第十三話 騒動を終えて

 ジュエラの引き起こしたレーダック襲撃事件が収束してから二日が経過した。

 ただの少女として街の住人や旅人とよく交流していたジュエラの正体にショックを受けた人間は多い。

 中でも最も悲しんでいたのは蜻蛉亭とんぼていの経営者、マーサであった。

 自分が安否を心配していた従業員の少女がこの騒動を引き起こした張本人であり、その上その知らせを受けた頃にはジュエラはもうこの世にはいないのだ。そのショックは計り知れない。

 

 だが彼女は事件後、丸一日休んでからは元気な姿を見せていた。

 完全に立ち直ったというわけでは無いが、住むところを失った人のためにも無理をしない程度に元気な姿を見せて勇気づけたいのだと、心配する周りの人間に彼女はそう言って笑顔を見せた。

 魔人により決して小さくは無い被害を受けたレーダックだが、彼女のような人間がいる限り、この街はやがてまた元の形に戻るだろう。





  

 さて、剣を受け取るだけのつもりが、想定していたよりも長く滞在することになったレクシー。彼女もそろそろ街を出る頃だろうと、次の行き先をどこにしようか迷っていた。

 なので、彼女は参考までにローザへ次の行き先を聞いてみることにした。

 

 ローザの宿泊している304号室に入れてもらい、レクシーは質問した。すると彼女は行き先が決まっていたらしく、すぐに答えが返ってきた。

「ああ、次はウォードに向かうつもりだ」

「ウォードかぁ、国内でもそんなに話題にならない場所だよね」

 あまり目立たない場所だとレクシーは言う。

 だが直後、何かを思い出そうとしているような顔でこめかみに指を当てた。

「あー、いやでもちょっと前に名前を聞いたような気がするな……なんだったか……」


 ウォードは目立たない街ではあるはずだ。だが何かで最近少し話題になり、名を聞いた気がすると言うレクシー。

 どうにも思い出せないようで、彼女はむず痒い気持ちになるが、その疑問はすぐさまローザの言葉により解消された。

「ま、多分『死神』の話だろう」

「ああ、そうかそれだ……」

 思い出した、と一言。そして彼女は苦い顔をして、

「良い方向で話題になったわけじゃなかったか……」

と言った。

 

『死神』とは、この国で現在起きたとある大事件の犯人を指す呼び名である。

 その大事件とは『フロル伯爵家殺人事件』と呼ばれる殺人事件。二年前に起きた、フロル伯爵家の屋敷に住む人間が皆殺しにされた凄惨な事件だ。

 犯人はまだ特定されておらず、この事件を皮切りに国内各所で一家殺人事件が何度も起きている。

 人はこれを同一人物による犯行と考え、正体不明の犯人に『死神』という呼称をつけた。

 やがて、それ以降同一犯によるものと思われる殺人事件が起こると、と言われるようになった。

 

 ウォードはまさに、今から約一ヶ月前に死神が出た場所であった。それでレクシーにも聞き覚えがあったのだ。

「で、その街にキミは何をしに行くんだい? もしかしてボクの知らない観光名所があったりするのかな?」

「いや、情報集めだ」

「情報集め? もしかして――」

「ああ、『死神』のだ」

 冷たい声色で言うローザには、何か底知れぬ黒い感情が渦巻いているように見えた。


「キミは、『死神』を追っているのかい?」

「そうだ」

「……どうして?」

 短く答えるローザの表情から、執着に似たようなものをレクシーは感じた。それが何故だか気になって、レクシーは質問を続けると、ローザは、

「あまり人の事情を詮索するものではないぞ」

 と言った。

「……すまない」 

 数秒の沈黙。その後にローザは口を開いた。

「親友を殺されたんだ」

 

「親友の名はロベリア=フロル。フロル伯爵家の次女だ」

 ローザは震える拳を握りしめた。

「私は『死神』を――ロベリアを殺した犯人を許さない。だから私は『死神』の正体を掴む。掴んで、この手で殺してやる」

 激しい怒りと憎悪に満ちた紅い瞳は、まるで炎のようであった。

「復讐、か……」

「ああ、愚かな行為だと笑うといい」

 自嘲的に笑う。だがレクシーは彼女に、予想していたものとは異なる言葉をかけた。

「笑わないよ。むしろ手伝わせてくれ」

 

「――は?」

 思わず間抜けな声を上げる。今まで、この復讐心に対して否定か適当な同情かしかされてこなかったローザにとって、レクシーの反応は予想外もいいところであった。

「何を言っているんだ、お前」

「何って言葉のままさ、ボクにその復讐を手伝わせて欲しいんだよ」

「ふざけているのか!!」

 ローザは声を荒げた。

 この復讐は心からの怒りと憎悪より湧き出る意志によって行うものだ。それを手伝うなどと軽い気持ちで言われることは、彼女にとって我慢ならないことであった。

「いや、本気さ」

 ローザとは対照的に、レクシーは至極冷静に返した。

 

「殺したいんだろう? 親友を殺した奴の正体を掴んで、他の誰でもない自分の手で引き裂きたくて堪らないんだろう?」

 レクシーはローザの目を見つめながら、にやりと笑みを浮かべる。

「怒りのままに殺すといい、ボクはその手伝いをしたいんだ。仮にその正体が人間であろうと、心を痛めることはない。何せ相手は『死神』とまで呼ばれるような殺人鬼だ。人の心なんて持ち合わせてはいない」

 レクシーの青い瞳は深い水底のように、その奥に闇をたたえていた。

 

「お前……」

 ローザは気圧され、レクシーに一瞬恐怖すら抱いた。その分、彼女が本気で「復讐を手伝いたい」と言っている事は十分に伝わった。

 ローザは深く息を吐いて、観念したように言った。

「分かった分かった……そこまで言うなら着いてこい」

「本当? やったあ! ありがとう!」

 同行を許可すると、レクシーの表情はパッと華やいだ。その別人のような変わりように、さっきまでの彼女は本当にレクシーだったのかとローザは疑った。


 その後、二人は話し合って出発の日時を明後日と決め、レクシーは鼻歌を歌いながら304号室を去ってゆく。

「待て」

 彼女が扉を開けようとする寸前に、聞きたいことがあると声をかけた。

「なんだい?」

 レクシーは上機嫌に振り返る。ローザは数秒黙ってから言った。

「お前が旅をする理由は一体なんだ?」 

 彼女の問いに、二、三度瞬きをして、レクシーはからからと笑った。

「なんだ、そんなことか」

 レクシーは返す。簡単なことだよ、と前置きしてから。

「そりゃあ、人助けさ」

 その答えは、ただローザを困惑させただけだった。

 

「復讐の手伝いがか?」

「キミを手伝うんだから人助けじゃないか」

 当たり前のことだろうという態度のレクシー。

「ボクはただ、人を助けるのが好きなだけさ」

 これだけ言い残してレクシーは「それじゃあねー!」と304号室を去っていってしまった。

 薔薇の魔女は部屋の中でただ一人、「なんなんだあいつ……」とこぼすのだった。

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