伯爵の色眼鏡

@me262

第1話

 終戦直後、復員した2人の青年が片方の地元で瓦礫の中から金目の物を漁っていた。

「ここは元々、伯爵の屋敷だったんだ。運悪く降伏直前に爆撃に遭ってこのざまだが、お宝がある筈だ」

 地元の青年の言葉に、戦友の青年は辺りを見渡して疑問を呈した。

「全部焼け野原だ。それに伯爵だから金持ちとは限らないだろう。昭和の始めに殆どの華族が没落したんだぜ」

「あの頃から不況だったからな。先代の伯爵も大損したらしい。だけど、新しい伯爵は栄えていた。多額の戦時国債を買っていたし、俺の出征の時には盛大な壮行会をやってくれたんだ。本人は欠席だったが」

「どんな人だったんだ?」

 地元の青年は手を止めて思い出す。

「不気味な人だったな。殆ど外には出なかった。眼が弱くて、陽の光が苦手だったらしい。たまの外出時は常に、純金製で特注の色眼鏡をかけて、帽子を深く被っていたから誰も素顔を見ていない。それに元々は華族じゃなかった。先代が何処かから連れてきて、一人娘の婿養子にしたんだ。持参金が大量の金塊で、先代はそれが目当てだった。伯爵家は持ち直した」

「爵位狙いの成金か。多かったな」

「令嬢には相思相愛の男爵が居たけど、この相手も窮乏していて、婿養子は多額の金を渡して別れさせた。令嬢もやむ無く結婚を承諾した」

「可哀想に」

「結婚生活は上手くいかなかった。数年後、令嬢は男爵と心中したよ」

「心中?大事件じゃないか」

「新聞や週刊誌が記事にして、伯爵と婿を糾弾した。そのせいか、娘を失い意気消沈する伯爵は急速に衰え、拳銃自殺した。マスコミはこの件も疑った。本当に自殺なのか?と」

「成る程、心中の直後に自殺なんて、その婿養子は怪しい」

「記者達が爵位を継いだ婿養子の事を調べ上げた所、この男は元々外国人で、ある日突然大量の金塊と共に帝国に現れたのがわかった。しかし過去に次々と国籍を変えており、詳しい素性は不明のままだった」

 戦友の青年は声を上げた。

「思い出した!親父が怒っていたよ。得体の知れない外国人が華族を乗っ取るなんて、けしからんと。この家だったのか!」

 地元の青年は続ける。

「当時、そう言う声が大きかった。男の正体と目的を知ったから、3人は殺されたんじゃないかって。そして警察も先代や令嬢の死に疑いを持った。内偵が進んだが、これに内務省が待ったをかけた。噂では軍部が干渉したようだ。新しい伯爵は故郷から強い幻覚作用がある植物を持ち込んでいて、それを軍に提供したらしい。軍はその植物を元に薬を作って、大陸での工作や兵士に使った。伯爵は大儲けだ」

「軍部と裏取り引きをしたのか?本当かよ?噂だろ?」

「屋敷の庭園に奇怪な植物が大量に植えられているのを、俺も遠くから見た」

「……」

「ここで落ち合う前に、地元の知り合いから聞いた話だ。俺が出征している間、戦況が悪化すると伯爵は屋敷に籠り切りになった。深夜になると地下室から何かの呪文を詠唱する様な不気味な声が漏れ聞こえてきたので、使用人達は全員辞めてしまった。そして、敵の爆撃だ。屋敷は完全に破壊された。でも、伯爵の遺体は見つからなかった」

「もう止めてくれ!さっさと金目の物を見つけよう!」

 男達は瓦礫漁りを再開した。暫くして屋敷跡の真ん中を探っていた地元の青年が壊れた家具の下に光る物を見つけた。

「あった!きっと金だ!」

 戦友も駆けつけて2人がかりで家具を押し退ける。地元の青年は興奮に震える手で光る物体を拾い上げた。

「おい、これって……」

 戦友が囁きかけた。地元の青年も頷く。

「間違いない。伯爵の色眼鏡だ」

「だけど……」

「ああ、どういう事なんだ……」

 2人は眉をひそめて戦利品を見つめた。

 爆発と火災の高熱でねじ曲がった伯爵の色眼鏡は、レンズが砕け散ってフレームだけ残っていたが、それには両目部分に加えて更に上の額の部分にもレンズを嵌める楕円形の枠が1つ、つまり計3つあった。

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