第2話 出会い
「君、大丈夫かい?」
男性は改めてモエに声を掛けてくる。
だが、先程までの恐怖のせいか、モエは声が出ずにただ震えていた。
そのモエに対して手を伸ばす男性だったが、どこからともなく声が聞こえてきた。
「イジス様! その者にそれ以上近付いてはなりません!」
その声は、男性の動きを制止するものだった。
「どうしてだ、ランス。どう見ても暴漢に襲われていた少女だぞ」
「その少女の頭をよく見て下さい、イジス様」
イジスと呼ばれた男性は、モエの頭をじっとよく見る。すると、そこには赤色の笠がかぶさっており、人間とは違う存在だという事を物語っていた。
「そこに居る少女はマイコニドです。それ以上近付いてはイジス様にどんな影響が出るか分かりません。離れて下さい!」
「いや、この子は大丈夫だ。私の勘がそう告げている」
ランスの声に抗うイジス。そして、モエにゆっくりと近付いていく。その差し伸べられた手に、思わず体を強張らせるモエ。先程の男どもの恐怖が残っているのだろう。
「驚いたな、本当に頭に笠をかぶっている。ところで、私が怖いかい?」
優しい笑顔をモエに向けるイジス。おそるおそるイジスの顔を見るモエ。
そのイジスの顔を見たモエは、先程まで震えていたのが嘘のように一瞬で落ち着いてしまった。マイコニドの勘なのかは分からないが、どうやらモエはそのように感じたらしい。
(何だろう……。この人、分からないけど安心できる)
自分でも分からないその感覚に、思わずきょとんとするモエ。そして、差し伸べられたイジスの手に、ついつい手を伸ばしてしまっていた。
手を取ってもらえた事にどこか安堵したイジス。
「は、はい。助けてくれて、ありがとうございます……」
モエはそのイジスに対してお礼を言っている。この姿に、ランスはとても驚いていた。マイコニドにそんな習慣があったのかというような表情である。
「君はマイコニドらしいね。それにしてはこの近距離に居て私に何の影響もない。その笠が本物か、疑わしく感じるね」
「えっ、こ、これは本物ですよ。私、人間の街に行きたくて集落から出てきたんですから!」
モエは頭の笠を押さえながら、イジスの疑念にまじめに答えている。
そのモエの発言を聞いて、イジスは何やら考え込むような素振りを見せる。
「ふむ……、人間の街に興味があるのか」
「まずい、イジス様の悪い癖が出そうだ……」
考え込むイジスの姿を見て、ランスが頭を抱えそうになっていた。
「おっと、逃げられると思いますか?」
「ぐっ!」
その隙を見て先程モエを襲った男どもが逃げ出そうとしていたが、あっけなくランスの手によって再び制圧されていた。
「イジス様、考えるのは後です。早くこいつらを警備兵に引き渡しましょう」
そう言っているランスの手が淡く光ると、そこから光の帯が伸びて男どもの手足をぐるぐるに縛り上げてしまった。
「うわぁ、魔法だ……」
モエは思わず声を漏らしてしまう。
「マイコニドは魔法が使えないかな?」
「はい、使えません。というよりも、使おうとした事もないので正確には分かりませんが……」
イジスの問い掛けに、モエの声がしどろもどろになりながら小さくなっていく。どうやら、正確には分からないようだった。
マイコニドの住む集落というのは、そのくらい閉鎖的な空間なのである。モエの見えないところでは使っていた可能性はあるが、少なくともモエは見た事がないのである。
モエの様子に少し考えたイジスだったが、結論が出たのか、パンと両手を打ってモエにこう言った。
「よし、私の家に来ないか? ここで会ったのも何かの縁だ。君はもう集落に戻るつもりはないのだろう?」
イジスの言葉に驚きながらも、問い掛けにはこくりと黙って頷いた。
「君の頭の笠を見て何か言う連中も居るだろうから、私のお付きの使用人という事で黙らせよう。なあ、ランス」
「もう勝手にして下さい。とにかく、この男どもを連れて街に戻りますよ」
イジスの好き勝手に、ランスは完全に興味を失っていた。
「近くに居るだろう兵士を呼んできますので、イジス様はしばらくそこでそうやっていて下さい」
ランスはそう言い残すと、男どもを引きずってその場から立ち去っていった。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね。私はイジス・ガーティス。この近くの街を治めるガーティス子爵の長男だ」
「わ、私はモエ。マイコニドのモエと言います」
堂々としたイジスの名乗りに、恥ずかしながらモエは答えている。
「そうか。モエ、うちに来るかい?」
「い、いいのですか?」
イジスの申し出を受けて、モエは目を輝かせていた。念願の外の世界での生活が始められるのである。絶望に打ちひしがれそうになっていただけに、この誘いにモエは大いに喜んだのだ。
「本当に君は不思議な子だね。マイコニドってその笠から胞子を振り撒くから近付くなと言われているのに、君はまったく平気だからね。きっと君ならうまく人間社会でもやっていけるだろうな」
喜びまくるモエを見ながらイジスがそんな感想を漏らしていたのだが、肝心のモエには全く聞こえていなかった。
「とりあえず、君のその姿じゃ寒いだろう。これでも羽織っておくといいよ」
イジスは上着を脱ぐと、それをモエに羽織らせた。そして、そのままランスたちが戻ってくるのを待ったのだった。
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