妖精の眼鏡

葛瀬 秋奈

君に優しくしたいのに

 僕は妖精パック。趣味はイタズラ。

 僕と友人の魔女ウィッチが惚れ薬で騒動を引き起こした数日後、妖精王オベロンから呼び出しを食らった。


 オベロンは日によって姿が異なるが、この日は人間の青年に似た姿だった。

 彼は少し前に人の子を拾ってきて以来この姿でいることが多いらしい。老人姿のときより話しやすくて僕は好きだ。


 てっきりまたイタズラの件で叱られると思って神妙に立っていたのに、王様はなかなか話し始めなかった。というか、明らかに様子がおかしい。

 どうでもいい時候の挨拶から始まって、これまたどうでもいい世間話をしたかと思うと、言葉を探すようにあーとかうーとか唸ってまた世間話に戻る。その繰り返し。


「あー、今日は暖かくて良い日だね」

「いい加減にしてください。天気の話はこれで三度目です」


 言ってしまった。


 だって三度目だぞ、三度目。同じ日に三度も同じ話をされたら我慢も限界が来るってものだ。それはそれとして羽虫にされても仕方ないほどの不敬だが。


「それは……あー……すまないね、うん」


 王様の顔色はみるみる悪くなったが怒ってはいないらしい。ひとまず羽虫にされるのは免れたというわけだ。


「一体どうしたというんです。らしくもない」

「実は、三日前にティタニアと喧嘩してしまって」


 またか、と僕は天を振り仰いだ。

 ティタニアというのはオベロンの伴侶で、つまり王妃様だが、この夫婦はしょっちゅうくだらないことで喧嘩している。むしろ喧嘩するのが好きなんじゃないかと思うくらいだ。


「痴話喧嘩はいつものことでしょうに」

「でも彼女、それからずっと自室に籠もって鏡に向かって話しかけているんだぞ。僕に挨拶もしないで」

「……喧嘩の原因は何ですか?」

「僕が人の子にキャンディをあげようとしたら、彼女がチョコレートの方が良いだろうと言ったのさ」

 

 くっだらねえ。

 百歩譲っても得意げに言うことではない。そんな愚痴を聞かせる為に僕を呼び寄せたのなら、僕は早く帰りたかった。


「そんならさっさと謝っておしまいなさいませ。御用はそれだけですか?」

「ところでパック、また人里で問題起こしたってねぇ」


 空気が凍りつく。

 フェイントは卑怯だ。


 王様の表情はにこやかだが目が笑っていなかった。とても圧を感じる。僕は黙って羽虫になる覚悟を決めた。


「いや、責めてはいない。勘違いしないでほしいんだが、本当に怒っていないんだよ。むしろ感心してるくらいさ、お前の友達の魔法力にはね」

「はあ。それで?」

「……例の薬は、まだ残ってるのかな?」

「惚れ薬を何に使うおつもりですか!」


 僕は思わず大声をあげてしまった。

 よりにもよって王妃とよりを戻す為に魔女の薬を頼ろうなんて、恥ずかしいと思わないのか。思わないんだろうな。なんか笑ってるし。


「いやそんなナニだなんて……ははは」


 いや、笑えねえよ。

 妖精王という色眼鏡を外して見れば、彼も普通の男ということか。まあ、そういう俗っぽいところがオベロンの良いところでもあるんだけど。

 

「そもそもあの薬は失敗で、飲んだ者は作り手であるウィッチを好きになってしまうんですよ」

「なんてこった! じゃあ、どうしたらいいんだい?」


 謝ればいいんじゃないですか。

 そう言おうとしたその時、僕の脳裏にあるひらめきが走った。


「上手くいくかわからないけど……この話、僕に任せてもらえませんか?」

「いいとも。藁にもすがりたいくらいだからね」


 あっさり王様の了承を得られた僕は、その足でまずウィッチの工房へ向かった。


 ウィッチはまた道具作成か何かに失敗して爆発させたらしく全体的に煤けていたが、いつものことなので僕は気にせず話を進める。


「急で悪いんだけど、眼鏡を用意してもらえないかな。できれば二つ、無理なら一つでもいい」

「本当に急ね。どんな効果をお望み?」

「いや、普通の。どこにでもある眼鏡がいい。大事なのは『ウィッチが用意した』という事実なんだ」

「よくわからないけど、それなら倉庫から好きなのを持っていけばいいわ。なんの効果も付けられなかった失敗作がたくさんあるから」


 ウィッチの思い切りの良さに感謝しつつ、次へ向かう。王妃ティタニアのところだ。


 王様の話では部屋に引きこもって出てこないということだったけれど、僕がティタニアの離宮に訪ねてみると普通に会ってくれた。ここまでは予想通り。


「えー、ティタニア陛下におかれましては本日も誠に見目麗しく……」

「心にも無い世辞はよしなさいな。それで、オベロン配下のパックが何しに来たのかしら。彼に命令されて様子でも見に来たの?」

「いえ、命令はされてませんよ。引き籠もってると聞いて心配だったもので」

「そう。手紙を届けに来たわけでもないのね。……やっぱり、私のことなんてどうでも良いんだわ」


 どうでも良いわけないだろう。

 と、叫びたいのをぐっとこらえてあくまでにこやかに対応する。ここからが正念場だ。


「一応、お聞きしますが。ご自分から会ってお話する意志はないのですか?」

「あの方に嫌われて罵倒されると思うと話すのが怖いのよ、もう」

「では、やはりこれの出番のようですね」


 そこで僕は、不思議そうな顔で覗き込むティタニアへウィッチから預かってきた眼鏡を見せる。いかにも恭しく、大仰で、それっぽい感じに。


「これは……眼鏡?」

「ええ、これはかの高名な魔女ウィッチから預かりし至高の一品。名付けて『かけて最初に見た相手が少しだけ優しくなる眼鏡』です」

「ずいぶん長い名前ね」

「なにぶん試作品なので。お困りの王妃様の為に特別に借りてきたのです。特別に、ですよ?」

「本当かしら。この眼鏡からは魔力を全く感じないけれど」

「それがこの道具の恐ろしさ。魔力を感知できなければ、相手も何が起きているか気付けないでしょう?」

「なるほど。それもそうね」

「これを使って相手が優しくなっているうちに本心を打ち明ければ、たちまち仲直りできること間違いなし」

「そんなに上手くいくかしら?」

「いきますとも。ただし、くれぐれも乱用してはいけません。本命以外に使えば厄介なことになりますからね」

「わかったわ。特別、だものね」


 ──以上のようなやり取りを、僕はオベロンのところでも行い、彼にも全く同じものを渡した。一言も彼らをペテンにかけたのだ。


 二人が直接会ってどのような会話をしたかは知る由もない。が、後で王様が謝礼代わりのお菓子と共に二人分の眼鏡を返して寄越したのでどうやら上手くいったようだ。


 そんなわけで現在、僕は王様に渡されたものをそのまま持ってウィッチのところへ遊びに来ている。


「ふむ。つまりパックは彼らに眼鏡をかけさせることによって、逆に『嫌われてるかもしれない』という色眼鏡を外させたんだ」

「うん。もし相手も同じものを身に着けてると気付いても、その時は相手も同じ気持ちだと理解できるはずだから」

「フフフ……とんだ茶番ね。リア充爆発しろ」


 陰気に笑うウィッチに僕は曖昧に笑い返すしかなくて、カップに残っていたミルクティーを一気に飲み干した。すごく甘い。


「……ところで、良かったらウィッチもこの眼鏡かけてみない?」

「私が使ってもしょうがないでしょう。効果がないのはわかってるんだし」

「僕が優しくするよ」


 ウィッチは一瞬だけ鳩が豆鉄砲食らったように瞬きし、花のように微笑み、そして──


「遠慮しとく。パックはいつも優しいからね」

「……そっかあ」


 どうやら僕と彼女の恋の花はいまだに「がねえ」ということらしい。おあとがよろしいようで。いや、笑えねえよ。


(終劇)

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