第2話 覇者との対峙 前編

 マクベス・ディル・アウルスは、その名の通り、マクベス王国の第四王子として生まれた。


 母親の身分は高くなかったが、彼は聡明であり、帝国の幼年学校から士官学校へと進み、帰国後はマクベス軍の提督として連合への戦いや周辺諸国との紛争に参加する。


 数々の激戦をくぐり抜け、気づけば二十二歳で大将となり、さらに二年後には元帥にまで昇格すると、彼は敵対していたロルバンディア大公国への侵攻を開始する。


 ロルバンディア軍はアウルスの手腕により一方的に壊滅させられ、開戦からわずか一週間で全機動兵力の三割を喪失、さらに一か月後には首都メルキアを占領されてしまった。


 ロルバンディア軍は各地でゲリラ戦を展開するも、すでに首都が陥落し、多勢に無勢の状況であることと、我先に大公家の者達が逃げ出したことにより徹底抗戦する者はほとんどおらず、開戦から二か月後には領土の八割を手中に収めてしまう。


 さらに残りの領土も一か月による航路封鎖により疲弊し、降伏。


 そして、ロルバンディアは今や空前絶後の繁栄を遂げているのであった。


****


「殿下、わざわざお忍びで宇宙港に行かれるのは勘弁してはもらえませんか?」


 バレリス・ウル・イグニス中将は不貞腐れながら、入国管理官の征服を着ている主君に向けてそう言った。


 二人は今、宇宙港からロルバンディアの政治経済を統括する大公府の執務室にいた。


「我が国に入国するものを迎えるのに、大公直々に行って何が悪い?」


「どれだけの人が入国してきたかを見に行くのは、これきりにしてください」


 イグニスの言葉に、アウルスは不貞腐れたような顔をした。


「第二艦隊司令官として、司令部にいなければならないお前にそんなことを言われても全く説得力がないな」


 イグニスの正式な役職はロルバンディア軍第二艦隊司令官であり、中将という高い地位にあるが、あくまで一艦隊司令官に過ぎない。


 そこを突くアウルスに、イグニスはこの主君の意地の悪さを思い出した。


「宇宙港の面々とは顔見知りですからね。四年前、メルキアを制圧したのは私ですよ」


 それを命じたのはアウルスであり、イグニスはそれを暗に揶揄していた。


「おかげで宇宙港の面々とも繋がりができましたし、あの宇宙港は宇宙艦隊総司令部も近いですからね。それに、メシが旨い」


「お前、食事のためだけに宇宙港に通っているのか?」


「総司令部の食事は量はありますし、食べ応えがあるのですが、それだけだとあきますので。たまには気分転換をしなければ」


「軍服姿で艦隊司令官が宇宙港で食事をするな。お前の兄が激怒するぞ」


 イグニスの兄であるラートルはロルバンディア軍の参謀総長を務めている。


 気さくなイグニスとは対照的な性格をしており、特に規律にうるさい。


 もし仕事をさぼっていることがバレたらタダでは済まないだろう。


「殿下、言っておきますが弱みを握っているのは殿下だけではありませんからね」


 念を押して口止めしようとするイグニスの目には兄への恐怖心が映し出されていた。


「だからこそ、お前も余計なことを口外するな。いいな、お互いに平和な生活を送るには信義が必要となる。お前はラートルに怒られるだけだが、俺はそこにケッセルが入るのだからな」


 クワイグ・エル・ケッセルはこのロルバンディアの宰相だ。


 アウルスに次ぐナンバー2と言ってもいいが故に、己を律して政務を行う謹厳実直な老人である。


 それ故に、規律違反には容赦をせず、場合によってはアウルスに対しても手加減せずに説教を行うほどだ。


「だから、お互いに平和でいたいなら、口を閉ざしておけ」


 アウルスの険しい表情に、イグニスは素直にうなずくと、執務室のドアをノックする音が聞こえてくる。


「入れ」


 アウルスが入室を許可すると、灰色の髪をした紳士がやってくる。


「失礼いたします殿下」


「おおジョルダンか」


 トーラス・アルス・ジョルダンはケッセルに次ぐ堅物であるが、君主を補佐する尚書令という重役を務め、実質的な軍師といってもいい人物であった。


「またイグニス中将と共に外遊ですか?」


「この男がどうしても相談したいことがあると言ってな」


 唐突に自分に話題を振られたことで、イグニスは主君の無茶苦茶さに呆れそうになったが、下手に話すと余計に怒られる可能性があるために、笑ってごまかした。


「ですが、もう解決いたしましたので失礼いたします」


 そそくさとイグニスは自分の職場へと戻ると、ジョルダンは訝しい表情のままにそれを眺めてため息をつく。


「殿下、職務をサボるのはほどほどにお願い致します」


「ジョルダン、何故お前は私がサボっていると決めつけるのだ?」


「殿下には、前科が山のようにあります故。それよりも本日の話ですが」


「ああ、エフタル公のご息女が来訪されるという話だな」


 身を正し、執務室の仰々しい椅子に腰かけながら、アウルスは真面目な表情になった。


「確か、ミスリル王の元婚約者だと伺っております」


「そのようだな。なんでも、一方的に婚約破棄をされたと」


「ミスリルでは淑女の鏡、才女、賢紀の素質を持つなどとかなり高い評価をされていますが、その反面可愛げがなく、言葉に棘がある気づかいがない令嬢という噂があるそうで」


 ジョルダンは優秀な尚書令だが、その優秀さの一つに高い情報収集力が挙げられる。


「どちらが信用に足る?」


「結論から言うと、両方とも真実でありますが、一部の嘘が混ぜられてますな」


「真実にして嘘?」


「淑女の鏡、才女、賢紀の素質と器を持ち合わせているのは、間違いないことではあります。そして、可愛げがなく、言葉に棘があるというのも真実。ですが、気づかいができないお方というのは嘘のようですな」


「その理由を聞きたい」


「まず噂を流しているのは、現在のミスリル王であり、新たに婚約者となったフローラ伯爵令嬢と、その父であるヴァンデル伯です。この時点で、まず嫌な噂については信用ができません」


 ジョルダンは情報を収集するだけではなく、それを分析する力も非常に高い。


 ロルバンディアへと攻め入った際には、ロルバンディアの情勢を正確に把握していたことから、軍部よりも声高く侵攻するべきと進言したほどである。


「ということは、アイリス嬢は聡明であることは事実なのだな」


「ええ、それは間違いございません。王立学園も王立大学も主席、飛び級で卒業しております。ですが、それが悪評の原因かもしれませぬ」


「賢い女性は嫌われるからな」


 帝国圏では、女性はとにかく淑女としての姿を求められる。厳密にいえば、押し付けられるのだ。


 黙って男の言うことに従うようにするという、男尊女卑の風潮が強い。


「ミスリル王は対照的に、暗君としての資質を持っておられます。知能指数が違えば、互いに会話が不可能になりますし、お互いにすれ違うこともあるでしょう。また、アイリス嬢もミスリル王に対して従順な方ではないようですので」


「エフタル公のご息女との縁談を破棄して、伯爵令嬢、それも頭の悪い顔だけの女に乗り換えるような愚者だ。賢明であるわけがない」


 ジョルダンに背を向け、アウルスは窓からメルキアの空を眺めていた。


 宇宙空間ではか細い光の元で、漆黒の戦いを強いられるが、太陽の恩恵を受けた大地の上では全てが眩く見える。


「猶更興味が出てきたな。ジョルダン、手筈を整えてくれ」


「御意」


 ミスリル王国の元勲にして、名将であるエフタル公の娘。本人も聡明で学業優秀な令嬢。


 パーティーで娼婦のように付きまとい、寵愛を受けなければ生きていけない弱い女性とはくらべものにならないほどに強い女性。


 それが果たして本物であるか、アウルスは確かめたくなった。

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