第二話 魔人
オリヴィア=ベルは、このロロア王国内のとある小さな村に生まれた、英雄の血を引いているわけでも、特別な魔力を持って生まれてきたわけでもない、ただの少女である。
村の人々に愛されながら育ち、彼女が村を離れた後は、自分ひとりで生きていく力を身に付けるため、王国で名の通った剣士ガランに剣術を習い、その腕を磨いた。
そして、ガランと別れた後のことである。彼女は訳あって自らをレクシー=ウィングスと名乗り、演劇に出てくる騎士、あるいは王子のような、自信に満ち溢れた性格の旅人を
レクシーとして活動を始めた彼女は、各地で魔物、魔人を退治してゆき、次第にその名声は高まり、やがて『蝶の剣士』と呼ばれるに至った。
現状、レクシー=ウィングスがオリヴィア=ベルであると知るものは、本人を除いて存在しない。
故に、レクシーの正体については様々な噂が流れている。
どこかの国の王族の血を引くものであるとか、裏の顔は貴族お抱えの暗殺者であるとか、魔人が人間に化けているとか、実際の正体は小さな村出身の村娘であり、それらの噂は全て的外れなものであるのだが、人間の想像力とは面白いものである。
ちなみに、噂について真偽のほどを聞かれた時、彼女はただ否定も肯定もせずに曖昧に流すだけの対応をとっているので、それがそういった想像を膨らませる一因にもなっている。
と、そんな自身を偽り、別の人物として振舞っている彼女だが、自分から始めたことであれストレスは溜まるらしい。
だから彼女は部屋をとると、防音の結界を張り、ストレスを発散するのである。
そうして、聞く者のいない愚痴を部屋でひとり、色々と言った後、彼女はそのまま眠りにつくのであった。
翌日、気持ちの良い朝を迎えた彼女は、朝食をとり、部屋で食休みをした後、荷物をもって宿を後にし、村を出た。
もとより、村には物資の補充を目的に立ち寄っただけである。彼女はそのまま、次の目的地へと進んでいく。
そうして彼女が足を踏み入れたのは、リリア村から北西の方角にある森。この森をぬけた先にあるレーダックという街が、彼女の目的地であった。
彼女は魔物を警戒しつつも、そこそこ整備された森の中の道を、鳥のさえずりや近くを流れる川のせせらぎに耳を傾けながら進んでいく。
「これは……」
道中、車輪が外れ、荷台のひしゃげた馬車を目にした。
「ーーっ!!」
馬車の様子を見ると、そこにあったのは切り刻まれた人間の死体であった。
何者かがこの馬車を襲撃したことは明白である。彼女はより気を引き締め、先に進むことにした。
そして、それから数十分後の事である。
「キヒヒヒヒヒヒッ……オレの狩場に、またバカがのこのこやってきたなぁ……」
突如、声と共に前方から大きな鎌を持った男が姿を現した。
レクシーは腰の剣を抜いて、即座に戦闘態勢に入る。
「あの馬車を襲ったのはキミか」
「ああそうだ」
男は。まるで娯楽を楽しんでいるかのような声色で答えた。
「キヒヒッ、オマエ、あの馬車を見た上で先に進んだんだなぁ。わざわざ死にに来るなんて、人間はとことん愚かだなぁ」
ゆらゆらとした足取りで、不気味に笑いながらレクシーに接近する男の額には、二本の角が生えていた。
「魔人か」
表情を歪め、レクシーが忌々しげにそう呟く。
「キヒッ! 大正解。そういうオマエはレクシーだなぁ?」
鎌を持った魔人は、下品な笑みを浮かべながら彼女の名を口にする。
「……ボクを知っているのか」
「『蝶の剣士』レクシー。演劇に出てくるような派手な服を着た、金髪の女だって話を聞いたことがある。噂通り綺麗な
「センスの尖った誉め言葉だね。ボクの好みではないから、次は魔人に切り刻まれたい特殊性癖持ちの女の子に言ってみるといいよ。ーーま、キミに次なんてもう無いんだけどね」
舌なめずりをする魔人に、レクシーは敵意を剥き出しにして返す。その言葉が気に
「らぁっ!」
魔人が鎌を横に振る。それをレクシーはひらりと軽い身のこなしで躱す。
初撃を
「キヒッ、なかなかやるじゃねえかぁ。ならこいつはどうだぁ……?」
言いながら、魔人は思い切り、下から掬い上げるようにして、斜めに鎌を振った。
「“カマイタチ”ィッ!」
「くっ!」
風を切る音と共に斬撃が飛ぶ。それを、身を捻って避けた彼女は、魔人へ距離を詰め、剣を振り下ろす。
魔人はそれを鎌の
「キヒヒヒッ、いいなぁ……!」
両手で持った鎌の柄を力任せに横へ動かし、レクシーの剣を逸らした魔人は、
「うぐっ!?」
くぐもった声を漏らす彼女に、魔人は更に鎌を横に振る。それを彼女は飛び退いて回避し、その先へさらに仕掛けられた追撃を今度は身を屈めて避け、またしても間合いを詰めて魔人へ剣を振り下ろす。
「ちぃっ!」
彼女の繰り出した刃は、魔人が一歩下がったことにより致命の一撃とはならなかったが、確かに相手の胴へと傷をつけた。
「浅い……。だがっ!」
好機。鎌の刃が届く範囲よりも内側に入り込んだレクシーは、そのまま距離を取られないように連続攻撃を仕掛ける。
魔人は連撃を柄で受け止めて対応する。が、レクシーの手数が多く、次第に防ぎ切れない攻撃も増えてきた。魔人は、少しずつ身体を傷つけられていく。
「ちょこまかと、うぜえなぁ……っ!」
「ぶっ飛べやぁ!」
手のひらに魔力が集中する。繰り出そうとしているのは、爆発を引き起こす魔法。このまま少しずつ体力を削られるくらいならば、自分も余波に巻き込まれることを承知の上でぶっ放してやろうという魂胆であった。
なるほど、強引だが確かに有効な手段だ。至近距離で直撃すれば、相手に確実に致命傷を与えられる。余波で自分もダメージを受けるとはいえ、魔人の身体が人間のそれよりも頑丈であることを考慮すれば、やる価値は十分にある。そして、この一撃が決まってしまえば、この戦いは魔人の勝利で幕を閉じるだろう。
「……っ!?」
魔人は見た。
彼女がまるでそれを待っていたかのように、ニヤリと怪しい笑みを浮かべたのを。
「甘い」
一閃。宙を泳ぐような
「ぎゃあぁあぁぁぁっ!!」
肘から先を斬られた魔人は痛みにより鎌を落とし、血の吹き出す左腕を抑えて大声を上げた。
それは、魔人が未だかつて味わったことの無い痛み。されど、その大鎌で、今まで散々人間に与えてきた痛みだ。
「死ね」
因果応報。痛みに絶叫する魔人に、レクシーは冷たく言い放ち、とどめを刺す。
「“
魔力を込めた剣を勢いよく振り、魔人を斬り上げる。
魔人の身体に斜めに刃が入り、一瞬の静寂の後、切断面がずれ、どしゃりと力なく地面に転がった。
この一撃をもって、魔人は確実に生命活動を停止した。
「……ふう」
剣を鞘に納め、彼女は小さく息を吐いた。
魔人の亡骸を道の端に寄せ、装備に付着した血を魔法で落とし、彼女はただ先へと進んでいく。
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