ジョルダンもまた、ケルトーが戯れに放った発言の価値を理解していた。
「だろう、あの男はラートルやマルケルスほど賢くはないが、特技の弓箭事のように、鋭く的を得た発言をするんだ」
ジョルダンは深く頷くと、ケッセルとジュベールは互いに顔を合わせて、戯れの発言の価値に気づき始める。
「確かに、それが一番手っ取り早いのかもしれませんな」
「真実の愛には、真実の愛で対抗する方が手っ取り早いでしょうな」
ケッセルとジュベールがそう言うと、全員が次第に戯れで言った発言がどのような効果をもたらすのかに気づき始める。
そして、失言の主よりも賢い参謀総長と宇宙艦隊司令長官もまた、身なりを急に正し始めた。
「ケルトーの言う通りだな。アイリス嬢を娶るか、確かに彼女は聡明であり度胸も据わっている。エフタル公との縁も持てるし、ミスリル王国へと侵攻する上での大義名分も響きがいい。エルネストの討伐よりも、はるかに大衆受けする」
「エルネストの討伐とエフタル公への助力として、殿下とアイリス嬢が婚約すれば、貴族たちは無論のこと、ミスリル王国の民の心も味方にすることができますな」
アウルスとジョルダンが言うように、ケルトーの発言は一石二鳥と言ってもいい提案であった。
「ジョルダン、早速だが」
「承知しております。ミスリル王国に向けて、早速ですが情報工作を行います」
ジョルダンの特技は情報収集と分析であるが、同時に諜報活動も得意としていた。
「うむ。宰相、貴公は……」
「私はマクベス本国の相手をいたしましょう。適当にはぐらかしまする」
ロルバンディア大公として即位した際に、アウルスはマクベス王国の王位継承権を放棄していた。
元々マクベス王国の王子として、アウルスは軍を率いてロルバンディアを制圧したが、王位継承権の放棄を対価とし、四年に渡る内政、周辺諸国との外交により、ロルバンディアは独立国として成立していた。
それでもマクベスでは、隙あらばロルバンディアへと干渉しようと考えている者がいた。
「未だに奴らは私がマクベスの王位に興味があると思っているのか?」
「たった四年でロルバンディアを繁栄させているのです。脅威と思っているのでしょう。ですが、奴らの介入などさせますのでご安心くだされ」
「頼りにしている」
「それでは、私はミスリル王国を孤立させましょう。お任せください」
ジュベールが自信満々にそう言うと、アウルスは深く頷く。
「では、各位それぞれの職務を全うせよ。私はだらだらと戦いを続けるつもりはない。攻め入った後ではなく、攻め入る時に勝利を確定させる。そのつもりでいるように」
全員が立ち上がり、改めてアウルスへと敬礼を行う。
文官武官、いずれも有能ではあるが一癖も二癖もある者達ばかりである。
それを若干二十代で威風堂々と彼らの忠誠を得て、大公として君臨している姿は誰もが認める名君と言えよう。
「ところで殿下、アイリス嬢は美人ですか?」
ケルトーの冗談に、アウルスはマルケルスとラートルと目を合わせた。
「マルケルス、ラートル、ケジメだ。奴を殴れ」
アウルスは本来弱者をいたぶるようなことは大嫌いであり、地位や立場を利用して、自分よりも地位や身分が低い者を虐げることを嫌悪している。
だが、ケルトーの下品な発言には耐えられなかった。
主君の意を組んだ宇宙艦隊司令長官と参謀総長は、この軽薄な大将の腹を殴っていた。
「ヴァルナス候、卿もしっかりとこの阿呆を躾けておいてくれ」
「御意」
義兄である農林水産大臣は深々と頭を下げた。
「では、私も動くとしよう。さしずめ、奴と話をしなくてはならんな」
「ですな、話を取り付けない限り、短期で戦争を終わらすことは不可能です」
ジュベールがそう言うと、ジョルダンやケッセルも納得する。
「まあ、直接話をした方が早いだろう。これは、私が直々に行う」
「殿下! 殿下! それならばアイリス嬢も一緒に連れていかれては」
今度はマルケルスやラートルではなく、義兄であるカミッロにケルトーは首を絞められていた。
「義弟殿、今晩は妹と一緒に話をならんようだな!」
幼き頃から農業や水産業を実地で行い、武官以上に鍛えられた体を持つカミッロ相手に、流石のケルトーもタップをしていた。
「義兄上、これは冗談ではありませんから! 単純な疑問ですから!」
「ヴァルナス候、それくらいにしておいてくれ」
アウルスの命令に、カミッロは黙って技を解く。
「殿下、たまにが続きましたな」
「続いたというよりも、一度外してやっと当てたというところだな」
ほくそ笑むジョルダンにアウルスもにやりとする。
「分かった、アイリス嬢も連れて行こう。その方が、何かと面倒がなくていい」
「でしょう、ほらマルケルスにラートル、そして義兄上、私はちゃんと後の事を考えて言っているんですよ」
アウルスがケルトーの主張に賛同したことで、三人は黙り込んでしまう。
「殿下、差し出がましいようですがプロポーズのやり方について助言を……」
「やれ!」
今度はヴァルナス候がケルトーの首を絞めるのと同時に、マルケルスとラートルが耳と鼻を引っ張っていた。
こうして、ミスリル王国侵攻作戦を決定した御前会議はあまりにも馬鹿馬鹿しい形で終了したのであった。
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