第十五話 スライム!

「なんっだこれ」

 粘性のある、大きな水の塊のような物体を前に、ローザは驚きの声をあげる。

 道中、目的地へ向かう方向とは微妙にずれる位置に、二人は謎の物体があるのを目にした。

 短いやり取りの末、好奇心を抑えられずにそちらへと向かってみた二人は、そこでその物体が超巨大な水の塊のようなものであったことに気付いた。

 

「スライムだね」

「いやそんなことは分かっているが……ここまで大きい個体は初めて見たな」

 この塊の正体は、スライムと言う魔物だ。一般的なスライムのサイズは大人が抱えて持てる程度の大きさしかないが、二人の目の前にあるそれは、人間ひとりくらいならば容易に包み込める程に巨大で、見るものを圧倒する迫力があった。

 

「ここまで成長する個体がいるなんて、魔物っていうのは不思議だね~。わあ、ぷにぷにだ」

 巨大なスライムの表面をつつき、笑顔でその感触を楽しむレクシー。

「ローザも触ってみなよ、気持ちいいよ」

「え、えぇ……?」

 レクシーはぷにぷにとスライムを何度も指でつつく。すると、何度目かのタイミングで、突然つついていた場所に穴が開き、彼女の指をスライムが包み込んだ。


「わ、不思議な感触! 柔らかいのか硬いのか、言い表しようがないけど面白いなあ」

 人差し指を包み込む感覚に、レクシーは声を弾ませた。

「何だか……だんだん気になってきたな……」

 だんだんとレクシーの反応に興味を惹かれ、ローザもおそるおそる指をスライムに近づける。

「あれっ、抜けない……」

 が、すんでのところでそんな声が聞こえて、即座に手をひっこめた。

 そして――。

 

「あははっ、この子結構力が強いみた――ごぼぼぼぼぼぼっぼぼぼぼぼっ!?」

「レクシーーーーーーッ!?」

 そして、レクシーはものすごいスピードでスライムの内部に引き込まれた。満面の笑みをローザに向けたまま、表情を変える暇すらなく。

 笑顔のまま猛スピードで引きずり込まれていくそれは、大変シュールな光景であった。

 

 今、彼女は上半身が巨大スライムに突き刺さっている状態だ。薄い青色の透明なスライムの中、レクシーがじたばたともがくのが見える。

「まっ、待っていろ、今抜いてやるからな!」

 ローザはがしっと彼女の腰を掴んでスライムから引き抜こうとする。

 

 うんとこしょ、どっこいしょ。それでもレクシーは抜けません。

「力強っ! くっそ、スライムのくせに……!」

 魔力で腕に身体強化を施して、レクシーを引き抜こうとする。

「んむー! むーっ!!(痛い痛い! 千切れる! 千切れるって!)」

「ああ分かってる、苦しいよな。今助けてやるからな!」

「むーーーっ! (いたたたたたたっ!)」

「くっ、本当に力が強いなこいつ! こんな時、あの怪力女でもいてくれたらいいのに!」

 スライムから刺さっている人間を力ずくで引っこ抜こうとするローザ、傍から見ればなんとばかばかしい絵面なのだろう。

 

「くうぅっ……はあぁーっ!!」

 あまりにもスライムがレクシーを掴んで離さないものだから、ローザはついに全力で彼女の身体を引っ張ることにした。叫び声と一緒に、一層強くレクシーの身体をローザは引っ張る。

 すると、レクシーの上半身は勢いよく巨大スライムから抜け……

「あっ」

 勢い余って空中に放り出された。

 すぽーんと、綺麗な放物線を描いて。

 「ぎゃっ!?」

 レクシーは地面にべしゃりと落下する。

 

「う、うぅ……。酷い目に遭った」

「無事かレクシー! って、おおう……」

 ところどころスライムの付着した身体で涙目になりながら言う彼女の姿は、何とも言えない色気を纏っていた。

 ローザは何かいけないものを目にしているような気持ちになって思わず目を逸らす。

「結構魔力も吸われたぞ! まったくなんでスライムだ!」

 乱れた身だしなみを整えたレクシーが立ち上がってスライムを見る。

 そこには異様な光景が広がっていた。

 スライムがその体の一部を伸ばして、人間の腕のような形に変形させ、二人の方へ伸ばしてきていたのだ。

 

「わっ!?」

 慌てて二人は後ろへ下がってそれを避ける。

 するとスライムは距離を詰めようとして。人間のような腕を伸ばして。

 通常、スライムの移動手段は跳ねるような移動手段しか持たない。脚がないからだ。

 だがこのスライムはいくつもの腕で立ち上がることで、新たな移動手段を獲得した。

 

「ぎゃーっ! 気持ち悪っ!!」

 6本の腕を生やし、それらを忙しなく動かすことでスライムらしからぬ速度で迫ってくるその姿に、ローザは悲鳴を上げる。

 咄嗟にゲートから槍を出して構え、そして伸ばされた腕を払うようにそれを振った。スライムで出来た腕は、いとも簡単に切断される。

 

「ハッ、だが所詮はスライムだな」

 どれだけ嫌悪感のある動きをしていようと、相手はスライムだと調子づき、ローザは跳躍し、スライムの体めがけて魔力を纏わせて槍を勢いよく振る。

 巨大なスライムは一撃で縦に真っ二つ。着地したローザは得意げにレクシーへと振り返った。

「フッ、どうだレクシー。中々の一撃だっただろう?」

 だが視線の先にいるレクシーは、何故だか青ざめた顔をしていた。


「ローザ! 危ない!!」

「えっ? ごぼぼぼぼっぼぼごぼっ!?」

「ローザーーーーーッ!?」

 レクシーが叫ぶ。

 何が起こったのか説明しよう。

 スライムは元々、体の一部が少しちぎれた程度ならば死なない魔物である。だが並のスライムは、体が半分に切断されればさすがに死ぬ。

 だからローザはこの巨大スライムも半分に割れば終わりだろうと思っていた。

 だが、今しがたローザにより真っ二つにされたスライムは、それでも尚、生命活動を停止しなかった。

 凄まじい生命力である。

 そして二つに分割されたスライムAとスライムBはひとつの形に戻ろうとし……。

 間に立っていたローザを巻き込んでひとつに戻ってしまった。


 スライムの中で、ローザは苦しそうにもがいている。

(苦しい……そしてとんでもない勢いで魔力を吸われている……! さっさと脱出しなければ!)

「いっ、いま助け――わっ!?」

 レクシーがどうにか助けようとスライムに近付いた瞬間、スライムが赤光を放って爆散する。

 その勢いにレクシーは尻もちを着いた。

 早急に脱出しなければならないと判断したローザが、全身から魔力を放出したのである。

 

「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」

 肩で息をするローザの魔力は、スライムに吸われた分と、調整もせず強引に魔力を放出した分でもうほとんど残っていない。

 だが内側から爆散し、スライムも四方八方に飛び散った。もう生きていないだろう。

 ローザもレクシーも、この瞬間はそう思っていた。


「おい、嘘だろ……」

 周囲に飛び散ったスライムが動き出したのを見て、ローザは呟いた。

 生きている。

 内側から爆散し、体が四方八方に飛び散って尚、このスライムは生きている。

 

「不死身か?」

「いや、動いてないのもいる。単純にもっと小さくしないと死なないんだ。多分、普通のスライムが死ぬくらいの大きさにまでしないといけないんだと思う」

「なんて生命力だよ……」


 辺りで蠢くスライムを見渡し、そんなことを口にするローザ。

「でも小さくなってる今がチャンスだ、今のうちに全部片付けよう」

「そうだな」

 二人はスライムの欠片たちへ向かって走り出す。それに対し、スライムたちは二人から逃げようとして身体を変形させる。

 

 二人は目にした。スライムたちから脚が生えてきたのを。

 先刻のようにいくつもの腕が生えてきたのではない、脚だ。スライムから人間の脚が生えている。

 そして人間の脚が生えたスライムは走りながら、まだ体を変形させていく。

 そのまま人間の上半身を形成し……、やがて完成したのは五歳ほどの少女の姿であった。

 

 その数、総勢八人。全て同じ見た目である。

「えっ?」

 目の前に現れた少女の姿をしたスライムを見て、明らかに動揺した様子を見せたローザが呟いた。

「……私?」

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