しりとり

裏道昇

しりとり

 この壮絶な状況の発端は親友アキラが俺の部屋でジュースをこぼしたことから始まった。



「……やっちまった」

「おいアキラ。ちゃんと拭けよ」

「なあ、しりとりしないか?」

「何のしりとりだよ」

「絨毯を拭くしりとり」

「ざっけんな。黙って拭け。シミになるだろうが」

「ならしりとりで勝つことだな」

 正直、面倒くさかったので、俺が拭こうと立ち上がった。

「待て待て! 勝てば拭いてやるから!」

「高校生にもなってしりとりって……」

「ふふふ。ただのしりとりじゃねえよ?」

「どこがだよ?」

 さすがにイラッとした声で睨みつける。

「一言返すごとに相手のルールを追加できるんだ」

「? よく分からないな。例えば?」

「語尾に必ず『候』をつける、とか」

 ちょっと面白そうだった。

「じゃあ、絨毯拭きながらな」

「補足としては、しりとり自体に影響するルールは駄目な。必ず『ん』で終われとか。あと、ルールは重複して、消えることはない。ルールを達成できなければ負けな」

 最後に、俺からでいいか? と訊いてきた。

「ああ、好きにしろ」

 俺は絨毯を拭きながら気軽に答えた。

 途端。

「しりとりの『り』から! 『りんご』! この勝負に負けたら五万円払え」

 むせた。

 見れば、アキラは。それはそれは凶悪な顔を向けていた。

 なんだこれは! なんで絨毯にジュースこぼされて、五万円払わなきゃならない!?

 つーか、計画犯だろオイ。

「……『ゴリラ』お前も負けたら五万円払え」

「『ラッパ』で。ヒゲダンスを踊ってろ」

「こんの……『パジャマ』だ。土下座しろ」

 アキラが土下座をし、俺はやむを得ずヒゲダンスを始めた。

「えっと、『マッチ』……全裸になれ」

 俺の動きが止まった。

 ふざけんなコンチクショウ! こいつ、初めからこれを狙ってやがった!

 アキラがにやりと笑った。

 五万円、五万円だ。

 こいつは俺ができないと踏んでいる。

 そうはいくか……!

 俺はズボンに手を添え――

 アキラの顔から余裕が消えた。

 そして、一気にパンツごと下ろした。そのまま上着も。

「『チーズ』! お前も全裸になるんだ」

 アキラも数秒迷った後、全裸となった。もう引き下がれないのだろう。

「畜生、こんなはずじゃ……『ズボラ』。母親の下着を被れ」

「『落花生』! イノキの顔真似してろ」

 ここで、敵は切り札を出してきた。イノキの顔真似をしながら。

「『犬』。好きな人に仮想告白しろ」

 最低だ! 最低がいるぞ。俺は好きな人を誰にも言っていない。ここまで隠し通してきたんだ。言いたくない、言いたくないが……五万円。

 俺が好きなのは、同級生のマオちゃんである。おとなしくて優しい娘で人気も高い。

「……だ」

「えぇ?」

 どこまでも嫌らしい奴だった。

「好きだ! マオちゃん! 『濡れティッシュ』! 足の裏を舐めろ!」

 がらがらがしゃん。



 そして、この状況だ。

 見れば、隣に妹が立っていた。落ちたトレイを見る限り、お菓子を持ってきてくれたのだろう。

 さて、状況を整理しよう。

 まず、俺が全裸。おふくろの下着を被りながら、こなれてきたヒゲダンスを踊っている。目の前では親友のアキラがやはり全裸で土下座している。……イノキの顔真似をしながら。さらに俺はマオちゃんに告白し、濡れティッシュと叫び、足の裏を舐めろと言った。扉を片手に妹がこちらを眺めている。


 ――終わった。

 ――何が? しりとり以外のすべてだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しりとり 裏道昇 @BackStreetRise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ