第十一話 ゴーレム使いの魔人
「まさかキミが魔人だったとはね、なるほど、ボクたち……いや、この街の人間は全員、最初からキミに騙されていたわけだ」
ジュエラと対峙するレクシー。その表情はしてやられた、というものだった。
「ショックだよ。キミは母親の病気を治すために働いてお金を稼いでいる少女だとばかり思っていたからね」
「ふふっ、騙していてごめんなさい」
ジュエラは柔らかな笑みを浮かべて言った。言葉では謝っていても、その声色は明るいもので、全く自分の行いを悪いとは思っていないようだ。
「街の情報を集めた限り、今現在この街に居る異名持ちの人間は『蝶の剣士』と『薔薇の魔女』の二人だけ。この街では滅多に訪れない絶好のタイミングでしたので、ええ、元々はゴーレムの素材を集めるために潜伏していただけだったのですが、予定を変更し、少々お二人の善意を利用させていただきました」
にこにことしながら、彼女は続けて語る。
「母が病気なのだと偽り、依頼を受けてもらうことで異名持ちを街から離し、その間にここを制圧してしまうつもりだったのですが……まさかその日のうちに戻ってきてしまうとは。家の外からレクシーさんの声がしたときは驚きましたよ。さすがは異名持ち、想像を超えてきますね」
「……それは褒められているってことでいいのかな?」
「ふふっ、そういうところ、嫌いじゃないですよ」
そこまで言って、ジュエラは突然笑顔から真剣な表情に切り替わった。
「まあそれはそれとして、あなたのことは殺しますが」
「おー、怖。そういう切り替えの早さが魔人の怖いところだよね」
わざとらしく身を縮めるような動作をしながらレクシーは言う。
その瞬間、レクシーへとジュエラが剣で斬りかかった。
「はっ!」
掛け声とともに、レクシーは剣を弾く。流れるように動作を攻撃に転換。
月明りに照らされて輝く剣が、銀の軌跡を描いてジュエラの首を狙う。
が、ジュエラもそう簡単に攻撃を食らってはくれない。レクシーの一撃は躱され、銀の刃は空を切った。
「いきなり首を狙うなんて殺意が強いですね」
「当然」
レクシーは淡々と答える。
「
「私からしてみれば、魔人よりもよっぽどあなたの方が怖いですよ」
言葉を交わしながら、互いの剣がぶつかり合った。
二度、三度、剣がぶつかり合う度レクシーの剣は勢いを増していく。それはまさに燃え盛る烈火の如く。
だがその代わり、彼女の剣技からは次第に美しさが欠けていく。
要は、力強くなっていく分コントロールがブレていた。
それは紛うことなき怒りによるものだ。街を襲わせた魔人に対する強い怒りが、次第に剣を握る彼女の手に力を込めさせていた。
対するジュエラは、慢心が故にその剣を全て剣で受け止めていた。
そうした攻防を繰り返していると、やがて一際強い一撃がジュエラの剣を弾き飛ばし、ジュエラはレクシーの前にがら空きの身体を晒した。
チャンスとばかりに踏み込み、レクシーは力を込めて剣を振り下ろす。
すんでのところで数歩下がったジュエラの胴を剣先が掠め、血が数滴こぼれ落ちた。
追撃。レクシーは更に前進して確実に仕留める距離まで近付き、一撃を加えようとする。
「くっ……!」
咄嗟に左手から衝撃波を放って牽制し、ジュエラは立て直した。
数秒の睨み合いの後、次はジュエラが仕掛けた。向かってくる相手を前にレクシーは迎撃の体制に入る。
ジュエラの攻撃を受け止め、二人は鍔迫り合いの形になった。
その時、ジュエラは悪魔のような笑みを浮かべ、
「来なさい!」
と叫んだ。
その言葉の意味をレクシーは一瞬考える。
明らかに自分に向けられたものでは無い。
では、誰に言っている?
「っ!」
はっとする。気付けば右から一体、左から二体の低級ゴーレムが襲いかかってきていた。
ゴーレムは予め何をするか簡単な命令を設定しておくことで、遠く離れていてもその通りに役割を実行することが出来る。
ジュエラは街のゴーレムに、近くに人や物があればそれらを無差別に破壊するよう予め設定していた。
レクシーが今まで倒してきたゴーレムはそうだった。
だが命令を下すことの出来る存在がゴーレムの近くにいる時は、今までの低級ゴーレムとは違い、術者が意のままに命令を下し、操ることが出来る。
その分そちらに意識を割く必要はあるが、複雑な動きをさせない限り少しの命令追加ないしは書き換えくらいならばどうということは無い。
故にジュエラは命令する。無慈悲に、冷徹に、物言わぬ従僕に言い放つ。
「
瞬間、閃光が走った。
轟音と共に三体のゴーレムは、主人を巻き込みながら爆発した。
「げほっ……」
咳き込みながらジュエラは起き上がる。
勢いで吹き飛ばされはしたが、その身体に外傷は無い。彼女は最初から、対象をゴーレムによる爆発に限定する代わりに凄まじい強度を誇る防御魔法を、自信に付与していた。それが魔人ジュエラの戦い方なのだ。
周囲を見渡す。爆発により粉々になり巻き上げ られた瓦礫やらゴーレムの破片やら砂煙やらでよく見えない。
目を凝らして注意深く観察するとやがて、そこにはどうやらレクシーの姿は無いようだと気付いた。
「何処に……?」
爆発で跡形もなく消し飛んだか? いや、ゴーレム三体分の爆発ならば死体くらいは残る筈だ。
経験から、何かがおかしいことに気付く。
その思考に至った瞬間の事だった。
「ーーえ?」
熱いような、冷たいような感覚。それがジュエラを襲った。
視線を下げるとそこには剣があった。レクシーがファイスから受け取った、オーダーメイド品の銀色の剣。血に濡れてなお輝くそれが、彼女の胸から突き出ていた。
「“蝶門の一針”」
背後から、レクシーがジュエラの心臓を貫いた剣を引き抜く。
ジュエラの身体は糸の切れた操り人形のように、その場で力無く倒れ込んだ。
地面に血溜まりをつくるジュエラの身体を見下ろすレクシーの身体に、外傷はなかった。
あのゴーレムの爆発を彼女はどのようにして回避したのか。
その答えは、日中グルガロンを相手に使用した彼女の技“
雷の魔力を纏い、身体強化との合わせ技で強制的に加速するこの技を全身で発動した彼女は、ゴーレムの爆発を高速移動で回避。ジュエラの視界から外れ、背中から刺したのである。
かくして、ゴーレムを再生させていた術者は死んだ。この先低級ゴーレムが復活することは無いだろう。
レクシーは踵を返し、低級ゴーレムの残党の掃除に赴こうとして一歩目を踏み出した瞬間、思うように力が入らず躓きそうになった。
「……さすがに、きつかったか」
それはかなり強引な方法で超加速した反動。“雷蝶”の発動はその速さの分、身体に相応の負担がかかるのだ。
「あ
今回のような規模で発動した場合は、レクシーの全身を強烈な疲労感と痛みが襲う。
要は筋肉痛である。
筋肉痛、と聞けば大したことも無いように思えるかもしれないが、程度としてはかなり重い。
彼女は足をがくがくとさせながら、みっともなくよたよた歩くことを強いられる。
魔人を倒した直後にしてはなんとも締まらない光景であった。
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