父の眼鏡
宵埜白猫
父の眼鏡
小学六年生の夏休みが始まった日のことだった。僕が生まれてすぐに死んだ父さんの荷物を、久しぶりに整理しているとかっこいい眼鏡を見つけた。
写真一つ残っていない父さんの情報がまた一つ。
それを手にして、父さんの顔を想像してみる。
母さんはよく「父さんに似てる」と言ってくれるから、きっと僕を大人にしたような顔の人。
母さんはおっとりした人だから、きっと父さんも優しい人に違いない。
こうやって、父さんがどんな人だったか想像する時間が、僕は好きだ。
窓の外で聞こえる蝉しぐれを少し鬱陶しく思いながら、僕は父さんの眼鏡を掛けてみた。
やっぱり大きい。けど、度はそこまできつく無いから目が痛くなることは無かった。
部屋をぐるっと見てみると、さっきまでは誰もいなかった窓際の椅子に、何か居るのが見えた。
驚いて体を引いたのと同時に、眼鏡がずれる。
自分の目で見る椅子の上には、何もいない。
思い切って、もう一度眼鏡を掛けてみるとそこに居た何かと目があった。
すらりと細くて母さんより少し背の高い男の人だった。
よく見ると僕が掛けているのと同じ眼鏡を掛けて、穏やかに笑っている。
「……大きくなったな、
不安も怖い気持ちも、全部包み込んでくれるみたいな、優しい声音だった。
「……父、さん?」
確証は無いけど、確信はあった。
眼の前に居るこの人は、自分の父さんだ。
「こんな体だけど、ずっと見てたぞ」
「ずっと?」
死んだ人にずっと見られているというのは、少し怖い気もするけれど、父さんだからまあいいか。
「ああ、ずっとだ。翔太の入学式にも一緒に出たし、今度ある卒業式にも――」
「ちょっと待って! 入学式? 幽霊ってそんな自由に動けるものなの?」
父さんならって思ったけど、流石にちょっと怖いかもしれない。別の意味で。
「幽霊にも色々あるんだ。地縛霊ならその場所にしか居られないけど、父さんは翔太の背後霊みたいなもんだからな。翔太の居るところなら大体どこにでもいける」
父さんに会ってみたいとは思ってたけど、息子と早く死別しすぎて親バカ拗らせてたなんて。
「そ、そっか……」
「ちょっと待て、なんで引いてる? 親子の感動の再会じゃないか」
「いや、死んだ父親がずっと後ろに居たと思うと色んな意味で怖いよ。会えたのは嬉しいけど……」
親バカを拗らせた父さんは、最後の部分だけを拾って狂喜乱舞している。
幽霊の狂喜乱舞する姿なんてただのホラーでしか無い。
僕はそっと眼鏡を外して、元あった場所に戻した。
想像してたよりだいぶ陽気な人だったけど、父さんに会えたのは嬉しくて、思わず頬が緩んだ。
父の眼鏡 宵埜白猫 @shironeko98
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