監視社会のエンゲージリング【KAC2024第八回:めがね】

青月 巓(あおつき てん)

監視社会のエンゲージリング

「お前ってさ、AIなんだよな」

「そうだけど?」


 親友のカナタに尋ねると、彼女は当然のように答えた。

 出生率が極端に低くなり、子供に混ざってAIが搭載されたアンドロイドが学校に通うようになった現代では、本人がAIを自称することも比較的レアではない事例だ。

 もちろんAIであることを隠す人物もいるが、だからと言ってそれを詮索することもあまりよろしくないことだと言われている。


「じゃあさ、なんでめがねかけてんの?」

「ん? なんでって、なんでもないでしょ。かけてるんだから」

「でもそれって人間用の視力矯正用補助器具な訳じゃん。お前、その目は別に生身のものじゃないんだよな?」

「うん、全身機械だから、めがねは必要ないよ」


 かちゃ、とカナタはめがねを外すと、小さな機械音と共に瞳孔がスムーズに伸縮し始めた。それはカメラのレンズを絞るような動きだ。

 言ってしまえば人間とは違い、彼ら彼女らに視力を矯正するという概念はない。


「ならなんでかけてるのさ」

「ん、なんでかって聞かれると難しいかも。好きだから?」

「あぁ、おしゃれ的な?」

「そうそう。AIって言ったって個体差があるのは知ってるでしょ? 好きなものも違うし、AIだってバレても気にしない子もいれば気にしちゃう子もいる。それと同じように私はめがねをかけるのが好きってだけだよ」


 そんなもんなのか、と思っていると、昼休みがあと五分で終わるという合図のチャイムがなった。屋上の扉を開け、先生が「早く教室に戻れよお前らー」と注意してくる。


「ヤッベ、次移動教室だ。ごめん先戻るわ!」

「あいあい。おい、水筒忘れてるぞ」

「さんきゅ!」


 カナタが投げた水筒を俺はしっかりとキャッチして、屋上から出ていった。


ーーー


「カナタ、まだそんな旧式に頼ってんの?」

「ん? でもこれ検閲に引っかかりにくいんだよねぇ」


 屋上には、AIの生徒しか残っていない。そんな彼ら彼女らの会話は、いわゆるAIの常識の中で語られ始める。

 カナタもまた、めがねをくいと上げて話しかけてきたAIに返した。


「国から安全に子供達が成長できるように監視せよって命令が下ってるとはいえ、そんなヤボったいめがねで何も監視しなくてもいいと思うなぁ。私は」

「ふふふ、でもこれ、アイツから貰ったモノなんだよねぇ」


 カナタは愛おしそうにめがねを撫でる。そのフレームには隠しカメラが仕込まれており、そこで撮影された映像は全て国に送信されるようになっていた。

 あいつとは先ほどまで話していた男子生徒だ。彼も覚えていないような昔、彼は祖父のめがねを勝手に持ち出してその時偶然訪れていたカナタに差し出した。

 カナタのことが好きだから、未来で結婚するためにプレゼント。そのめがねを目印に迎えに行くから。なんて文言と共に渡されたそれは、男子生徒の母親にすぐに回収されることになった。

 ただ、3Dプリントで類似したものをカナタは作り出し、その子の目の前でかけたのだ。


「君が迎えに来てくれる証。待ってるからね」

「あぁ、そういうタイプね。AIがよくなるやつ〜ぷぷぷ」

「あ〜、バカにしたなぁ?」


 カナタは笑っている他のAIに飛びつく。男子生徒が気がつく日まで、そのめがねをずっとかけ続けると誓いながら。

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