第四話 出会い
オリヴィアは悪夢を見ていた。それは、過去の記憶の回想であった。
「オリヴィア、あなただけでも生きて……!」
炎の中、何もかもが奪われていく光景を目にしながら、必死に逃げ惑う記憶。
「ギャハハハハハハッ! 弱い、弱いなぁ!! 英雄ってのはこんなもんかよ!? なあ、お前もそう思うだろ!?」
目の前で大切なものを失う記憶。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
恐怖に敗け、ただ謝ることしかできなかった記憶。
これらのすべてが、彼女の心に強烈に残って離れないトラウマであった。
それを、目を逸らすことも出来ずにただ見せつけられる。そんな悪夢をオリヴィアは見ていた。
何度も、何度も、何度も、何度もーー。もう嫌だ、もう嫌だとどれだけ思っても見せつけられ続け、彼女はついに絶叫する。
「あああああああっ!!」
レーダックにある宿、
「はあっ……はあっ……!」
落ち着いてくると、自分が大量の汗をかいていることに気付く。
「うわ、びしょびしょ……」
見れば、服もベッドのシーツも、汗を吸ってしまっている。
「昨日、寝る前に変な事考えたせいね、最悪……」
服とシーツへ染みついた汗を魔法で浄化して乾かし、最悪の目覚めだと大きくため息をつく。
「防音の結界、張ったままでよかったわ……」
絶叫が外へ漏れてはいないことだけが不幸中の幸いだと、オリヴィアは呟いた。
最悪の目覚めであったが、何はともあれ新しい朝だ。オリヴィアはレクシーの服へ着替え、手に持った蝶の髪飾りを見つめて深呼吸をした後、髪を纏める。
「よし、ボクはレクシー、ボクは『蝶の剣士』!」
自分に言い聞かせるように、彼女はそう呟いた。
そして彼女の、レクシーとしての一日が始まる。
食堂で、薄く斬られた肉と焼いた卵にサラダとパンのセットを朝食として食べたレクシーは、203号室で食休みをした後、とある店に向かった。
その店の名はオリハルコン。希少鉱石の名を冠したその店は、この国でも有数の、腕の良い鍛冶師が営む武具屋である。
店の扉を開けてて中に入ると、
「いらっしゃい。お、レクシーじゃねえか!」
この店の店主である白髪の男、ファイスがレクシーの名を呼ぶ。店内で武具を吟味していた複数人の客の視線が、彼女へと向かった。
「やあ久しぶりだね、ファイスさん。元気かい?」
挨拶をしながら、彼女は店のカウンターへと歩く。
「おう、この通り元気よ! お前さんも、相変わらず元気そうでなによりだ。剣を受け取りに来たんだろ? 待ってろ、すぐ取ってくっからよ!」
ファイスはそう言うと、店の奥へと姿を消し、しばらくして銀色に輝くものを手に持って戻ってきた。
「ほらよ、こいつがお前さんの剣だ。受け取れ」
「ありがとう」
ファイスがそう言ってレクシーに渡したのは、鞘に蝶の装飾が施された、銀色の長剣であった。
「抜いてみな」
言われるがまま、レクシーは長剣を鞘から抜く。刃が店内の灯りを反射して、美しく輝いた。
「これは凄い……! 流石は鍛冶師ファイスのオーダーメイド」
「へっ、こいつならお前さんの剣の腕にも見合うだろうよ」
武具屋オリハルコンには、店頭に並んだ高い品質の武具の他に、鍛冶師ファイスによるその人物に合わせたオーダーメイド品というものがある。
それはファイスが認めた人物にだけ作る、その人物に合わせた至高の武具。そこらの人間では手にする事の出来ない逸品である。
それを今、レクシーは受け取った。その希少性を理解している客達からは、小さく、おぉ……という声が上がる。
「いやあ、それにしてもいい剣だ。これ、本当に貰っていいのかい?」
剣を鞘に戻してレクシーが言う。
「ああ、礼だからな。金は要らん、持っていけ」
「ありがとう!」
ファイスのオーダーメイド武具は、本来かなり高額である。それを、レクシーに対しては金を取らないという。周りの人間は、レクシーとファイスの間に何があったのか興味を惹かれ、どう聞いたものかとソワソワし始めた。
と、その時だ。
店の扉が開かれ、ドアベルが鳴り、店内にまた一人客が入店してきた。
「いらっしゃいーーって、お前さんも来たのか!」
その客の姿を見たファイスは、そう言ってニヤリと笑った。
それは、首ほどまで伸びた短いダークグレーの髪と真紅の瞳を持ち、黒のローブを身につけ、胸には赤い薔薇のブローチが輝いている。その他にも、所々に花の装飾の施された、歳は二十程に見える女であった。
女がカウンターまで歩いて来ると、それまでカウンターで会話をしていたレクシーはそれに合わせて横に避けた。女はファイスに挨拶をする。
「注文した品を受け取りに来たのだが」
女の、芯のある、美しい声が店内に響く。
「おう、ちょっと待ってな、取ってくる」
「ああ、分かった」
と、ファイスはまた店の奥へと姿を消した。
短いやり取りの後、女は左を向いてレクシーの顔を見た。そうして笑みを浮かべると、半歩レクシーに近付いて彼女に声を掛けた。
「その恰好、お前もしや、『蝶の剣士』だな?」
レクシーの容姿から、蝶の剣士と呼ばれる剣士である事を見抜いたようである。
そして、対するレクシーも、彼女の特徴には聞き覚えがあった。故に、レクシーの方も、彼女の正体を一目で見抜いていた。
「ああ、そういうキミは『薔薇の魔女』だね?」
声を掛けられたレクシーがそう返すと、彼女は頷いて、左手を胸に当てて名乗った。
「その通りだ。私は『薔薇の魔女』! 名をローザ=フェローナという。よろしくな」
「ああ、ボクは『蝶の剣士』レクシーさ。よろしく」
どちらかともなく、二人は握手をする。
蝶と薔薇、二人が運命の出会いをした瞬間であった。
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