第六話 グラトの森

「おはようレクシー」

「ああ、おはようローザ」

 翌朝、宿の前で待ち合わせた二人は朝の挨拶をかわす。

 二人がここに集まったのは、早速ジュエラの依頼を達成するためである。

「じゃあ、早速行こうか!」

 レクシーはやる気に満ち溢れた様子で言う。昨夜、危険な魔物の生息する地域に向かうということで、部屋で一人「しんど……」とため息をついていたが、そんな様子はおくびにも出さない。

「ああ、さっさと採ってきて、ジュエラの母親を助けるとしよう」

 そして、レクシーの内心など知る由もないローザも、やる気に満ち溢れているようであった。


 二人が足を踏み入れたグラトの森は、レクシーがレーダックへと来た時に抜けた森とは、また反対に位置する森である。奥地にあるルナール湖に含まれる魔力により、独自の生態系を築いているこの森は、奥に進むに連れてより大型で危険な魔物を見かけるようになる。

 また、レーダックは鉱山が有名であるが、実はここも特に研究者から注目されている有名スポットである。


 今回の依頼における目標のルナール草は、その森の最奥、ルナール湖の周りに自生するとされる薬草である。

 近年では、湖に含まれる魔力の研究が進み、ルナール草の栽培方法も多くの研究者により研究されており、実際に栽培に成功した例もあるそうだが、未だ成功率は低く、安定した栽培方法は確立されていない。


「噂には聞いていたが、本当に魔物もそこらの森で見るものとは若干の違いを持っているんだな」

 森に入ってから二時間後、森の中を散歩気分で歩きながら、ローザは緊張感の無い声で言った。

 二人が今歩いているのは、湖まであと半分くらいの位置。現在、二人は未だ魔物と交戦はしていない。ローザが弱い魔物を避ける結界を張っているため、遠目でこそその姿を確認できるが襲っては来ないのであった。

「体感だとあと湖まで半分くらいか……。結界の影響を受けないレベルの魔物が出てくるのは、まだ先になりそうだ」

 言いながら、ローザはそこらの木になった果実をとって齧る。

「レクシーも食うか? アカの実」

「ああ、いただくよ」

 もう一つ果実をとったローザからそれを受け取り、レクシーも齧る。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。


 レクシーは手に持ったアカの実を見ながら、魔物の多い森の中で、なんとも呑気に歩いているものだなと思う。

 これは、ローザのお陰であった。ローザの魔物避けの結界があってこそ、ここまで安全なのだ。

 レクシーが一人で森に入っていたのであれば、ここまで来るのにも魔物と何度か交戦するような事になっていただろうし、入り口からずっと気を張った、緊張感のある探索になっていただろう。

「中々に便利なものだね魔物避けの結界」

「あれ、お前は使えないのか?」

 顔に「意外」と書かれたような表情で、ローザは言った。

「一度覚えようと思ったんだけどね、中々難しくて」

 頬を少し赤らめて、後頭部を掻きながらレクシーが返す。

「そうか、そこまで難しい魔法じゃないが、魔力と相性が良くないのか?」

 指を口元に当て、ローザは考える。魔力は個人によって性質に差があり、それにより扱いやすい魔法、扱いにくい魔法が存在する。ローザは、魔物避けの結界を「難しい」と言ったレクシーに対し、魔力と相性がよくないのでは無いかと仮説を立てた。

 実際、彼女が魔物避けの結界を習得出来なかったのは、まさにローザの考える通り、その相性の問題であった。相性が悪いと魔法を独学で習得するのは難しいのだ。


 二人が更に歩くこと一時間と三十分が経過した時の事。

 そろそろ魔物とも遭遇することになる頃合いだと、警戒しながら進んでいた二人に突如として襲い掛かったのは、空からの刺客であった。

「何か来る!」

 危険を察知し、レクシーが叫ぶ。直後、上空からいくつもの火球が降ってきた。二人がそれを躱すと、火球は地面に当たり、着弾地点に軽く焦げた跡がついた。

 二人は空を見上げ、射手の姿を目に捉える。

 それは、片方だけでも成人男性ほどの大きさはあろう翼を力強く羽ばたかせる、橙色の猛禽であった。


「ス、スカイハンター……?」

 レクシーが魔物の姿を見て言う。

 怪鳥スカイハンター。人間、大型の動物、魔物までもを構わず襲って喰らい、「子供から目を離すとスカイハンターに攫われる」などという言葉でも知られ、恐れられている魔物である。

 レクシーが疑問符を付けながらその名を口にしたのは、今回二人を襲ったこの魔物には、スカイハンターと姿は似ているものの、一般に広く知られるそれとは異なった特徴があったたからだ。

 スカイハンターは基本、体色が茶色く、そもそも炎の力など有していない。だが、今二人が相対している魔物は、燃えるような橙色の体色をしており、羽ばたく度に火の粉が舞い、爪には常に炎を纏っていた。

「正確にはその変異種だ。聞いたことがある、豊富な魔力を含んだ土地で育ったスカイハンターは、炎の力を得て異なる姿に成長すると」

 言いながら、ローザが構える。ローザの言う通り、この魔物はスカイハンターが豊富な魔力を含んだ土地で、魔力と栄養の豊富な獲物を喰って育った変異種であった。

「その名もスカイガンナー。実物は初めて見るな」

「大空の狩人ならぬ、大空の砲手か。なかなか厄介そうな相手だね」


 怪鳥が鳴き、より一層強く羽ばたくと、中空に火球が五つ生成されて降り注ぐ。

 レクシーとローザは目視で着弾地点を予測、素早く移動して火球を避ける。

 着弾地点で小爆発を引き起こす火球は地を焦がし、炎が木々に燃え移っていく。

「これは……早く決着を付けないとマズそうだ」

「そうだな、燃え広がるといけない」

 スカイガンナーは高度を上げて飛行し、今度は火球を七つ生成して、二人に降らせる構えをとる。

 空を飛び、相手の上から爆発する火球を降らせる。シンプルな行動だが、空への対抗手段を持たないものからすれば一方的な爆撃である。加えて、着弾地点から森に火の手が回るため、火球そのものに当たらなくとも時間が経てば経つほど地上に居る者からすれば不利になっていく。厄介なことこの上なく、早々に決着を付けなければならない相手であった。

「あの火球をなんとかしないと」

 苦い顔をして呟くレクシー。そこで、ローザが声をあげた。

「私に任せろ!」


 地上に迫りくる火球、それを見据えながらローザは不敵な笑みを浮かべた。すると、彼女の周りに花の模様の魔法陣が浮かび上がる。その数は火球と同じ七つ。直後、魔法陣からそれぞれ赤色の光線が放たれた。

「“フラワー・バレット”」

 空を裂く魔力の塊が、火球めがけて一直線に伸びてゆく。着弾。火球は空中で爆発し、消失した。

「凄い……!!」

 相手の火球に後手で魔法を発動させて間に合うローザの速射能力にレクシーは感嘆する。

「よし、今からあいつを落としてくる。奴が地上に落ちたら、後は頼むぞ」

 直後、ローザがそう言ってぐっと足に力を入れる体制をとった。

「え、落としてくるって……!?」

「そのままの意味だ。まあ見ていろ」

 困惑するレクシーに、ローザはそう言って、魔力で強化した脚で地面を蹴りって跳躍した。


 一瞬でスカイガンナーの上をとるローザ。その右腕に魔力が集まっていく。

「次の火球は撃たせない、悪いがここで死んでもらう!」

 やがて、腕に集まった魔力は赤い稲妻の如き光を放ち、ローザはその魔力の籠った腕を、怪鳥の頭めがけて振り下した。

「“フラワー・ストライク”ッ!!」

「グエーーッ!?」

 ゴンッ! という鈍い音と共に、怪鳥は鳴き声を上げ、凄まじい勢いで地面に向かって落ちていく。

 『薔薇の魔女』ローザ、空を飛ぶ相手にまさかの上をとっての物理攻撃である。

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