わたしのめがねとあの子のめがね

夜々予肆

わたしのめがねとあの子のめがね

 教室の内外からわーわーわーと賑やかな声が止めどなく聞こえてくる昼休み。


 別にそれで何かを見たい訳でも知りたい訳でもないけれど、私は自分の席でスマホをポチポチ触ってYouTubeやらインスタやらを適当に眺めていた。せっかくの昼休み、もっと有意義なことをやった方がいいんじゃないかなとも思うけどじゃあ他に何をしようかと言われても全然思いつかない。……勉強とか? それはめんどくさいからやりたくない。うん。


 スマホをずっと見ていたらなんだか目がしぱしぱしてきた。だから、ポーチから目薬を取り出してめがねを外して両目に二滴、雫を落とした。目を閉じるとじわぁ~とした感覚が染み渡る。高くていいやつじゃないと全然効き目がないなぁと最近感じてきている。お財布のためにもどうにかしたいけどスマホは手放せないしもうどうにもならなさそうだ。


 なんてことを思いながらもめがねを掛け直して、顔を右に向ける。


 目の前に映る、長くて綺麗な髪と均衡の取れた横顔と、ノートに流れるように書かれる達筆な文字を、じっと見つめる。


 スマホを手放せないくせに、それで何かを見たい訳でも知りたい訳でもない私だけど、一つ、いや、二つだけ、何が何でも見たくて、知りたいことがある。


 それは――。


「どうしたの、夕希ゆうきちゃん?」

「あー、いや、何でもない! ごめんね朱音あかね!」

「そ、そう? ならいいけど……」


 ついつい何でもないと言ってしまったけれど、これは嘘だ。


 私は隣の席のめがねの女の子、朱音あかねに言いたいことがあるんだから。


 もう一回口を開こうとした途端、心臓がバクバクと激しい音を立て始めて、寒くもないのに両手がガクガクと震える。


 明らかに挙動不審になっている私には気づく様子もなく、朱音は再びノートに文字を書き始めてしまった。ああ、だめだ。タイミングを失った。


 言う事は、まだ出来そうになかった。


 *


 その瞬間はふいに訪れた。


 放課後になって、帰り道で鞄を教室に置き去りにしていることに気づいた。ドジった。確かに昼休みのあれで午後はずっとぽやぽやした感じだったけど、さすがにこれには気づいてほしかったな私。ばかやろー。


 自分で自分の頭をぽかんと叩いてから、踵を返す。


 教室に戻ってきた。小走りしたからちょっと疲れた。なんでこんなことで疲れなきゃいけないんだ。私のせいか。ともかく放課後だから教室にはもう誰もいない。そのはずだった。


 だけど。


 一人だけ、教室に残っている女の子が、いた。


 机、っていうか机の上にあるノートに突っ伏してその女の子――朱音は寝ていた。


 赤色で細いフレームのめがねを傍らに置いて。


 ――今が、チャンスだ。


 私は本能でそう悟り、自分の鞄を取りに行くよりも先に、朱音に近寄った。


 そして。


 心臓が悲鳴を上げる。まるでこんなことやるべきじゃないと言いたげなように。


 だけど、ここでやらなきゃずっと後悔すると思う。やる後悔よりやらない後悔の方がずっと引きずるっていうし。それに、またいつタイミングが訪れるかどうかもわからないし。


 だったらもう、やるしかないよね。


 私は、朱音に、ゆっくり手を近づけて。


 朱音のめがねを、手に取った。


「!?」


 朱音が一瞬、ぴくりと動いた気がした。


 もしかして、起きてる?


 だとしたらまずい。このままじゃ――


 私は思考を整理することもできずに、朱音のめがねを手に持ったまま教室から飛び出した。


 *


 ――やって、しまった。


 私はトイレに入り、誰もいないことを三回くらい確認した後、手洗い場で勝手に持ち去ってしまった朱音のめがねを隅々まで眺めていた。心臓はまだ落ち着いてくれそうになかった。


 そう。これが、私が見たくて知りたかったものの一つだ。


 私は、朱音のめがねを手に取って、じっくりと見たかった。あの子の身体の一部とも言えるこれを。でも「めがねを見せて欲しい」なんていきなり言ったら何言ってんの夕希ちゃん大丈夫どこか調子悪いのなんて思われかねないだろうから言えなかった。


 ――いや、本当は、見たいだけじゃない。


 私は、自分のめがねを外して朱音のめがねを掛ける。


 鏡に映る、朱音のめがねを掛けた自分の顔をぼやぼやとした視界で見る。度は私のよりも弱かった。裸眼よりはよく見えるけど、掛けててもあんまり見えない。私にとってはそんな感じだった。あ、でも左の方が度が強いんだ。私とは逆だ。


 それから私は、朱音の身体の一部を身に着けているという感覚を数十分堪能した。


 でも、これ、どうやって返そう。傍から見たらこっそり盗んだのと変わらないよね。いやこれはどこからどう見ても完全なる盗みだよね。なんとかバレないようにしないと。まだ寝てくれてるといいな。逆に寝てくれてないと困る。とりあえず教室に戻ろう。うん。


 教室の扉を開けた。朱音はもう目覚めていた。がさごそと、机の中や下や周りを探し回っているようだった。


 最悪だ。これは最悪の展開だ。


「だ、誰……?」


 朱音は扉が開いた音で私、いや、誰かが入ってきたことに気づいたらしく、目を思いっきり大きく見開いたり細めながら私の方へ近寄ってきた。


「んー……夕希……ちゃん……?」

「ちょっと朱音、近い近い。一体どうしたの?」

「勉強してたんだけど寝ちゃって……それで起きたらめがねがどっかいっちゃって……見つからないの……」

「だ、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないよ……めがねが無いと何も見えないよ……これじゃ勉強もできないし……家にも帰れない……」


 可愛い。ちょっと待って。可愛いすぎないかこれ!?!?!?!!?


 見えないよ……って不安そうにする姿が可愛いすぎる! 普段慌てず騒がずの朱音が慌てまくってる! 四つん這いになりながら机に頭をぶつけてる! ちょっと泣きそうになってる! なんだこの感情は……!?


 私は、初めて抱く感情に興奮を禁じ得なかった。


「よ、よし! だったら私も探してあげる!」

「あ、ありがと……」


 私は興奮を悟られないようにしながら白々しくもそう返した。探すも何もめがねは私が持っているんだけどね。でも見えないっていうんだったら探して見つかった体で返すことができる。結果オーライでよきよき。でも私のめがねよりも度が弱いということは少なからず私よりも目が良いんだから何も見えないは言い過ぎだと思う。


「めがね……どこ……」

「ねぇ朱音」

「え、何?」


 素顔の朱音が瞬きをぱちぱちした後、私の顔をぽかんと見つめた。ぱっちりとした二重で、大きな目をしていた。可愛い。


 私が見たくて知りたかったことのもう一つが、これだ。


 朱音のめがねだけじゃなく、めがねを外した朱音の顔も近くで見てみたかった。元々めがねを掛けててもすごく可愛いなって思ってたから、めがねを外したらどうなるんだろうと思っていた。でも朱音はいつもめがねを掛けてて全然外してくれなかった。見たいのに、絶対に見せてくれなかった。めがねが汚れたときも外さずにちょっとずらして拭くだけだったし。


 実際に間近で見た朱音の素顔は、ぱっちりとした大きな瞳をした幼い顔立ちですごく可愛いかった。めがねを掛けてるときは大人っぽいのに、外すとこんなに子どもっぽくなるなんて。ギャップ萌えとはこういうことか!


 私はずっとこの素顔も見たかった。でも「めがねを外して欲しい」なんて言ったらこれまた何言ってるのと言われかねないので言えなかった。


「あ……あんまり見ないで……なんか恥ずかしいから……」

「あ! もう一回ちゃんと顔見せて! 可愛いのに!」

「だ、だめぇ!」


 うっかり無言でじっと朱音を見続けてしまっていたら、ぷいっと顔を逸らされた。なんだこれ。恥ずかしがる仕草が堪らなく可愛い。可愛すぎる。鼻血が出そうだ。いやいや落ち着け私。ここで興奮してたらとんでもない奴だと思われかねないぞ。でもこのままだともう我慢できそうにない。名残惜しいけども、仕方ない。


 私は、朱音のめがねを頭上に掲げた。


「朱音! こっち見て!」

「だ、だからやだ!」

「違うよ! そうじゃなくて、めがね! 見つかったよ!」

「ほんと!?」


 朱音がおぼつかない足取りでこっちに向かってきた。そして私の手からめがねを取ろうとした。私は手を後ろに回した。


「も、もう、いじわるしないで!」


 見づらそうに手をぶんぶんしながらぷんぷん怒ってるのが可愛い。可愛いすぎてこのままだと可愛いの過剰摂取で死にそうなのでもう返してあげよう。うん。


「ごめんごめん、はいはい」


 朱音は自分のめがねを私から取返すように手を伸ばしてきて、私は泣く泣く手渡した。そうして朱音の顔に再びめがねが装着される。


 やっぱりもっと見ていたかったな……。でも鞄忘れた私ありがとうお陰様で一生忘れないと確信できるレベルの思い出ができました。それじゃあ私の鞄や! 色々と堪能しまくったことですし帰りますか!


「それじゃ、私はこれで! ブフフ……」

「ぶ、ぶふふ……? ま、まあ、ありがとね、夕希ちゃん!」


 朱音は鞄を手に取った私の奇妙すぎる笑い声に首を傾げながらもお礼を言ってくれた。ああ、やっぱりいい子だなぁ。それに比べて何だ私は。ただのめがねフェチの変態女じゃないか! なんて思いながらも朱音のお礼に至って普通の女子高生を演じながら応じる。


「どういたしまして。こうしてめがねも戻ったことだし、頑張ってね!」

「うん、頑張るよ。……あのさ、夕希ちゃん……その……」

「ん?」

「めがね取った顔……本当に、可愛い?」

「めっちゃくっちゃ可愛いです!!!!! もう土下座して拝みたくなるくらい可愛いです!!!!!!」


 ダメでした。


「そっか。よかった。ちょっと恥ずかしいけど……でも夕希ちゃんなら……見せても、良いかなって……」

「ブフォ!!」

「ゆ、夕希ちゃん!?」


 なんなの今の破壊力抜群のめがねを外してからの上目遣いは! 豚みたいな変な声出ちゃったよ!  やばい、これは本格的にやばい。心臓がばくばく言っている。いつ見ても悲しくなる自分の平たい胸を押さえて深呼吸をする。大丈夫だ。落ち着こう。冷静になろう。いや素顔の朱音をまじまじと見ている状態で冷静になれるか。


「ごごごめん。ちょっとびっくりしてへへっ」

「そ、そうなんだ……。えへへ」


 朱音が照れくさそうに笑っている。めがねが無いからまたしても大きな瞳がよく見える。そんな顔で見られたらもう……!


「朱音ぇ!」


 私はたまらず朱音を抱き締めた。


「ひゃあっ!? ど、どうしたの夕希ちゃん!?」

「朱音可愛い! 大好き! 愛してる!」

「わ、わかったから落ち着いてよぉ!」


 朱音は顔を真っ赤にして、私を引き剥がそうとする。でももう我慢できない。私は朱音が好きだ! 好きだ! 好きだあああああっ!


「可愛い! 朱音可愛い!  LOVE!」

「あ、あう……」


 私が抱き締めた勢いで朱音のめがねが朱音の手から滑り落ちた。ああどうしよう。朱音と朱音のめがね、どっちを選ぼう。いや、ここに来て迷う余地はない。


「朱音ぇぇぇぇ!」

「夕希ちゃん! 夕希ちゃんってば!」


 困り顔の朱音も可愛い。


「私……もうだめ……!」

「ゆう――ひゃあっ!」


 私は己の欲望を抑えきれず、朱音にキスをした。してしまった。唇にではなく頬にだけど。朱音のほっぺはふわふわで柔らかかった。朱音は状況を理解できないといった様子で目をぱちくりとさせていた。


「え、えっと……どうすれば……」

「……朱音、私、朱音のことが好きなの」

「う、うん……もうわかったから……それは……」


 朱音の顔が赤く染まる。可愛い。


 刹那、私の心の奥底が警鐘を鳴らした。


 こんなに可愛いくて天使な朱音に、身勝手な欲望をぶちまけて、嘘をついていていいのか? 私はようやく冷静さを取り戻し、困惑と照れを隠しきれていない朱音から離れた。


 私は軽く咳払いをした後、真剣な面持ちで改めて朱音に向き合った。


 そして私は、正直に話す。


「ごめんね。朱音のめがね隠したの、私なんだ。朱音のめがねがなくなって、一緒に探してたのも、全部私の自作自演なの」

「え……?」


 朱音はぽかんとしている。当然の反応だろう。自分の身体の一部を取り戻してくれたと思っていた相手がそれを奪った真犯人だったのだから。


「どうして……?」

「それは……朱音のめがねと、めがねを取った朱音が、見たかったから……です」


 私は一切を隠すことなく、素直に話した。それを聞いて朱音はますます困惑しているようだった。


「そ、そんなに私の素顔なんか見たかったの……? それに、どうしてめがねを隠すようなこと……言ってくれれば……」

「ごめんね……。でもめがねを外してなんていきなり言ったら怪しまれちゃうかなって思ったから……」

「うん……。いくら友達だって言っても、そんなこと言われたら……普段外さないし……」

「だよね。でもどうしても朱音の素顔が見たかったの。全部私の、自分勝手なわがままだったんだ。本当にごめんなさい」

「……」


 私は床に落ちていた朱音のめがねを拾い上げて、口を閉じて俯いている朱音にそっと掛けさせてあげた。


「ほら、やっぱり似合うよ。めがねの朱音も、私は好きだよ」


 その刹那、朱音の目から涙が溢れ出した。


「あ、あれっ!? ど、どうしたの!?」


 私、何かまずいことやっちゃった!? うん! まずいことしかしてない! どうしよう、土下座とかする? よし、しよう! と、私が床に膝を着いたところで朱音がゆっくりと口を開いた。


「ううん、違うの。嬉しくって……。わたしのこと、好きって言ってくれて……」


 朱音が笑顔を見せる。ああ、可愛い……。そんな朱音を見ていたら、思わずまた抱きしめたくなったけどぐっと堪える。


「……よかった。嫌われたかと思った」


「嫌うわけないよ。嬉しい……。夕希ちゃんに、好きって言われて……わたしも、夕希ちゃんが、好き」

「朱音ぇぇぇぇ!」


 ダメでした。私は朱音を抱き締めた。力いっぱい、我慢することなく、抱き締めた。


「ひゃあっ!? ゆ、夕希ちゃん!?」

「朱音!  大好きっ!」

「そ、それはもうわかってるから落ち着いて!」

「落ち着ける訳ない!」


 私はその勢いのまま、朱音の唇に私の唇を押し当てた。


「んむぅ……!」


 朱音は驚いているようだけども、私は構わず朱音の唇を貪るように吸い付く。柔らかく、そして甘い。ああ……幸せだ。ずっとこうしてたい。でもお互いのめがねがカチカチぶつかって邪魔だ。


 私は一旦顔を離してめがねを外して、せっかく掛けてあげたけどまた朱音のめがねを奪い取って近くの机に畳んで置いた。ぼやけている視界でも、朱音の可愛い顔は鮮明に見える。


「夕希ちゃん!? ちょっと待って! めがねが無いと……」

「待たないっ!」

「ゆうき、ちゃ……だめだよぉ……誰か来ちゃうよ……」


 来るわけない。私は朱音の言葉を無視して、再び唇を奪おうとした――その瞬間、教室の扉がガララっと音を立てて開いた。


「スマホ机に入れっぱだった……」

「言っておくけど私のせいじゃないからね! 隠してないからね!」

「わかってるよそれくらい」


 本当に誰か来てしまった。まずい! まずすぎるぞこの状況は! とりあえず、朱音の手を引いて咄嗟に教卓の陰に隠れた。隠れながら、ちらりと覗いてみる。めがねが無いからはっきりとはわからないけれど、教室に入ってきたのは、クラスメイトらしき男子生徒と女子生徒だった。


「あれ? このめがね、誰かの忘れ物かな……?」


 男子生徒はそう呟きながら、床に置きっぱなしにしていた私たちのめがねを拾い上げたようだった。


「そうみたいだね。きっと今見つからなくて困ってるだろうし、早く職員室に届けてあげようよ!」


 女子生徒が相槌を打った。


「オーケー、じゃあ行くとするか」

「うん!」


 そうして二人は、私たちのめがねを持ってそそくさと教室から出て行ってしまった。


「……行っちゃったね」

「どうしよう。私もめがねが無いと何も見えないよ。朱音の顔以外」

「え、えへへ……」


 朱音が照れくさそうに笑う。可愛い。けどめがねが無いと本格的に困る。どうしよう。


「後で職員室に取りに行くしかないかも……」

「うん、そうだよね……でもめがね外した夕希ちゃんが見れて、ちょっと嬉しいかも。めがねを取った夕希ちゃんも可愛いよ」

「ブフフフォ!!」

「夕希ちゃん!?」


 また豚みたいになってしまった。だって、いきなり可愛いって……そんな……。


「ごめん、朱音がそんなこと言うなんて思わなくって……」

「そう? ならもう一回言うね? めがね取った夕希ちゃんも可愛いよ」


 恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。言われてる側ってこんなに恥ずかしかったんだ。知らなかった。


「朱音、やめて。なんか……すごく恥ずかしいし、その……朱音は可愛いからいいかもしれないけど、私は全然可愛くないし……」


 私は自分の容姿に自信が無い。背が低くて、胸も小さいし。


「ううん。夕希ちゃんは、可愛いよ」


 でも、朱音は、そんな可愛くない私を、優しく抱き締めてくれた。朱音の柔らかい胸に顔を埋めていると、なんだかとても落ち着く。


「ねぇ、しばらくこうしててもいい?」

「……いいよ」


 朱音のせせらぎのような優しい声を聞いて私は目を閉じて身を委ねた。朱音の声はとても心地よく耳を撫でる。


「朱音、あったかい……」

「えへへ……」


 私たちはしばらくの間、そのままの状態でいた。朱音は私の頭を撫でてくれている。


「あのさ、朱音」

「なぁに?」

「……何カップ?」

「え、えええ!?」


 唐突に質問すると、朱音は顔を真っ赤にして驚いていた。そりゃそうだ。でも気になっちゃったんだから仕方ない。


「ほら、女の子同士だし気にすることないじゃん! うん!」

「い、言えないよぉ!」

「冗談だよ! 冗談!」

「な、なんだ……びっくりさせないでよぉ……」


 嘘をつきたくないとさっき言ったのに、またしても嘘をついてしまった。正直結構本気で知りたかった。目測では多分Gはある。私のはどれだけ頑張っても大きくならかったから見てるとなんか泣きたくなってくる。


「夕希ちゃんのも、可愛くていいと思うよ……?」


 私の感情を知ってか知らずか、朱音がそんなことを言ってくれた。私みたいに直球で言わない当たり奥ゆかしさを感じさせる。それが余計に悲しくなったりするんだけどね。


「そ、そう……?」

「うん!」

「ブフフフ……」

「また変な笑い声だ」


 何はともあれこうして私たちはお互いの顔を見て笑い合った。ぼやけた世界でも、朱音の笑顔は、くっきり見える。でも、やっぱりめがねが無いと後々大変そうだ。朱音の顔さえ見えればいいって程、この世界はファンタジックではない。残念ながら。


「めがね、取りに行こっか」

「うん」


 私の言葉に朱音が微笑んで返してくれた。そうして立ち上がろうとした途端、朱音がバランスを崩して私の上に覆い被さった。


「ご、ごめんね夕希ちゃん……! 今どけるね」


 そう言って朱音は慌てて起き上がった。朱音も小柄で軽い方だから、痛みとかは一切無かった。むしろもっと覆い被さって欲しいくらいだ。


「だ、大丈夫?」

「ご、ごめんね……! やっぱりめがねが無いとバランス取るのも難しくて……」

「だったらさ、一緒に行こうよ。お互いぼやぼやだけど、二人なら大丈夫だよ。きっと」


 私はそう言いながら、朱音に手を差しのべた。朱音はその手を握り返してくれた。


「うん。ありがとね、夕希ちゃん」

「どういたしまして。朱音は足下気を付けてね」

「夕希ちゃんもね」


 そうして私たちは、恋人繋ぎで教室を出て、職員室まで歩いて言った。途中誰かが見ている気がしていたけれど、ぼやけて見えなかった。多分見えてたら恥ずかしくてパニックになってたかもしれないから、めがねが無いと何も見えなくて良かったかも。


 そうして二人でめがねを受け取りに行った。二人同時にめがねを忘れたという言い訳はちょっと怪しまれたけど、体育の授業がどうのこうのと言って何とか怪しまれずに済んだ。と思う。多分。わかんないけど。


 失礼しましたと言いながら職員室の扉を閉めて、めがねを掛けて、朱音の顔を見る。朱音もめがねを掛けて、私の顔を見つめていた。


「フフフ……」

「えへへ……」


 私たちはお互いに見合って笑った。そして、どちらからともなく顔を近づけていき、唇を重ねた。めがねがぶつかる音が廊下に響く。


「ちょっとあの子たち大胆すぎるよ! こんなところで!」

「うわあ本当だあ!」

「え、ちょっ、これは違う……違くないけど、違うのおおお!」


 それから、私たちを見て興奮しまくっているクラスメイトに出くわして何とか言い訳を捻り出そうと二人で頑張ったり、職員室にめがねを持っていった犯人だとわかったりしたのは、また別の話。


「夕希ちゃん、好きだよ……」

「私も……」


 私と朱音は、今日も隠し事なく、仲良く過ごしているのだから。

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