第七話 狂獣グルガロン

 ローザの放ったフラワー・ストライクは、確実にスカイガンナーの頭を捉え、これを撃ち落としたーーもとい、叩き落とした。

 そのあまりの豪快な攻撃に、レクシーは一瞬面食らったが、直後ハッと我に返り、落ちてくる相手めがけて走り出す。

「はあっ!!」

 地上に落ち行く怪鳥にレクシーの剣技が襲い掛かった。

 新調した剣、それもとびきり質の良い剣と彼女の剣術が合わさり、スカイガンナーは地上に着く前にその首と胴が離れ離れになった。


「ふむ、綺麗な剣筋。さすがだ」

 一撃で首を斬ったその美しい剣技を見て、魔法でふわりと地面に降りてきたローザが言う。

「あ、ありがとう……。いやそんなことよりもキミ、なんて豪快な……」

「なんだ、地上から狙撃するよりも上から殴った方が早いだろう」

 驚くレクシーに対し、ローザはさも当たり前かのようにそう返した。

「ボクとしてはキミが物理攻撃をすること自体意外だったんだけど」

「ああ、よく言われるな。戦法よりも実績の方が広く語られるものだからあまり知られていないんだが、私は結構こういうタイプだ」

 慣れたようにローザが言う。

「そ、そうなんだ……。魔女って言うものだから、てっきり魔法を駆使して戦うのかと……」

「魔法で強化して殴っているんだから、これも魔法だ。そして当然、魔法を駆使して戦う私も立派な魔女だ」

 言いながら、ローザは木々に燃え移った炎を水の魔法で消火する。

 レクシーの脳内で今までの魔女に対する印象が崩れ去る音がした。


 ローザが丁度炎を全て消した時である、森に何者かの咆哮が響き渡った。

 それは大地を揺らすが如き、怒りの声。

「どうやら、追加の客が来たみたいだな」

 構えた二人の目線の先には、こちらへと猛進する巨体。四本の脚で地面を捉え、力強く駆ける黒き獣の姿があった。


 赤黒い角を持ち、鋭く大きな牙を剥き出しにした形相で獣は疾駆する。

 迫りくる奴の名は、狂獣グルガロン。気性が極めて荒く、少しでも気に入らないことがあれば直ちに怒り狂い、そしてひとたび怒れば誰彼構わず襲いかかる。まさに狂える獣だ。

 今回はどうやら森の木に火がついた事がお気に召さなかったご様子。火を放った張本人(この場合本鳥だろうか?)であるスカイガンナーも、この森に住む魔物であることを考えれば少し火が着く程度ならば日常茶飯事である筈だが、グルガロンには日常的なことであろうと関係無いく怒りの対象である。気に入らないものは気に入らないので、とにかく怒り、暴れる。それが、狂獣と呼ばれる所以であった。


 そんな狂獣でも、誰が火を放ったのかくらいは分かっているようであった。

 グルガロンは猛スピードで二人の元へ接近してきたと思えば、その強靭な顎で首の斬れたスカイガンナーの胴へ食らいつき、ぶんぶんと振り回し、あたりの木々に滅茶苦茶に叩きつけ初めた。

 すっかり自分達へ来るものだと思っていたレクシーとローザは、予想していなかった展開に二人仲良く揃って

「そっち!?」

と声を上げるのだった。


 ゴシャ、グシャとスカイガンナーだったものが、音を立ててそこら中に叩きつけられている。なんというオーバーキルだろうか、その荒ぶりように、二人は少し引き気味だ。

「ロ、ローザ、どうしようか……?」

「いやどうしようかって、横を通り抜けようにも難しいしな……」

 あまりに大暴れするグルガロンを見て、ローザは頬を掻きながら答えた。

 グルガロンは全長6メートルはある巨大な魔物である。そんなものが暴れ回っている横を、果たして無事に通り抜けられるだろうか。そもそも、通り抜けようとするとグルガロンの怒りの矛先が切り替わり攻撃される可能性もある。

 故に、戦う他はなさそうだと、ローザは言う。


「やっぱり戦わなきゃダメか……」

「気が重いか?」

 肩を落としてため息をついたレクシーにローザが問うと、レクシーは

「あそこまで狂暴だとちょっと引くよね」

と苦笑して言った。

「ま、そうだな」

 言いながら、ローザは人差し指の先に魔力を込め、円を描くようにして動かす。

 すると、空中に赤い円が浮かび上がり、円の内部が、まるで空間に穴が開いたかのように黒色に染まっる。

 ーーいや、穴が開いたかのように、ではない。実際、空間に穴が開いているのだ。

「“ゲート”」

 ローザが指先で開けた穴は、彼女のいる空間と、異空間を繋ぐ門。その穴から、何か柄のようなものが出てくると、彼女はそれを掴み、引き抜いた。

 それは、赤い宝玉の付いた一本の黒い槍。ファイスに作成を依頼し、昨日受け取ったばかりの、彼女の武器。常に持っているのは手が塞がって面倒だからと、彼女が魔法で異空間にしまっていたものであった。

「行くぞ、レクシー!」

 槍を構え、隣のレクシーに声をかける。

「ああ! もう完全にキミも近接戦闘の構えだね!」

 レクシーはそう言って、グルガロンへと走り出した。


 向かってくる二つの殺気を、怒り狂うグルガロンは本能で感じ取る。

 見れば人間が二人、自分へと向かってきているではないか。

 その瞬間、グルガロンは怒りの矛先を二人へと変える。銜えていたスカイガンナーの残骸を、まずレクシーに放るようにして飛ばした。

「わっ!?」

 驚きながら、投げられた残骸を剣で真っ二つに割って対処。間髪入れずにグルガロンが飛びかかってくるのを、後方に跳躍して躱す。

 その横を走っていたローザが、狂獣めがけ槍で薙ぐ。レクシーのように、グルガロンも攻撃を飛び退いて回避する。

「甘い!」

 相手が飛び退いた瞬間ローザがそう叫ぶと、彼女の周りに展開されていた魔法陣からフラワーバレットが三発射出された。相手が地面に着地するまでの滞空時間、そこを狙った的確な狙撃により、狂獣は三発のフラワーバレットを受け空中で身体を押されていく。

「便利だなあ、それ」

 飛んでいったグルガロンを見て、レクシーが呟く。一撃を躱された後、そのまま体勢を変えることなく追撃。または牽制をすることが出来る魔法は、レクシーの目には非常に便利そうに映った。

 それに対してローザは

「便利だぞ。動きの中で使うには相当な慣れが必要だがな」

 と言う。


 実際、便利ではある。だがそれは、準備から発射までにかかる時間を、魔法の精度を上げることで切り詰め、速射を可能にし、さらにそれを近接攻撃との並列で行えるようにした彼女の鍛錬の賜物たまものであり、レクシーがこの魔法を教わったからといって、簡単に動きの中で組み込めるような技ではないのである。

「……その言い方、相当難しい技と見た。『薔薇の魔女』と呼ばれる人間が扱う技術、そう簡単に真似出来るようなものじゃあないか」

「そらそうだ、簡単にパクられたら凹むわ」

「グゥルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 そんな会話をしていると、怒りに満ちた方向が響き渡る。

「どうやら撃ち落されてお怒りの用だね」

「はっ、魔法を当てられたくらいで短気な奴だ」

「いやあ、割とそれは怒ると思うけどなあ!」

 狂獣が猛スピードで走り出す。先刻までよりも数段速く、強烈な殺意をもって。

 ターゲットに選ばれたのは、自分を撃ち落した魔法と同じ魔力を身体から感じるローザであった。

 どうやらグルガロンはローザを一番の脅威と認定したらしい。

 だが、グルガロンはまだ知らなかった。その隣にいる少女もまた、ローザに並ぶ脅威であったことを。

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