悪戯

 若く美しい女にとって残酷な仕打ちだったろうイザリの先の態度に石化してしまったウルアに比し、ジラのほうはいたってアグレッシブだ。


「失礼な奴ね? 君は──。フッウウウウッ……」


 彼を恐怖させたヴァンパイアの吐息を、頬にキスする至近距離からこれ見よがしに吹きかける。


「フッウウウウウッ……。ハッアアアアアッ……。フフフッ、あなたもこうしちゃいなさいよ、ウルア──。ハッアアアアアアッ……」


 同性かつ同族の友人にそんな風に唆されても、ウルアの硬直はなお解けなかった。しかし当該行為の被害者といっていいイザリのほうは、やや嫋々と身を捩りながらも……。


 硬直したまま視線だけを落としたウルアが、

「アッ──」

 と短い声をあげる。


 だがその驚きは半ば予期されたもので、真の驚きではない。

 イザリの下半身はゴワゴワしたチュニックのうえから見ても明らかな盛りあがりを示しているのだが、むしろそれは当然のことで、ヴァンパイアの吐息にはチャームの魔力が秘められているのだ。


 もっともいま彼が感じている本能レベルの恐怖もまた、尋常なものでないはずだった。ドラキュラ・コンクエスト以前、主としてヒト女性に対しいわれていた〝心は拒んでも体のほうは……〟、といった状態よりさらに根源的な、どちらも存在論レベルのアンビバレンツな欲望に支配されているのである。ゆえに彼が、

「ウッ、アアッ……。やめてッ……。ジラあああッ……」

 などと妙に可愛い悲鳴をあげてしまったのも、無理からぬことなのだった。


 これで彼が公爵の寵童のごとき美少年というのなら話はまだしも〝あるある〟なのだが、残念なことに、そうではない。

 まず彼にはタッパがなかった。

 それは女子二人に挟まれ下宿への道を歩きだした際にもまったくサミット観を生じさせなかったほどなのだった。いや逆に、彼の右手を歩いていたジラ峰のほうが心持ち高かっただろうか?


 そして、マスクも……。

 いままさに雲が切れ、蒼白い月明かりが射す。結果のけ反り加減のその造作が露わになる。


 さして高くもないモンゴル風の鼻を少々たるみ加減の頬や顎が囲んでいる。

 眼も細くショボついたものなのだが、それらはいまや、罅が入ってしまった厚目の青方偏移レンズの奥でギョロギョロしている。


 はっきりいって、相当残念な奴なのである。


 とはいえ小太りの腹のしたでなおモッコリしている股間のモノは、なかなかの逸品といっていいモノのようだったが……。


 ジラによるヴァンパイアの吐息責めが続く。

「フッアアアアッ……。アハハッ、こんなになっちゃって……。痛いくらいでしょ? 血を吸われたら楽になるよ。なんなら直接、精を吸ってあげようか? そしたらヴァンパイアの咬み痕はつかない。君のヴァージニティは真っ白なままだよ……」


 ジラは上背もあり肉感的な割りに表情にやや子供っぽい一面がある。ウルアのブリュネットに比しプラチナブロンドのその髪もまた、ヴァンパイア特有の蒼味がかかったマスクを明るい色に変えている。しかしもしそうでなければ、これら一連の行為はやはり、露骨なセクハラだといえただろう。

 いや……。

 この世界は花火のような使い捨てランチャー以外碌に火器の発展を観ないプレ・モダンな世界なのだが、ドラキュラ・コンクエストの結果生じた種族際の法整備のため、ポスト・モダンな法制を有している。

 イザリがでるところにでて主張したなら、たとえば賢者の学院からの追放処分など、それなりの処分が下されることになるかもしれない。


 それを危惧してということでもないのだろうが、ウルアが、

「もうやめなよ、ジラ……」

 といい、再たび問題のジラの反対側からイザリに肩を貸すように動いた。

 ところがいま彼はヴァンパイアへの恐怖でいっぱいだ。思わず腕が拒絶を示す。

 またもウルアの顔がクシャッと哀し気にゆがんだ。


 だが今回は石化することなく、キュッと下唇を噛んだだけでその動作を完了する。


 ここも城市の郭内だというのに、月明かりに照らされた道は完全に田舎道だ。左右は牧場になっていて、左手のそこに三日ほど前から、商隊がテントを張っている。三日間、足どめだった。エルフたちの森の通り抜けがここのところ厳しくなっているのだ。


 イザリのズボンのなかのそれも硬くテントを張ってしまっていて、前屈みにならなければ歩くことができない。加えて足もとの道も暗い。女子二人に肩を貸り、ヨロヨロ歩きするという不面目な状態が続く。

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