第3話 マイコニド、街にたどり着く

 森から出て、馬を駆って街へと急ぐイジスたち。モエは頭からイジスの上着をかぶり、イジスの後ろに座ってしっかりとしがみついていた。

 馬を走らせてどのくらい経った頃だろうか、ようやく馬の動きが遅くなる。

「ガーティス子爵が長男、イジス。ただいま戻った、門を開けてくれ」

 馬が止まったかと思うと、イジスが門に向かって叫ぶ。すると、ゆっくりと重たい音を立てながら門が開いていく。

「私は一足先に屋敷に戻る。ランスたちは男どもの身柄を自警団に引き渡せ」

「畏まりました。行くぞ!」

「はっ!」

 モエを襲った男どもと、回収した何かを持って、ランスたちは一足先に街の中へと入っていった。

「さあ、ここが君の望んだ外の世界だ。ここは我がガーティス家が治める街シュリクだ」

 イジスの声に、モエは恐る恐る顔を上げる。そして、見上げたモエの視界にはレンガ造りの塀が映った。

「ここが……外の世界……」

 マイコニドの集落ではまったく見た事のない物が目に入り、モエは驚いた表情のまま固まってしまっている。

「モエ、これから私の屋敷に向かうから、しっかり掴まっていてくれ」

「あっ! は、はい!」

 イジスに声を掛けられて、モエは我に返ってイジスにしがみつく。

 夜の街の中を疾走する馬の速さに、モエは怖くなって目をずっと閉じたままだった。


「さあ、着いたよ。もう目を開けて大丈夫だからね」

 目を閉じたまま震えていたモエだったが、イジスの声にようやく落ち着いて薄らと片目を開いていく。

 モエの開いた視界には、立派な門構えを持つ邸宅の姿が目に入る。

「うわあ、大きい。何これ?!」

 思わず大声で言ってしまうモエ。これにはイジスも苦笑いである。

「ここが私の家だよ。ガーティス子爵邸、私の父の持ち物だけどね」

「これが……お家!?」

 集落にあったマイコニドの家と見比べると、明らかにその規模が違い過ぎる。そのためにモエは完全に面食らってしまって、これ以降の言葉を失ってしまった。

 イジスはモエの反応をもう少し楽しもうかと思ったが、さすがに時間が時間なのでさっさと屋敷の中に入る事にしたのだった。その間、モエは半分気を失ったような状態だった。

 馬から降りて屋敷の玄関へと向かったイジスとモエ。屋敷に入るなり、イジスは大声で誰かを呼ぶ。

「エリィ、居るか?」

 この呼び掛けからしばらくすると、メイド服を着た女性が慌ただしく駆け寄ってきた。

「お帰りなさいませ、イジス様。何か御用でございますでしょうか」

 メイドはイジスに頭を下げながら挨拶をしている。

「うむ、この子をうちでメイドとして雇う事にした。私の専属として召し抱えたいから、しばらくはこの子の教育を頼みたい」

 イジスの突然の発言に、モエもエリィも驚いて言葉を失う。モエは単純に驚いただけだが、エリィの方は違った。

 なにせ見た事のない女性だ。頭の上がぽっこりと膨らんでいるのも気になる。エリィはその得体の知れない目の前の女性に、警戒感を露わにしていた。

「そこでだ、エリィ。ちょっといいか?」

「はい、イジス様」

 イジスはエリィに呼び掛けて、モエと一緒に適当な応接室へと入っていく。

「できればこれは外部には秘密にしてもらいたい事なんだ」

「承知致しました。私もガーティス子爵家に仕える身です。イジス様のご命令とあれば、お守り致します」

 真剣なイジスの表情に、エリィは引き締めた表情で答える。それを確認したイジスは、モエにかぶせていた上着を取り払う。

「あ……」

 突然の事に声を漏らすモエ。そのモエの頭上のものを見て、エリィは思わず口を押さえてしまう。

「ま、マイコニド?!」

 秘密と言われたのだから、驚きの声を漏らしつつも、必死にその声量を抑えるエリィである。

「そうだ。しかも、これだけ近くに居ても何も起こらない変わったマイコニドなんだ」

「イジス様。なぜマイコニドをここへお連れになったのですか?!」

 イジスの説明の最中だが、エリィは抑え切れずについイジスを問い質してしまう。本来なら処罰されそうなものだが、イジスは笑って済ませていた。

「彼女と会ったのはたまたまだったんだけどね、このモエが外の世界を見てみたいと言うから、その望みを叶えるために連れてきたんだよ。……はっきり言って私の気まぐれだね」

 笑ってばかりのイジスの姿にエリィは呆れていた。

「マイコニドはこの頭の笠が特徴なんですよ? このまま屋敷の中に置いておけるとお思いですか?」

 エリィは現実問題を突きつける。

「無茶振りなのは分かっている。だが、彼女には帰る場所はない可能性がある。だったら、うちで預かるしかないと思うんだよ」

 イジスの言葉に、エリィは思い切りため息を吐いている。後先考えないイジスの行動に呆れているようだった。

 そして、少し考えたものの、イジスの行動に反対できるわけもなく、結局それを受け入れる事にしたのだった。

「はあ、分かりましたよ。イジス様って幼い頃からそうでしたものね。私もほぼ同い年ですが、まったくその考える事が分かりません」

 文句を言いながらも、エリィはモエへと近付いていく。

「見たところ、私よりちょっと年下かなって感じですね。それでしたら服はございますし、頭の笠を隠す方法も思い当たるところがございますのでどうにかなると思います」

「そうか、さすが頼りになるな」

「お褒め頂きありがたく存じます。ですので、ここからは私にお任せ頂いて、イジス様は旦那様にご報告をしてきて下さいませ。まったくまた勝手な行動をされたようで、旦那様はお冠でございましたよ」

「ははは、仕方ないね。行ってくるから、モエの事は頼んだよ」

「お任せ下さいませ」

 イジスはモエをエリィに任せて、そのまま部屋を出ていった。

 応接室の中には、モエとエリィだけが取り残されたのだった。

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