第十話 捜索

 街の人々を逃がしながら、ゴーレムを破壊し、二人は術者を探す。

 だが探すと言っても、手掛かりは街のどこかにいる可能性が高いというものだけで、具体的にどういった特徴があるかというのは分からない。術者探しは最早ノーヒントに近かった。

 ローザ曰く、魔法を発動させる際の魔力の流れが巧妙に隠されており、掴むのが難しいという。

 そのため、大本を叩くと意気込んだはいいものの、事態は全く進展しておらず、辺りはもうすっかりと暗くなっていた。


「みつ! から! ない! あー、イライラする!!」

「お前、そんなキャラだったか……? まあともあれ、それには同感だな」

 少しオリヴィアが出ているレクシーに、ローザが少々困惑しながら言う。

 そんな時である、襲い掛かるゴーレムから逃げながら、辺りを見回して何かを探しているような茶髪の女性が、レクシーの視界の端に映った。

 彼女はその女性の姿に見覚えがあった。何故ならばその女性は、彼女の宿泊している宿ーー蜻蛉亭とんぼていのマーサであったからだ。


「マーサさん! 危ないですよ!」

 慌ててレクシーはマーサに駆け寄る。するとマーサは酷く狼狽ろうばいした様子でレクシーに言った。

「レクシーさん! 頼みがあるの! あの子を、ジュエラちゃんを探して!」

「なっ!?」

 その名を聞いて、レクシーは目を見開いた。


 ジュエラ。それは、レクシーとローザの二人にルナール草を採ってきてほしいと依頼した少女の名であった。

「ああどうしよう、きっとあの子、お母さんが心配で家に向かったんのよ……!」

 余程心配なのだろう、マーサは普段の客に対する口調も崩れ、胸をおさえて今にも泣きだしそうな表情をしていた。


「マーサさん、落ち着いて。まずは深呼吸をして」

 穏やかな声色で、レクシーは声をかける。

「ジュエラちゃんの家はどこにあるか分かるかい?」

「ええ、ここからずーっとあっちにまっすぐ行ったところにある、赤い屋根の家よ」

「分かった。ジュエラちゃんはボクに任せて」

 周りの戦える者にマーサを避難させるよう頼み、ジュエラの家に向かおうとした時、ローザがレクシーへと言った。

「私も行こう」

「……分かった。この先の赤い屋根の家だ、急ごう!」

 かくして二人は、ジュエラを探しに、彼女の家へと向かうのだった。




「ーーここかな」

「よし、入るぞ」

 ジュエラの家らしきものを見つけた二人は、家に入るため扉を開けようする。だがその扉は動かなかった。どうやら、鍵がかかっているようである。

 レクシーは扉をノックして、声を張り上げて中に呼びかけた。

「ジュエラちゃん、いるかい!? レクシーだ! 助けに来たよ!」

「レ、レクシーさん……!? い、今開けます!」

 内側から返ってきたのは、驚いたようなジュエラの声。少しすると、ドタドタと聞こえた後、扉の方からガチャリと音がした。鍵が開いたようである。

 レクシーが扉を開け、二人はジュエラの家の中に入った。


「レクシーさんにローザさん、森に行ってたんじゃ……」

「その用事なら既に済ませた。ルナール草は手に入ったよ、これでキミのお母さんの病気も治せる」

「えっ、も、もう!? あ、ありがとうございますっ!」

 ジュエラは驚きつつ、深々と頭を下げた。レクシーはにこりとジュエラに笑いかける。

「これくらいどうって事ないさ。さあ、避難しよう。まずはお母さんのところに案内してくれるかな?」

「は、はいっ、こっちです」

 言われるがまま、ジュエラは二人を母親のもとへ案内する。


 家の奥へと進んでいくジュエラの後に二人がついていくと、辿り着いたのは小さな一室。

 そこにはベッドに横たわり、首のあたりまで毛布のかかった、色の白い女性の姿があった。

「ここが、母の寝室です」

 部屋の入口付近にジュエラが立って言う。レクシーとローザの二人はベッドの横まで行って、横たわる女性の顔を見た。

 なるほど、確かにこの女性は難病のようである。女性の顔は、まるで血が通っていないかのように白く、二人はその顔から、人間にある温かみのようなものを感じなかった。


「母親は私が運ぼう」

 ローザがそう言って、その色白の女性の身体に触れーー。

「レクシー!」

 女性の身体に触れたローザが、レクシーの名を短く呼んで振り返った。

!」

 その言葉を行った頃には、部屋の入口に居たジュエラはレクシーに向かって飛びかかっていた。ジュエラの手にはいつの間にか、剣が握られていた。


 ジュエラの行動と同時に、ジュエラの母親もまた、突如として起き上がりローザに襲い掛かかる。

 咄嗟にレクシーが剣を抜き、ジュエラの振り下ろした剣を受け止め、ローザは槍で母親が振り抜いた腕を受け止める。

「あーあ、不意打ちで殺せなかったですね、残念」

 なんでもないことのようにジュエラが言った。


「キミがゴーレムを使って街を襲わせたのか!? 一体どうして……!?」

 レクシーが悲しい顔をしてジュエラに問う。

「どうしてって、それはーー」

 ジュエラが悪辣な笑みを浮かべるその額に、突如二本の角が現れる。

 その姿を見て、レクシーは息を呑んだ。

「私が魔人だからですよ」

 ジュエラはそう言って、剣から魔法による衝撃波を放ち、レクシーを吹き飛ばした。


「レクシー!」

「よそ見をしている暇があるのですか?」

 吹き飛ばされ、家の壁を壊して外に放り出されたレクシーに注意を取られ、ローザの力が弱まった瞬間、ジュエラの母親がローザの槍を弾き、がら空きになった腹に蹴りを叩き込んだ。

「がはっ……!」

 同じく、ローザの身体も吹き飛ぶ。レクシーとは反対の方向の壁を破り、彼女も外に出された。


「ゲホッ……強烈なのを……貰ったな……!」

 ローザが、起き上がりながらそう呟く。

 見据えた先にいるのは、ジュエラの母親。

ーー否、

「随分と強い力だ。とても病に侵されていたとは思えんな。ーーいや、だがそれも当然か」

 ローザは槍を肩にかけ、挑発的に笑う。

 その身体に触れた時、彼女はジュエラの母親だという女の真の正体に気付いた。そして正体に気付いたからこそ、ジュエラがであることも察したのだ。

「病気だという話も、母親だという話も全部嘘だからな。そうだろう? 上級ゴーレム」

 上級ゴーレム、ローザははっきりとそう口にした。


「やはり、私に触れたあの時に気付いたのですね」

 色白の女性は、感情のない声で言う。

 そう、この色白の女性はジュエラの母親にあらず。ジュエラの造った上級ゴーレムだ。

 魔人と上級ゴーレム。それが宿屋で働く赤髪の少女ジュエラと、病気の母親の真の正体であった。

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