第61話 超・常・決・戦 3




    / ⌒ ヽ     

   /  ゜д゜ )  ――――わたしです

   | U   /J 

   |    |

   |    |

  ~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜



――――――――――――――――――――




 地底生命体『アガルタ』とは、いったいどのような存在なのか。


 実際に直接データを取得したわけではないので、あくまでも母艦スーのデータベースに登録されていたのデータから推測する限りだが……まぁ当然ではあるが、我々のような炭素生命体とは一線を画す存在のようである。



 その体組織には高熱によって変質してしまう蛋白質を用いず、地底の鉱石や金属類に始まる珪素(あるいはそれに似た物質)にて構成され。

 マントルの超高温環境に適応したその体内には、血流の代わりに液化した金属が巡り、また筋肉ではなく筒状繊維内のガス圧力を操ることで、その巨体を動かしているらしい。

 そのためその動作はお世辞にも『機敏』とは言い難いものの、その長大な体躯と相まって『馬力』とでもいうべき力、そして魔力ΛD-ARKを用いる知能はなかなかのものである……とのこと。



 そしてそれらの性質は、恐らくこの惑星に棲まう『アガルタ』にも通用するものなのだろう。




『かあさま、かあさま! ワタシは当該『アガルタ』個体より通達思念を受容しました! 当該個体はΛD-ARKを活用による単独での交信圏内、ワタシの交信範囲に入った模様です!』


「え? あ、あぁ…………それで、何だって?」


『んはゥー! 当該『アガルタ』個体、ワタシ達『おてつだいする』表明しています!』


「………………何だって?」




 マントル層までブチ抜かれた火道を通り、彼らにとっては過酷極まりない寒冷環境であるはずの地表へと現れた……恐らくは若輩、これで小柄なほうなのであろう『アガルタ』個体。

 彼のいう『おてつだい』が何を指すのか、既に考察の余地など残されていないだろう。今まさに眼前で繰り広げられている光景が全てだ。



 自身の体温低下を防ぐためだろうか……冷え固まりつつある溶岩で全身を覆い、地底から供給されたばかりのマグマを伴い、光線砲の構えを取る『亡霊種ファンタズマ』の足元へと体当たりを敢行し。

 かと思えば……溶岩の高温に晒され呆気なく脆弱化した、黒鉄を縒り合わせた身体を容赦なくし折り、赤熱の川へと叩き込んでいく。


 うなぎのよう……あぁいや、ヘビのように長くしなやかな身体を器用に操り、『亡霊種ファンタズマ』の巨大な腕に絡み付き、ギリギリと締め上げ。

 駄目押しとばかりに、口であろう部位からバーナーのような炎……のような高温高圧ガスなのだろうか。ともかく至近距離から『亡霊種ファンタズマ』の頭部へと浴びせ掛け、高熱にて突き崩していく。




『『おぉーーーー…………』』


「すっげ…………」



 めきめき、ばきばきと耳障りな音を撒き散らしながら、黒鉄の破片が周囲に飛び散り、巨体がどんどん崩されていく。

 あの『亡霊種ファンタズマ』の身体を構成するモノが本当に金属なのかは定かでないが……高温に晒され強度が落ちたところに怪物級の一撃を貰っては、さすがに防ぎきれないということか。


 私の【ジェミニ】とて、物理的な打撃が主たる攻撃手段だが……あそこまで大規模な質量での直接攻撃、しかもおよそ1,000℃もの高温を伴う猛攻とあっては真似のしようもない。

 もはや光線砲どころじゃなくなった『亡霊種ファンタズマ』を長い尾で張り倒し、長い上半身を大きく起こし堂々と地表を見下ろす。……いやはや、全くもって見事なものだ。





――――『わたしは意外と認識を驚愕します。小さい『知恵の者』が知りました。小さなそしてアルガ無き泳ぐ者。興味を抱くことをします』




 地表世界へと姿を表し、私達に加勢してくれた『アガルタ』個体より、ΛD-ARKエネルギー反応由来の交信思念が届けられる。

 スーが急いで構築してくれた『みんなの意思疎通プログラム(ver0.75)』はどうやらきちんと働いてくれているらしく、辿々しいながらも『言葉』の形で彼の意志を伝えてくれる。




――――『謝罪を。わたしは直ちに考えを改める。わたしは挨拶を必要とします。最初に提供すべき、『こんにちは』です』


「あっ、えっと……こ、こんにちは?」


『んゥー! 助力に感謝します、ワタシたちはとても助かりました! 急を要する対処、ワタシたちは決め手に欠けており、危ないところでした!』


――――『喜んでいる。知恵の者『ディン』を喜びのため、わたしもまた喜びます。不確かであり効果的な行動により、判断は正しく至りました』




 なんの前情報も持たない者がこの光景を目にしては……恐らくだが、災魔サイマ同様の脅威であると判断してしまうことだろう。地上世界に現れた『アガルタ』の外観は、それなり以上には禍々しい。

 黒黒とした鉱石質の体表面は地底のマグマが冷えたものであり、時折覗く赤い光は体温を保つためのマグマそのものなのだと知ってはいるが……その色使いと常識外の巨体は、彼もまた災魔サイマ災厄種ディザスター』であると判ぜられてもおかしくないだろう。


 しかしながら……その性格と性質は、きわめて紳士的かつ善良そのもの。

 そもそも私達が彼らにコンタクトを取った切っ掛け、そしてそこからディンによるコミュニケーションの累積を経て、私達の敵である災魔サイマがどういうものなのかを知っていき……曰く『共通の敵』との認識を下した、と。



 ディンが交信を中断し、戦線に加わらざるを得なかったことから『深刻な事態である』と結論を下し。

 交流に積極的であった個体のうち、並以上の腕っぷしの強さと『外界』への積極性を併せ持ち、そして(比較的)小柄な体躯であった彼が名乗りを上げたのだという。


 およそ7キロメートルにも及ぶ、細く長い火道を通り……彼らにとっては極寒の領域であろう地表世界へ、私達の力となるべく駆けつけてくれたのだという。




――――『わたしは安心しました。間違いではなかった。アルガ無き泳ぐ者、困っている先の敵を対処しました』


「…………そう、だな。助かる。……いや、助かりました。ありがとうございます。…………えーっと……『アガルタ』、さん?」


――――『わたしは把握しています。『アガルタ』わたしたちを示す言葉。知恵の者、アルガ無き泳ぐ者、個体それぞれに示す言葉。わたしたちは『ディン』から教えを受けました』


『んゥー! ワタシは覚えててくれた、とても嬉しい! かあさま、かあさま! ワタシの成果が表れています!』


「ぁ……あぁ、そうだな」


――――『よって、ゆえに、わたしは要求します。わたし個体を示す言葉、わたしは求め、協働のため効率化を意図しています』


「そんな畏れ多いが……!!」




 突然の申し出に私が目を白黒させていたところ、地に沈められていた『亡霊種ファンタズマ』に、再びの動きが見られる。

 半壊した身体をどうにか立て直し、歪んだ頭部装甲から覗く視覚器官からは未だ戦意は衰えず……己の目的を果たさんと、傷だらけの身体を起き上がらせていく。


 しかしながら満身創痍の『亡霊種ファンタズマ』に対し、私達は全員がほぼ万全の体勢といえる。

 加えて……体温維持のための活動限界が存在するとはいえ、恐らくは現代の地球上で最強であろう『アガルタ』個体の力添えを受けているのだ。

 ここに至っては我々が負ける可能性など、ほぼ皆無と言って差し支えないだろう。



 それを理解しているだろうに……しかし災魔サイマは動きを止めはしない。

 自らの存在意義を果たすため、一人でも多くのヒトから負の感情を搾り取るため、由縁を同じくする負の感情を育むため、自分たちの同類を殖やすため……決して終わらない、報われない戦いへと身を投じていく。




「……まぁ、要らん感傷か。そもそも奴らに意識が……『命』があるのかさえ怪しい」


『肯定します。……しかし仮に生命と定義できたとて、到底看過出来ない害を他生命体へ及ぼすものです。その存在を認めることは推奨できません』


『スーに同意します。ワタシたちは、ヒトのために在ることを定義付けています。……ヒトの危険は、取り除くべきと判断します』


「わかってる。…………ははっ。心強い『助っ人』も来てくれたんだ、早々に『お片付け』するとしよう」




 味方としてはこの上なく心強い『アガルタ』だが……しかし彼が地上で活動するにあたって、残された時間はそれほど長くないのだろう。

 全身を鎧う溶岩の甲殻はその殆どが冷え固まり、彼が身じろぐたびにと音を立て剥がれ落ちている。


 とはいえ恐らく、魔力ΛD-ARKを用いた何かしらの手段で体温を維持しているのだろうが……そうはいってもこの場は彼らの住環境と違いすぎる。無理しているのは確かだろう。

 彼に不要な負担を掛けないようにするためには、状況を早々に終わらせることが望ましいのだが。



『……んゥー……かあさま、かあさま、敵性動体『亡霊種ファンタズマ』討滅後、残留思念ΓD-ARKの影響により共振魔力ΛD-ARK再集束の可能性が懸念されます』


「それなんだよなぁ。そもそも『タイプ・ドラゴン』が変質させた魔力……ΓD-ARKエネルギーってのか? どうすれば除去できるのか……」



 こと『記憶』や『残留思念』に強く作用する変異魔力……その詳しい発生メカニズムや性質、そして再現性の有無も除去手段も不明。

 果たしてあの『亡霊種ファンタズマ』を討滅したところで、先の二の舞にならないという保証は無い。


 あの姿の奴を下し、霧消させたところで……それで終わるとは限らない。

 予測できる最悪のパターンとしては、刻まれたばかりの『敗北の記憶』を活かし、耐性を会得した上で受肉してしまうケース。



 ……そうなってしまえば、もう堂々巡りだ。もはや私達に勝ち目は無い。

 奴を何度打ち倒そうが、耐性を得た上で何度も何度も蘇ってくるとなれば……いずれ手の打ちようが無くなることだろう。



 半壊した身体でなお揺るがない、敵意を込められた視線に真正面から向き直り。

 しかし実際にどうすれば良いのか、あの『亡霊種ファンタズマ』を討滅してしまって良いものなのかと、必死に思考を巡らせる。




 ……そんな私達の様子を俯瞰し、その上でなお『助けになろう』と考えてくれたのだろう。




――――『提言を行います。理解しました。わたしは状況に納得を持ちます。対処の方法が解決を提案し、問題を除去します』


「え?」『んゥ?』『……?』




 心強い助っ人、この惑星の先住民たる地底の識者は……こともなげにそう言ってのけた。




 ……まぁ、発声を用いない彼らに『言う』という表現が妥当なのかは、この際置いておくとして。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る