第4話 国盗りの会議 前編

 ロルバンディア軍は有能な軍人が多数存在する。


 それでもあえて三人選べと言われれば、十人が十人答えるのが彼らであろう。


 一人が軍令の筆頭である参謀本部総長を務め、大公マクベス・ディル・アウルスの軍師と言ってもいいバレリス・ウル・ラートル大将。


 もう一人が、実戦部隊の筆頭である宇宙艦隊司令長官を務めるサヴォイア・アルス・マルケルス大将。


 ラートルが堅実さと智謀で守備を得意とし、マルケルスが確実さと勇猛さで攻勢を得意としており、それぞれがロルバンディア軍の盾と剣と形容されているほどだ。

 

 そして、もう一人の大将についてだが。


「だからな、言ってやったんだよ。耳かき棒と耳、どっちが気持ちいいのかって」


 ラートルとマルケルスはウンザリしながら、この黒髪の偉丈夫の話を聞かされていた。


「それで、奥方はなんて言ったんだケルトー?」


 マルケルスが仕方なくそう言うと、ウイリス・ケルトー大将は目を輝かせる。


「そしたら、奥さんがね。言うんじゃくて、指をしゃぶってきたんだよ。まさかここまで愛されているとは思わなかった」


 大公府にある会議室の中で、先に到着していた三大将は久しぶりに雑談をしていた。


 というよりもケルトーの話を一方的に聞かされているだけだったが。


「もういい」


「え?」


「もういいと言ってるんだ。お前の下品な話を聞くと耳が腐る」


 ラートル大将はうんざりしながら、愛用している眼鏡を外し、目元を押さえてそう言った。


「耳が腐るは言い過ぎだろう! 俺はだな、まだ新婚ほやほやのお前らにだな、夫婦の生活というのはどういうものなのかを伝えたくてだな」


「お前の奥方には恩義があるが、お前には無い!」


 ラートルとマルケルスの妻はケルトーの妻の友人であり、その縁から紹介を得て、二人は既婚者となった。


「あのな、俺の同期だからこそ、嫁さんはお前らに嫁さんをあてがったんだ。同情してな。その意味を理解しておけ!」


 偉そうに自慢しながらケルトーはそう言うと、ロートルは歯噛みする。


 実際、ウイリス夫人に紹介されるまでは結婚にウンザリしていたが、紹介された女性は知略に富むロートルすら感服するほど知性溢れる女性であった。


 ウイリス夫人自身、枢軸国では珍しく王立大学を卒業し、数少ない女性官僚として活躍されている女傑であり、その友人たちもそういった類の女傑ばかりである。


「お前、俺がいなかったら今も一人で情けない生活を送って、父君に訳の分からん女と結婚させられていたかもしれないんだからな。そこは恩に感じるべきだろう」


「それは言い過ぎだろう。というか、それを恩に感じるのであれば、貴様のやらかしを俺が何度尻拭いしたと思っている?」


「何度だったかな?」


 とぼけるケルトーに、ラートルは深くため息をつく。


「それくらいにしておけよ」


 見かねたマルケルスが二人の間に入った。


「マルケルス、お前はラートルと違って恩知らずじゃないよな?」


「ラートルは恩知らずではない。それよりも、お前は恩着せがましいぞ。奥方にお前がやってることを暴露してもいいのか?」


 ウイリス夫人の名前を出すと、ケルトーは途端に顔が曇る。


「はははは、すまんね同期達。僕ちょっと調子に乗っていたかな?」


「乗っていないと思ったのか?」


「嫌だなロートル君、それはちょっと言いすぎじゃないかと」


 他愛無い会話をしている中で、会議室の扉が開く。

 

 宰相であるクワイグ・エル・ケッセル侯爵、尚書令、トーラス・アルス・ジョルダン男爵や、ラートルの父であり軍務大臣を務めるバレリス・ウル・ガスコン元帥らロルバンディア大公国の中核を担う閣僚たちが揃っていた。


 そして、彼らの後に主君であるアウルスが姿を見せる。


 途端三人は直立不動で敬礼を行うが、アウルスは返礼し、全員が着席する。


「皆忙しい所招集して悪いが、単刀直入に言おう。ミスリル王国を取る」


 アウルスの発言に、事前に内容を聞かされていたジョルダン以外のメンバーがざわついていた。


「殿下、ミスリル王国への侵攻はまだ時期ではないとおっしゃっていたのでは?」


 通産大臣を務めるマクスウェル侯爵がそう言うと、財務大臣であるナルス伯が同意するかのように頷いていた。


「あの時はそうだった。それは間違っていない。そして、今回もきちんとした根拠に基づいている」


「ですが、財政は安定しているとはいえミスリル王国へ攻め入るのは時期尚早では?」


 ナルス伯は財務のスペシャリストであり、ロルバンディアの旧体制下では次官を務めていた。

 

 友人であり、同じく旧体制下での通産次官を務めていたマクスウェル候と共にアウルスに登用され、 ロルバンディアの復興と繁栄に尽力している功労者でもある。


「マクスウェル候の言う通りです。何も、無理をする必要性は無いかと」


「二人の諫言は尤もではあるが、実はとんでもない事実が発覚した。ジョルダン」


 名を呼ばれたジョルダンは端末を繋いで、アイリスから提供を受けた情報を投影させる。


 すると、全員が驚愕していた。


「殿下、これは?」


 普段冷静沈着な宰相であるケッセルですら、動揺を隠せずにいた。


 無理もない、アウルス自身もこの話を聞いた瞬間に冷静さを失い、驚愕しつつも歓喜に震えたのだから。


「エルネストが生きていた。おまけに、奴はハザールを経由して艦隊ごとミスリル王国に逃げていた。これは、宣戦布告するだけの理由は十分だろう」


 アウルスがそう言ってナルス伯とマクスウェル候の二人に視線を向けると、二人は完全に怒気を発していた。


「殿下、軍備に必要な財源ならばお任せください」


「足りなければ追加で他国から国債を購入するようにいたします。あるいは、ミスリル王国へ経済制裁いたしましょうか?」


 一転して主戦派に回った二人だが、それもそのはずで、ナルス伯とマクスウェル候はエルネストに散々煮え湯を飲まされ続けてきた過去があった。


 エルネストの無茶苦茶な軍拡の為に、ナルス伯は増税をせざるを得ず、マクスウェル候などは交通料の徴収に反対していたにも関わらず、無理やり実行させられた。


 その愚行に加担してしまい、ロルバンディアは一度滅びてしまったのである。


二人はその事を非常に悔いており、アウルスからの登用も二度に渡り固辞したほどだ。


 三度目にアウルス自身が頭を下げ、国を滅ぼしたことを悔いているのであれば、国が蘇ることに尽力するべきであると説いて、やっと応じてくれた。


 それだけに、エルネストへの憎悪は誰よりも深く持ち合わせていた。


「ナルス伯、マクスウェル候、二人が激怒したくなる気持ちわかる。奴は国賊であり、帝国全体の悪人でもある。ですが殿下、これだけの理由で戦いを決めたのですか?」


 冷静さを取り戻した宰相ケッセル候がそう言うと、アウルスは不敵に笑いながら頷いていた。


「いいや違う。今、メルキアにエフタル公のご息女が滞在している。彼女はアレックス王に婚約破棄を言い渡され、かの国王は格下の伯爵令嬢との真実の愛に目覚めたそうだ」


 そこまで口にすると、再び重臣たちが驚愕する。


「殿下、そうなるとミスリル王国は二つに割れるのでは?」


 豊かな髭を蓄えた外務大臣のテラル・ジュベールが巨体とは対照的である冷静な口調でそう言った。

 

「その通りだジュベール。実際、エフタル公のご息女であるアイリス嬢は、私に内乱に助力してほしいと面会を要請してきた」


「ほう、流石はエフタル公のご息女ですな。泣き寝入りすることなく、殿下に直接面会して、助力を頼むとは大した女傑ですね。先代のミスリル王も、その胆力と才覚を見抜いて婚約を結んだのでしょう」


 ジュベールは爵位を持た平民だが、豊かな交易商人の家に生まれ、帝国や枢軸国だけではなく、連合への訪問と留学経験を持つ。


そのため非常に視野が広く、的確に情報を収集して活用する優秀な外交官であり、的確に状況を予想していた。


 ロルバンディア侵攻時も、その手腕を使ってロルバンディアを孤立させた実績を持つ。


「エフタル公のことだ、仮に殿下のご助力や支援がなくても乱を起こすでしょうな」


 バレリス・ウル・ガスコン元帥もまた、かつてエフタル公と共に戦った経験を持つ。


 それだけにその人となりを理解していた。


 これだけの侮辱をされて、平然とできるわけがない。


「エフタル公は、星間連合軍を相手にしても勝利した名将です。今のミスリル王国にエフタル公以上の提督もいないのであれば、猶更ですな」


 ジュベールの冷静な指摘に全員が納得する。


 ミスリル王国よりも恐ろしい、星間連合相手に戦いを繰り広げてきたエフタル公が、今更ミスリル王国を恐れる道理もないのだ。


「元々、ミスリル王国は豊富な資源がある豊かな国。そこに暗君が即位し、内乱が起き、なおかつ帝国公認の大罪人とその残党まで匿っている。領土拡張を目指している国であれば、誰もが飛びつくでしょうな」


 ジョルダンがそう言うと、ケッセルも黙って頷いた。


「トーラス卿の言う通りだな。ミスリル王国はこのままいけば間違いなく、枢軸国での草刈り場になる。我々が侵攻しなくても、他国が攻め入るのは必定」


「その通りだ宰相。我々が攻めなくても、どこかが攻める。であれば、せっかくの情報を得ている我々が先手を打った方がいい。でなければ、収集がつかなくなる上に、奪った国がそれだけ強くなる。わざわざ、他国に餌をあげる必要もない」


 アウルスがそう言うと、閣僚たちと軍部を代表した三大将達全員が何も言わず、納得し、一つの決断を下していた。


 ロルバンディア大公国による、ミスリル王国侵攻作戦に賛成することをだ。

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