第3話 大義を求めて 後編
アウルスは大義を求めている。
今までの会話の中で、アイリスはアウルスが単なる征服者などではないことを理解した。
ロルバンディアへの征服にしても、ロルバンディア側による不法行為に対する制裁を行い、最終的には滅ぼすことで問題を解決してしまった。
「殿下はミスリル王国を攻め入るならば、それ相応の大義が必要ということが分かりました」
「あなたにもエフタル公にも、加勢したいという気持ちがないわけではない。だが、こんな私にも付き従い、忠誠を誓う者達が、宰相を筆頭に多数いる。君主として、私は彼らの忠誠に報いなければならない」
「承知しております。ですが、その大義名分を殿下は既に手にされているとしたらどうでしょう?」
正直、この覇者と対峙することに彼女は畏れを抱いていたが、万が一の話として聞かされていた、兄の助言を彼女は思い出していた。
「どういうことかな?」
「ロルバンディアの大公世子のことはご存知でしょうか?」
「ああ、奴のことか。あの戦争ごっこ好きの」
あからさまにアウルスは嫌な表情をした。
それもそのはずで、マクベス軍によるロルバンディア侵攻を招いたのは旧大公家の大公世子、ロルバンディア・トゥエル・エルネストによるものである。
「奴は無茶苦茶な軍拡を推進させ、国庫を食いつぶした愚か者だ。戦争とママゴトも付かない癖に」
ロルバンディアが法外な交通料の徴収を行わざるを得なかったのは、一重に、エルネストによる無茶苦茶な軍拡によるものであった。
エルネストは当時、ロルバンディア軍宇宙艦隊司令長官として元帥の地位に付いており、宇宙艦隊の増強と拡張を図っていた。
強い軍事力があれば、後はその力で領土も財力も全てが手に入ると、どれほどの無理を重ねたとしても、圧倒的な軍事力の前には抵抗は難しいことから、エルネストは財政を傾けるほどの軍拡を推し進めていた。
その軍事力の矛先は次第に周辺諸国へと向けられるようになり、マクベス王国に対しても二回もの国境紛争を起こしていたほどだ。
「軍事費を稼ぐために国を滅ぼすなど、相当な愚か者でない限りできないことだ。奴は自分の愚行の結果、父である大公と大公妃、そして自身の弟と妹を死なせる羽目になった」
ロルバンディア征服後、アウルスはこの戦争への落とし前として、旧大公家に連なる者達を処刑した。
これは、宗主国である帝国と、ブリックスを始めとする諸国との了承を得てのことである。
だが、最大級の戦犯と言ってもいいエルネストだけは、現在消息不明のままであった。
「エルネスト大公世子、いえ、エルネストは生きております」
「奴が生きて居るというか?」
「はい、あの逆賊はハザール大公国を経て、今はミスリル王国に逃れています」
ハザール大公国は旧ロルバンディアとは同盟を結んでいるほどの友好国であり、流石のエルネストもハザールからの交通料を徴収することはしなかった。
そして、ハザールはミスリル王国とも同盟を結んでいるほど、親しい関係にあった。
「エルネストが、生きていた……」
流石のアウルスも判断が容易につかないのか、悩んでいた。
エルネストはロルバンディア戦争における最大の戦犯であり、帝国公認の逆賊でもある。
つまり、匿っているということは、エルネストと共に帝国は無論のこと、現ロルバンディア大公国に対して喧嘩を売るに等しいことだ。
「こちらがその証拠です」
その証拠として、エルネストがどこに隠れているのかを証拠として収めたデータを提供した。
「なるほど、奴らは残存艦隊までかき集めて、ミスリル王国へと逃げたというのか」
データをモバイル端末につなぎ、投影した情報にはミスリル王国内のどこにエルネストが潜伏していたのかが明確に映っていた。
「しかし、これだけの情報があるならば先に出してた方がよかったのではないか?」
警戒した目を向けながらアウルスはアイリスを咎めていた。
「確かに、殿下にとっての大義名分としては十分すぎるほどです。これはファルスト公亡き後のディッセル候とアレックス王によって行われています」
「あなたにとっては政敵でもあるな」
「同時に、これは帝国に対する反逆でもあります。エルネストは逆賊であり、それを匿うミスリル王国もまた、帝国に弓退く逆賊行為となりうる。それを迂闊に話した場合、どうなるかは殿下が一番お分かりと思います」
ミスリル王国はただでさえ、周辺諸国を敵に回している。
そこに帝国公認の大罪人であるエルネストがいるとなれば、草刈り場となるのは目に見えている。
「確かに、この情報だけでミスリルを攻め入る大義名分としては十分だ。併呑されても文句は言えない。あなたは、国を滅ぼすだけの情報を私に提供してくれたことになるな」
腹の底が見えるほど、アウルスは底の浅い人物ではない。
喜怒哀楽がはっきりと出てはいるが、逆に全てが真実であり嘘が混じっている。
だが、君主たるもの、時には多くの臣下たちを死地へと追いやることが出来る。
命令一つで、死ななくてもいい人物を死なせてしまう。
だからこそ、君主とは簡単に己の本音をさらけ出してはいけないという父やファルスト公の言葉が、アウルスを見ていると実感ができる。
「殿下ならば、私共はともかくミスリルの民を苦しめるような悪政をなさらぬと思ったからです」
「その必要がなかったから、と言ったらどうする? 私は他者が言うほどの名君でもなければ、人格者でもない。私の本質は暴君であり異常者だ」
「暴君と名君は表裏一体です。悪辣な領主を罰するのも、悪徳官吏を処断するのも、名君であり暴君でなければできることではございません。旧大公家を滅ぼしたのも、殿下はきちんとした手続きを踏み、大義名分の元に処断するべき相手を処断されました。やり方が暴君であったとしても、それが最終的に民の為になれば名君と言えるのではないでしょうか?」
アウルスはまごうことなき名君だろう。
民を豊かにさせ、国を富ませる。その為の仕組みを立案して実行できるのであれば、誰が名君と言えるのか?
その思いをぶちまけたアイリスの鬼気迫る態度とは真逆に、アウルスは天井を仰いで小刻みに震え、やがて大声で笑い始めた。
「いやいやいやいや、まさかあなたが私をそこまで評価してくれるとはな。失礼した、謝らせていただこう」
「いえ」
「確かに、大義名分としては十分すぎる。だが、これはミスリル王国にとっての火薬庫のようなものだ。他国が知ったら、ミスリル王国に喜んで攻め入るだろう」
「おっしゃる通りです」
大義名分は提供した。はたして、アウルスはどのような決断を下すのであろうか?
「ハッキリ言うが、これは簡単に即答できない。あなたの誠意と思いは十分に伝わりました。だからこそ、私は曖昧な言葉で誤魔化すことはしない。宰相たちを含めて、協議させてもらう」
国家の存亡がかかる話であれば、アウルスが即答できないというのも分かる。
仮に攻め入るとしても、様々な準備が必要になるだろう。
「殿下のご配慮、誠に感謝いたします」
「回答は明日の午前中にお伝えさせてもらう。私はこれから、重臣たちと協議させてもらうよ」
アウルスがそう言うと、アイリスは再度お礼をすると執務室を後にした。
一人だけ残ったアウルスはさっそく尚書令のジョルダンを呼び出した。
「ジョルダン、例の件だがさっそく動くとしよう」
「ついに、御決断されましたか」
「ああ、アイリス嬢は大した女性だ。私にとんでもない土産を用意してくれた」
久しぶりにアウルスは意気揚々としながらも、溢れんばかりの覇気を出し、喜びを隠せないでいた。
アイリスのもたらした情報は、アウルスが実施する計画の最後のピースを埋めてくれたのだから。
「ミスリル王国を取る。これで、必要条件は全て整った。ジョルダン、これから会議を始める。ミスリル王国侵攻作戦についてのな」
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