第30話 街に出掛けて

 なんだかんだというわけで、モエはエリィと一緒に領都の中に出掛けていた。唐突な話には二人も戸惑ったものである。

 二人は屋敷で着ているメイド服ではなく、よそ行き用の服に着替えている。だが、モエの頭にはやっぱりすっぽり覆う帽子がかぶせられていた。ちなみにいつも通り頭には姿を消したルスが乗っかっている。

「まったく、どういった意図で私たちが市井に出掛けているのでしょうかね」

 使用人の教育係として頑張っているエリィは、突然の事にかなり憤慨しているようだった。

 一方のモエの方は、初めて見る景色に目を輝かしていた。なにせ日中の人間の街の中を歩くのは実に初めてだからだ。でも、やっぱり人間に対してはどうしても警戒心を持っているのか、視線の動きが人を避けているようだった。

「あまりきょろきょろしないで下さい、モエさん」

「は、はい」

 エリィから注意されて、モエは動きをぴたりと止める。

「さて、頼まれたものをさっさと購入して戻りましょうか。今回の依頼人は恐らく旦那様です。この筆跡には見覚えがありますから」

 エリィは実に冷静に振る舞っている。さっきまで怒っていたようには思えないくらいだった。さすがはメイドといった感じである。モエの方はというと、その辺りはどうも気が付いていないような感じだった。

 十分休んだところで、エリィは再度購入リストを確認する。そして、確認を終えたエリィはこくりと頷くと、モエを連れて再び歩き出したのだった。

 メモに書かれていた買い物リストには、女性二人でもどうにかできるものばかりが並んでいた。つまり、ほとんどが軽くて小さなもの、小物ばかりだったのだ。

 おそらくは子爵はマーサと相談の上でこのリストを作成したのだろう。字は確かに子爵のものだというのに、その内容は女性に配慮したものになっているという事は、そう考えるのが妥当というものである。

 エリィはいろいろと考えたものの、今はとにかく使用人として仕事を推敲する事だけを考える事にしたのだった。


「ルス?」

 しばらく買い物をしていると、モエの頭の上に居るルスが小さく唸っているように感じられた。

「どうされましたか、モエさん」

 モエが急に立ち止まったので、エリィはモエに声を掛けている。

「いえ、ルスがなんだか落ち着かない様子みたいで……」

 視線を自分の頭上に向けるモエ。なにせ両手が塞がっているので、手を出す事はできないのである。

 そのモエの視線に釣られるように、エリィの視線もモエの頭上に向く。だが、ルスは姿を消しているために、エリィはそれを確認する事はできなかった。そのために、エリィは首を傾げている。

「そういえば、透明になっているんでしたね。ルスはその姿を見られてはいけませんものね」

 エリィは小さく呟いて、くるりと振り返って辺りを見回した。

「特に怪しい人は見当たりませんね。急ぎましょうか」

「はい、エリィさん」

 ルスの反応が気になったものの、モエとエリィは用事を早く済ませる事を優先させた。

 なにぶん、モエの帽子は目立ってしまう。できればなるべく早く済ませてしまいたくなるのも、無理もない話だろう。

 一応離れた位置から子爵家の護衛が見守ってくれてはいるものの、やはり目立ってしまうのは何かと問題だった。

 すべての用事を済ませたモエとエリィは、市民街の一角に待たせてあった子爵家の馬車に乗ってさっさと引き上げていったのだった。


 その走り去っていく馬車を覗く人影があった。

「おい、見たか?」

「ああ、変な帽子をかぶったのが居たな」

 見るからに怪しそうな人物たちである。

「実に怪しいですな、あの女」

「だな。頭の上で何かがチカチカしていたみたいだしな。こいつは金のにおいがするぞ」

 背の大きな方の男が、腕で口を拭っている。どうやらよだれが垂れていたようだ。

「おい、汚ねえな。俺の上に垂らすんじゃねえぞ?!」

「おっと、すまねえな」

 背の小さい方が怒鳴っている。大きい方は手で落ち着かせるような仕草をしながら少し後退っていた。

「しかしよう……。お頭の言う通り、撤退せずに街を見に来ていて正解だったな。おかげで時間は掛かったが面白いものが見れたぜ」

「まったく、お前は面白いものを見るとすぐよだれをこぼすから困ったもんだぜ。おかげで何度俺の頭がお前のよだれで汚れたと思ってるんだ」

「いいじゃねえかよ。お前の頭は俺のよだれより汚ねえんだからよ」

 背の大きい方がふざけたように言うと、小さい方がギラリと睨みながら大きい方の足を思い切り踏みつけた。

「痛ってえな、何しやがんだよ」

「ふざけた事言うからだ。それよりも、さっさと戻ってお頭に報告するぞ。今の大声で街の連中の視線が向き始めたからな」

 小さい方がそう言うので確認すると、確かに一部の街の人たちの視線が男たちの方に向き始めていた。

「ちっ、これはさっさとずらかるか。目立っちゃ意味がねえぜ」

「まったくだな」

 男たちは身を隠すようにしながら、街の人通りの少ないところへ向かって走り去っていった。

 一体この男たちは何者なのだろうか。そして、お頭とは一体どんな人物なのか。

 しばらくすると、男たちは街の中から忽然と姿を消したのだった。

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