第三話 レーダック

 レクシーはその後、あの大鎌の魔人ほどの脅威に出会うこともなく、そこらの弱い魔物を迎撃し、売れる素材を回収しながら歩みを進めていき、二日かけて目的地であったレーダックに辿り着いた。

 街でまずレクシーが行ったのは、宿探しである。先に心安らぐ場を確保したいと考えた彼女は、食堂付きの、好みの雰囲気の宿を探した。


 そうして探し回ること二十分、彼女は蜻蛉亭とんぼていという宿を見つけた。

 扉を開けて入店すると、カランと小気味よいドアベルの音が響き、制服を着た十五歳ほどに見える赤毛の少女が早歩きでレクシーのもとへ来て迎えた。

「いらっしゃいませ。宿泊ですか? お食事ですか?」

「宿泊の手続きをしたいな」

「かしこまりました、宿泊の手続きはあちらの受付カウンターで行いますので、そちらで少々お待ちください」

 少女はそう言っていそいそと厨房へ入っていった。

「マーサさーん、宿泊をご希望のお客様がいらっしゃいました」

「はーい! 今向かうわ」

 と、奥から微かにそんなやり取りが聞こえてきた。


 レクシーが受付カウンターで待っていると、今度は茶色の髪を持つ大人の女性が、ほのかに色気のある、にこやかな表情で現れた。

「お待たせしました、宿泊の手続きですね。こちらが今空いている部屋になります」

 レクシーは空いている部屋の中でも隣にまだ客の入っていない203号室を取り、早速部屋に入って不要な荷物を置き、街へと繰り出した。


 レーダックは活気のある街であった。人通りも多く、そこらでガヤガヤと話し声が聞こえ、武器屋や宝石店が立ち並んでいる。

 行き交う人々を見れば、楽しそうに笑う少年少女や、それを見守る親の姿に加えて、ツルハシを担いだ男や、鎧を着込み、槍や剣を携帯する者、ローブに身を包んだ魔法使いも多く見られる。そんな場所だからこそ、武勇で少々名の通っているレクシーは、すれ違う人々に正体に気付かれ噂されることも多く、彼女はその度少し気恥ずかしい気持ちになった。

 騒がしくも心地の良い喧噪の中、石畳の道を歩き、下に穏やかな流れの小川の通った石橋を渡り、噴水の広場で、屋台で買った肉串を食べる。その後は、魔物の素材を換金し、この街の観光名所となっている鍾乳洞を見学した。


 レーダックの街にて、思う存分観光を楽しむと、辺りはもうすっかりと暗くなっていたので、彼女は早足で蜻蛉亭へと戻った。

 夜の食堂は、旅の装いをした者たちでいっぱいであった。カウンター席に座り、赤毛の店員に、ダークロックボアのステーキを頼む。待っているとレクシーの派手な装いは目立つのか、次第に周りの人間の口からひそひそと彼女の事を噂するような声が聞こえてきた。

「あの、お客様」

 ふと、カウンターの向こうから茶髪の女性が話しかけてきた。

「うん?」

「つかぬ事を伺いますが、お客様はもしかして噂の『蝶の剣士』ですか?」

「ふふっ、この街にはボクの事を知っている人が沢山いるみたいだね。そう、ボクが『蝶の剣士』レクシーさ」

 レクシーは、得意げな笑みを浮かべながら声を弾ませて答えた。その言葉を聞き、にわかに周囲がざわついた。

「やっぱり! 話に聞いていた通り、お綺麗ですね!」

「いやあ、貴女のような美しい大人の女性に褒められるなんて光栄だなぁ」

「あらあら、美しいだなんて……」

 女性は頬に手を当てて、ほんのりと顔を赤くした。

「あ、私はこの宿を経営しているマーサと言います。よろしくお願いしますね」

「ああ、よろしくマーサさん」

 マーサと名乗った茶髪の女性は上品に笑った。

 と、そんなやり取りをしていると、料理が運ばれてきた。

「お待たせしました、ダークロックボアのステーキでございます!」

「ありがとう」

 料理を運んできた赤毛の少女に礼をすると、少女は元気な笑顔で返した。

 ダークロックボアのステーキは、柔らかくジューシーな仕上がりで、レクシーの舌に合う味付けであった。


 店の料理にとても満足して上機嫌で部屋へと戻っていった彼女は、部屋に防音の結界を張り、装備を魔法で綺麗にし、服も着替えてオリヴィアへと戻った。

「……まさか、道中で魔人に遭遇するなんてねえ」

 ベッドに腰をかけ、大鎌の魔人に遭遇した記憶を振り返る。

「あの馬車に乗ってた人達も、私がもっと早かったら助けられたのかしら……。そう考えると悔しいわね」

 そう呟いて、唇を噛む。彼女が感じているのは、馬車に乗っていた人間の命を救えなかったことに対する罪悪感であった。


 あの馬車に乗っていた人間の命は、既にあの場所を通った時点で失われていたものだ。どうしようもなかったことなのだが、人間の命が失われているのを目にすると、「もしも」のことを考えずにはいられないのが、彼女の性分である。

「間に合わなくてごめんなさい。せめて、仇はとったわ……」

 彼女はそう言って、目を閉じて少しの間、あの大鎌の魔人に殺された者たちへ向け、祈るのであった。


「それにしても……魔人、か」

 そうして、祈り終わった後、ふとオリヴィアが呟く。

 魔人、それは人のカタチをした、人ならざる者。

 神話の時代、人を創った神に対抗し、邪神が人を殺すようにデザインして創った、正真正銘、人類の敵対種族だ。人類は、神話の時代からこの現代に至るまで、魔人と敵対し続けている。

「相変わらず神出鬼没ね。それに……今回もじゃなかったか」

 言いながら、オリヴィアは拳を強く握りしめた。

「いつか、アイツに会った時、私はーー」

 そこまで言って、彼女は口を噤む。

「あー、やめやめ。変な事は考えないようにしないと寝れなくなるわ。さっさと切りかえて、今日はもう寝よう」

 首を横に振って、考える事をやめにした彼女はそのままベッドに仰向けになり、瞼を閉じる。

 彼女の身体に、野宿では取り切れていなかった疲労がのしかかり、意識はすぐさま夢の中へと落ちていくのであった。

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