第八話 狂獣との戦い

 暴風のように駆けるグルガロンは、ローザめがけて一直線。怒りに任せ、その前脚でもって相手を踏み潰さんとする。

 その瞬間のことであった。

「ーー!?」

 ゾクリ。

 ローザへ前脚を振り下ろす寸前、何か正体の分からない恐怖を狂獣は感じ取った。

 グルガロンは本能的に危機察知能力にけた魔物である。怒りの中にあっても、その能力を持っていることにより致命的な一撃を回避することがある。

 この個体もその本能により何度も窮地きゅうちを切り抜けてきた。故にグルガロンは己の本能を信じ、ローザへと攻撃を行う前に回避行動をとる。

 無理な体勢からの回避であるため、少し身を引く程度の行動しかとれないが、結論から言うとそれは絶大な効果を発揮した。


 グルガロンが少しだけ身を引いた直後、その首へ向かい閃光がまたたいた。刹那、グルガロンの首から血が飛び散る。

「“雷蝶らいちょう”」

 それは斬撃であった。金髪碧眼の剣士から放たれた、超高速の刃。

 回避しきれず、傷は付けられたが、もし回避していなければその首は今頃胴と繋がってはいなかっただろう。

 明らかな命の危機、故に狂獣の視線はレクシーへと注がれる。

「見えなかった……」

 そしてそれは、狂獣に限った事ではなかった。

 グルガロンの攻撃を回避する気満々で待ち構えていたローザもまた、突然の斬撃に驚き、レクシーに目を奪われていた。


「一撃で獲れなかったか」

 淡々と、冷たい声でレクシーが呟いた。

 雷蝶。腕に雷の魔力を纏わせ、身体強化と合わせて強引に超加速させる技のひとつ。その一撃はまさに雷光の如しである。

 怒り狂う獣すら一瞬怒りを忘れ、突然のことにローザも呆気に取られる。

 が、どちらもほぼ同時に我に返り、ローザはフラワー・バレットを放ち、グルガロンはそれに合わせて大きく後ろに飛び退いて回避した。

「悪い、いきなりだったもので追撃を合わせられなかった」

「いいさ、事前にボクが言っていなかったからね」

 二人はそう言うと、気を取り直してグルガロンへ向かい走り出す。


 今の一連の出来事により二人を完全な脅威と認定したグルガロンは、その場で全身から黒い魔力を放出し、一際大きく咆哮する。

「ぐうっ……!?」

「この魔力は……っ!!」

 咆哮と共に放出された魔力は強大で、グルガロンへと迫っていた二人は吹き飛ばされないよう防御姿勢をとる。

 やがてそれが収まると、同時にグルガロンが右の前脚へ黒い魔力を溜め、大きく振りかぶった。

「……な、なんかマズくない!?」

「ああ、マズい!!」

 右前脚に込められた魔力は、咆哮により放出された魔力よりも高い。

 繰り出されるであろう一撃の威力を想像し、二人は冷や汗をかく。恐らくグルガロンの前方広範囲への攻撃、回避は不可能であると二人は判断する。

「“ローズ・シールド”!!」

 であれば、受ける他にない。大慌てでローザは防御魔法を発動。前方に、大きな薔薇の盾が展開された。


「こいつに魔力を注げ!!」

「分かった!」

 レクシーは剣を持ちながら、両手を花の盾に向けて魔力を注いでいく。二人分の魔力でより硬く強化された盾は、並の攻撃で打ち破られることは無いだろう。

 だが、余程自身があるのか、はたまた何も考えていないのか、盾などお構いなしにグルガロンは右前脚を振り抜いた。

 空気が破裂するような轟音が響き、黒き稲妻と共にグルガロンの前方に衝撃波が発生する。

「ぐあっ!」

「ぐうっ!!」

 二秒だ。薔薇の盾は、その衝撃波を受けて二秒持ち堪えた。

 そして二秒後、圧倒的な破壊力を前に盾は砕かれ、レクシーとローザの二人は後方に吹き飛ばされた。


「いっっったぁ……。クソっ、起き上がれない……」

「私もだ、もう少しなんだが……」

 盾で衝撃波の威力はかなり弱まっていた。それでも衝撃波を食らった二人は、全身が痺れたような感覚で数秒間、倒れたまま起き上がれずにいた。

 そこを狙い、狂獣はとびかかる。ギリギリのところで、ようやく身体に力が入るようになった二人は、転がるようにして左右に回避した。

「あっぶな……。一瞬だけ天国が見えたよ」

 起き上がりながらレクシーが言う。フラワー・バレットで狂獣の追撃を咎めつつ、ローザも立ち上がり、体勢を立て直した。


 今度はこちらが攻撃する番だと、ローザが狂獣めがけてとびかかる。だが槍での一撃を狂獣は躱し、その隙を突くようにして狂獣はローザに噛みつこうとする。

「“飛翔斬ひしょうざん”」

「ギャンッ!?」

 そこに、レクシーが飛ぶ斬撃を放つ。斬撃はローザへ迫っていった狂獣の右目を傷つけ、思わず狂獣は攻撃を中止してのけぞる。


「よし! “フラワー・バレット”!!」

 レクシーが作り出した隙を逃さず、ローザはフラワー・バレットを撃ち込んだ。

 彼女の使うこの魔法は、途中で弾道を曲げることができる。彼女は弾道を曲げ、のけぞった狂獣の顎を下から打ち上げるようにして撃ち込む。

 続けて二発、三発と連続で同じところを同じように狙うと、下からの攻撃により前脚が浮く。四発、五発……ついに狂獣の巨体は持ち上がり、後脚だけで体重を支えるような体勢となった。

 このままフラワー・バレットを撃ち続ければ、転ばすこともできるだろうが、ローザの狙いはそれではない。前脚が浮き、後脚だけで身体を支えるような体勢とは、腹を見せた状態である。


 つまりそれは、直接心臓を狙うことが出来るということだ。

 ローザは右腕に魔力を込めて漆黒の槍を振りかぶる。

「“ローズ・ソーン”!!」

 獣の心臓に狙いを定め、ローザは思い切り、槍を投げた。

 槍からは赤い光が迸り、空気を引き裂きながら一直線に進んでいく。

 槍は獣の皮膚を突き破り、『薔薇の魔女』の放った茨となりてその心臓を穿った。


 凄まじい威力を誇る槍の一撃は、グルガロンの身体を貫通し、背から血に塗れた槍の半分が突き出るようにしてその命を奪った。

「はあ、まったく……手こずらせてくれたな」

 ぐったりとした狂獣の様子を見て死亡を確認すると、大きく息を吐いてローザは呟く。

「お、おお……すごい!」

 ローザの鮮烈な一撃を目にしたレクシーは、目を大きく見開き、思わず拍手をしていた。

 魔女と言うよりかは狩人の如き一撃ではあったが、さすがは『薔薇の魔女』と呼ばれ名を馳せているだけはある。彼女の槍は、それほどまでに見事な一撃だったのだ。


「さて、辺りに魔物の気配は……無いな。良かった、もう連戦したくなかったからな」

 他の魔物の気配を探っていたローザは、もう辺りにそれほど脅威となるような魔物の気配がないことを確認し、ほっと胸をなでおろす。さすがにグルガロン級の魔物との連戦は避けたかったのだろう。

「よし、それじゃあこの先でお目当てのものを採ってくるだけだね」

 レクシーはそう言って、朗らかな表情で歩き出す。

 ローザも「ああ、そうだな」と呟き、それに続いて歩き出すのであった。

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