第十二話 ミスリラ

 レクシーがジュエラと戦闘を開始した時とほぼ同時刻の事。

 ローザ側もまた、戦いが始まろうとしていた。

 眼前に居るのは上級ゴーレム。ローザを前に、それはお辞儀をして口を開く。

「はじめまして、私はミスリラ。ジュエラ様により作り出されたゴーレムであり」

 ミスリラは顔を上げ、鋭い目つきでローザを睨む。

「そして、貴女を殺す者です」

「ふん、面白い。やってみろ」

 ミスリラの宣戦布告に、ローザは口端をつり上げ、槍を構える。

 対するミスリラも拳を構え、数秒間睨み合う。


 先に動き出したのはミスリラだ。ローザは彼女の放ったパンチを槍で受け止める。

「重いな!」

「ええ、ゴーレムですから」

 受け止めた攻撃の重さにローザは驚嘆する。ミスリラはその膂力でもってローザをじりじりと押し、空いている左腕で下から槍を弾き、右腕で追撃する。

 

 後方へよろめくローザにさらに距離を積めようとミスリラが近寄った。

 ローザは牽制として槍を薙ぐ。

 が、ミスリラはそれを受け止め、更には槍をローザの手から奪い取ってしまった。

 「なっ!?」 

 今度は槍を持ったミスリラがローザへ向けて槍を薙ぐ。

 後方に跳んで距離をとることでローザはこれを回避。ミスリラがそれを追いかけて槍で突くのを、ローザは横に転がって躱した。

 

 ミスリラの攻撃はまだ止まらない。彼女は続いて、大振りに上から下へと振り下ろそうと構えた。

 咄嗟にローザはミスリラを見る。そして彼女の手元に狙いをつけ、フラワー・バレットを連続で放った。

 一発の威力は低いが操作性を重視した魔力の弾が、槍を持つミスリラの手へ吸い込まれるような正確さで着弾。槍は空中に放り出され、これを好機と見たローザは跳躍し、右足に魔力を集中させてミスリラの胴を蹴った。

 ローザの魔力が赤き光を迸らせ、蹴りの威力でミスリラの身体は後ろへと押される。


「なかなかの威力ですね」

「……厄介だな」

 低級ゴーレムならば一撃で粉砕するほどの威力を持つ蹴りであるが、それを受けてなお倒れぬミスリラの硬さ、そして重さにローザは舌打ちをした。

「それは私の台詞でもありますね。貴女がここまでやれるとは思っていませんでした」

「ハッ、『薔薇の魔女』を舐めてもらっては困る」

 言いながら、ミスリラに近づいてパンチを繰り出す。ミスリラがそれに拳を合わせて迎え撃つ。

 力での勝負はやはりミスリラの方が一歩上を行くようだ。ローザは押し返され、脇腹に蹴りを入れられて吹っ飛んだ。

 

「防御されましたか。魔女と言われるだけあって、魔法の扱いには長けているようですね」

 地面を勢いよく転がるローザだが、咄嗟に防御魔法を展開することで蹴りのダメージを軽減することは出来ていた。彼女はすぐさま起き上がりミスリラへと向かっていく。

 それに合わせるように拳を放つミスリラ。やはりローザが押し負ける。

「くっそ……! これだから徒手空拳で強い奴は面倒なんだよ!」

 距離を取りながら、ローザは脳裏に誰かの姿を思い浮かべた。

「だがまあ、こいつの方がよりはマシだな」

 にやりと笑って、またしてもミスリラの方へと跳びだす。


 「何度やっても同じことです」

 ミスリラは先ほどと同じように、拳を構えて迎撃の準備をする。

 だがローザの狙いは攻撃ではなかった。彼女は跳躍し、ミスリラの突き出した腕をとんと踏み台にしてその後方へと回り、そしてそこに落ちていた自分の槍を拾い上げる。

 咄嗟に後方を向くミスリラに、ローザは槍を投げた。

 「“ローズ・ソーン”!」

 腕を十字に組んでミスリラは防御態勢をとり、そしてグルガロンを貫いたあの一撃を……ミスリラは弾き返した。

 なんという防御力であろうか、槍を受けた腕には傷こそついたが、その防御力は感嘆に値するものである。


 しかしその程度の事ならばローザは想定済みであった。彼女は瞬時に跳躍し、空中に放り出された槍を掴んで再度ミスリラへ向かって投げる。

「おかわりだっ!」

 だがミスリラはそれを躱す。一直線に飛ぶ槍は地面に勢いよく突き刺さった。

 

 その槍を地面から抜こうとするミスリラに、ローザは着地してすぐさま蹴りを放つ。

「やらせん!」

 一撃によってミスリラはよろめき、ローザは突き刺さった槍を地面から引き抜く。「二度は奪わせんぞ」と、ミスリラを見る彼女の表情はそう語っていた。

 

 激しい攻撃の応酬が続く。拳と槍がぶつかり合う度に火花と赤光が散り、両者一歩も譲らない。

 だが、何事にも終わりはあるものだ。その時は突然やってきた。

「はあっ!!」

 一進一退の攻防の最中さなか、ローザによる槍での鋭い一撃が、腕を十字に組んだミスリラのガードを多少崩してよろけさせた。

 

 それは小さな変化だ。ガードが少し崩されるなど、そもそもが鉄壁の身体である彼女からすればほんの少しの変化に過ぎない。

 されど、ローザからしてみれば絶好のチャンスであった。彼女はそれを見逃さなかった。

 

 すかさず彼女は左の人差し指を、ミスリラの緩んだ腕のガードへ向ける。指先に強い魔力が集中し、そこに薔薇の魔法陣が浮かび上がった。

「“ローズ・バレット”!」

 それは、フラワー・バレットを強化した魔法。フラワー・バレットのように同時に数発撃ち込むような芸当は不可能だが、その代わりに高い威力を誇り、相手を撃ち抜く。 

「くっ……!」

 薔薇の弾丸は狙い通りミスリラの腕に当たり、その防御を完全に崩す。

 ローザの目の前で、ミスリラはがら空きの身体を晒した。

 

 相手が大きな隙を作ったのであれば、ローザがやることはグルガロンの時と同じだ。彼女は右腕に力を込めて、思い切りミスリラの胸めがけて槍を投げた。

 

「“ローズ・ソーン”!」

 赤い光が煌めいて、槍は流星の如く宙を駆ける。

「ぐっ……!」

 槍はミスリラの胸に届き、稲妻のような赤光を迸らせてその装甲を貫かんとする。

 先刻ミスリラへ向けて二度投げた槍よりも速く、鋭い投擲。

 しかし貫くにはまだ威力が足りない。もう一手、この上級ゴーレムを倒すにはもう一手必要だ。


「まだ……です……! この攻撃では私の身体は、貫けませんよ……!」

「ああ、そんなことは分かっている」

 ローザは冷静にそう言って、槍を身体で受け止めるミスリラへと近寄り、右手に魔力を集中させる。

「“ローズ・インパクト”!!」

 魔力を込めた掌底が槍を強引に押す。

 槍はまるで杭のように、ミスリラの胸へと撃ち込まれた。

 

 上級ゴーレムにはコアがある。コアは魔力を効率よく循環させる関係上、人間の心臓に位置する場所――すなわち胸部へ埋め込むのが常識だ。そして上級ゴーレムは新たなコアを埋め込まれない限り、コアを破壊されてしまえばおしまいである。

 

 今、ローザはミスリラの胸部を槍で貫き、ミスリラのコアを破壊した。

 この戦い、ローザの勝利である。


「まったく、槍を新調してすぐにこんな硬い奴と戦うことになるとは……」

 ローザはため息をついて、ミスリラから槍を引き抜き、槍の様子を確かめる。

「だが、さすがはファイスの特注品、いい仕事をする。高い金を払った甲斐があったというものだな」

 傷ひとつついていないその槍を見て、彼女は笑みを浮かべた。

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