第60話 超・常・決・戦 2




 …………さて。

 先程までは、可愛い娘二人のことを『近距離戦にあまり慣れていない』などと心配していた私、【イノセント・アルファ】ことニグ・ランテート艦長なのだが。



 現在の、正直な感想を述べるとするのならば。


 一番危なっかしい立ち回りなのはというと……誠に遺憾ながら、どうやら私のようだな。




『かあさま、かあさま。ワタシは心配しています。【ジェミニ】慣熟および動作最適化が不十分であったと推測、無理しないを提案します』


『ディンに同意します、かあさまニグ。現時点における中近距離戦闘用機装の熟練度に関して、ワタシおよびディンよりもかあさまニグに懸念事項が多く出現しています』


「返す言葉もございません」


『もぉーー』『…………もー』




 私が勝手に心配していた二人はというと、敵の攻撃から充分に距離を取り、防御・安全マージンをしっかり確保した上で、全く危なげなく立ち回っている。見事なものだ。

 一方の私はというと、現時点における中近距離戦闘に多くの懸念が生じており……まぁ早い話、私は現在『慣熟および動作最適化が不十分』な装備で実戦に臨んでいる状況なわけで、そりゃ二人に懸念を表されても仕方あるまい。



 そも私は先の『龍型タイプ・ドラゴン』との戦闘において、愛用の長槍型機装【サーベイヤー】の臨界駆動オーバーロードを敢行し、その上で重力場干渉力場によって勢いよく射出してしまった。


 肝心の機装サーベイヤーそのものは遠隔転送にて回収できたものの、その内部の動力機関は現在沈黙してしまっており……残念ながらそれではせいぜい『ちょっと斬れ味が鋭い長槍』でしかない。

 深度レベルⅢやⅣの『ただの雑魚ザコ』であれば、それでも充分戦えるのだろうが……今回の『亡霊種ファンタズマ』、あの見るからに堅牢そうな装甲で鎧った巨体には、些か以上に力不足が否めない。



 そんな経緯から、私は以前ピックアップした『このへんは使えそうだな』リストより新装備を急遽引っ張り出して運用しているわけだが……二人いわく『危なっかしい』とのことで。

 私は現在進行系で、この大型多目的外装マニピュレータ【ジェミニ】の慣熟訓練に臨んでいる形となる。



「よっ! とっ、とぉ…………まだ強過ぎるかぁ」


『んゥー……かあさま、ひゅんひゅんを反復試行? 変な戦闘機動です』


『ワタシよりディンへ、当該現象の情報開示。多目的外装マニピュレータ【ジェミニ】搭載機能、引力場アポートおよび斥力場アスポート展開を応用した三次元的戦闘機動と結論付けます』


『理解しました。かあさまはまだ慣熟訓練中です』


「そうだね下手っぴだね!」




 その銘の示すとおり、二基一対の中近距離用機装【ジェミニ】とは、大型二本と小型三本の可動指を備えた複合マニピュレータである。

 本来は船外作業用の精密作業モジュールであり、大型バイク程度のサイズのベースユニットには重力場制御機構に加え、独立した動力機関ジェネレータを備えている。

 前方に伸びる可動指と、後方に尾を引く姿勢制御スタビライザーが外観上の特徴であり、現在はそれを左右一基ずつ腕部側面に浮遊帯同させている形だ。


 スペースデブリや重量物の衝突に耐えるため、本体構造はなかなかに堅牢。

 重力場制御による引力場アポートおよび斥力場アスポートを駆使し、部品を手元に引き寄せたり仮固定したりと、構造体の組立作業効率を高める『作業機械』という触れ込みの『動力工具』である。




引力場アポートで近付いて、『グー』で思いッきりブン殴って、斥力場アスポートで急速離脱。……いや実際わるかないと思うんだが」


『部分的に肯定します。重作業機装【ジェミニ】による着弾インパクトおよび放射される指向性斥力場は、敵性動体『亡霊種ファンタズマ』構造体に対し有効レベルの損傷を与えているものと判断出来ます』


『同意します。インパクト時の指向性斥力場放射、敵性動体体組織を破壊・吹き飛ばす効果を確認しています。攻撃能力ワタシも評価に値すると判断します……が』


『…………語彙を検索、適用。……かあさまニグ、ワタシは『危なっかしい』との所感を抱きます』


『んゥー! ワタシもスーに同意します!』


「はいはいご心配をお掛けします!!」




 自分の担当破壊作業をこなしながら、私の曲芸じみた戦闘機動を観察していた二人からのお小言を真摯に受け止め、私は左右の【ジェミニ】を握り締める。

 私とて別に、何の考えもなくこの作業機械を引っ張り出してきたわけではない。

 事実として……独立した動力機関ジェネレータより齎される斥力場の出力は、あの厄介な迎撃手段からの防御装備としてもなかなかの働きを見せてくれているのだ。



 確かに【ジェミニ】二基ぶんの本体重量ゆえ、機敏な動きは難しいであろう。引力場アポートおよび斥力場アスポートの活用である程度は誤魔化しが利くが、それらはあくまでも対象との距離を『詰める』か『離す』かの制御でしかない。

 自由自在な三次元戦闘機動を行えるというわけではなく、余裕をもった回避は困難であると言える。



 しかしながら、こと防御用力場の出力に関して言えば、この二つの外部動力機関ジェネレータの存在が非常に大きい。

 私本体の負荷を気にすることなく、強固な防御力場を身に纏い、存分に駆け回りながらあの巨体を殴りまくれる。若干の機動力を犠牲に、攻撃力と防御力に割り振ったというわけだ。


 懐に潜り込んだ『亡霊種ファンタズマ』の迎撃の殆どを回避し、避けきれなかったごく一部は【ジェミニ】の防御力場で弾き飛ばし。

 返す拳で黒鉄の亡霊を殴りつけ、この身体機体の内蔵火器類も活用しながら、あの巨体を構成する鉄屑を少しずつ引き剥がし、吹き飛ばしていく。




 恐らくは……現出の際、まずは障害となり得る私達を排除することを最優先としたのであろうが、完全に移動を諦めたその構造があだとなったようだ。

 迎撃の手はすさまじいが、私達であれば回避と防御にて凌ぎきれるレベル。

 こちらの反撃は少しずつだが『亡霊種ファンタズマ』を削り、私達の継戦能力は極めて高く、そして相手には逃げる手段が無い。


 このままのペースで時間を掛ければ、いずれ遠からず我々の勝利で幕を閉じることだろう。

 奴がそれを打開するためには……何らかの形で、打って出るしかない。





「…………ん?」


『大型敵性動体、回頭を開始』


「見りゃわかるが…………まさか」


『簡易観測結果を通達。方位アングル003誤差±3と推測。日本国首都圏エリアを指向していると推定します』


「ッ、まさか!?」




 軍艦の艦首にも似た頭部がゆっくりと廻り、噛み合わされた分厚い装甲の内部に高濃度の負性魔力ΛD-ARKが流れ込んでいく。

 島に根を張り身動きの取れないその巨体で、目いっぱいに身をよじり見据える先は……多くの感情が溢れる、この国の都心部。

 下腹や背中から無数に伸びる触手を絡み合わせ、地表へと打ち込むその様相は、まるで発砲の衝撃に備えるかのようで。




「アタマを潰すぞ! 撃たせるな!!」


『んゥー……!』『……攻撃、失敗』



 たてがみのように林立する触手を掻い潜り、そのまま戦艦の艦首のごとき頭部へと殴り掛かるが……砲撃のための負性魔力ΛD-ARKが集束しているということは、周囲を蝕み侵食する勢いもまた増してしまっているわけで。

 それは堅牢な防御壁を備えるはずの【ジェミニ】をもってしても、力場の守りを抜かれ表面装甲が剥離し始める有様。



 また……損壊をいとわず振るわれたディンの打鞭ブルウィップ【クレメンタイン】は、敵艦首の急襲こそ成功するもののその装甲を穿てず、先端部は負性魔力ΛD-ARKの侵食によって崩壊し。

 スーの操る飛行蟲型ドローン群体【ステラ・オービター】達もまた……設計段階で『数を揃えるコスト削減のために』と減じた防御性能が災いし、特攻自壊を前提とした空間破砕領域の有効範囲にすら近付くことが叶わずに墜とされる。



 ならばと狙いを変更し、光線砲への動力伝達を断とうと首元に狙いを定めるも、厚みを増した迎撃によって思うように破壊が進まず。

 確かに、少なくない損傷は与えている。このまま行けば削り切れることは間違いないのだろうが……かといって敵光線砲の発射までに削り切れるかは、はっきりいって微妙なところであり。




 要するに……この場面においては、近距離での殲滅力・決定力が足りないということだ。

 やはりここはもう一度、機装の機能停止を顧みずに臨界駆動オーバーロードを敢行すべきか。

 もしくは……多少の危険は呑んだ上で、奴の防御の内側から『高集束光子熱閃砲フォトンリーマー』による消却殲滅を狙うべきか。



 打開策に関して、ほんの数コンマ秒の思考を巡らせていた私であったが……その思考が、思ってもみなかった要因によって妨げられる。




『…………んゥ? …………んんー?』


「……? どうしたディン、不調か?」


『否定します。……んゥーー? んー……?』


「な、何だ? 何があった?」


『…………んんー…………大規模熱量反応、急速に接近しています』


「は?」


『ディンに補足します。推定3,000ケルビンの大規模熱量反応、交戦エリア下方より接近中』


「は!?」


『んーゥ…………あとあと、山体火山活動の活発化を確認しました。また噴火バーストすると予測され……あっ、でちゃう。噴火バーストします』


「は!!? ちょ――――ッ!?」



 咄嗟に安全域まで距離を取り、少しでも噴火の衝撃を緩和しようと防壁構築を試みたが……幸いというか前回の大爆発に比べ、衝撃波や噴煙は幾分か控えめで済んだようだ。


 その代わりに噴き出てきたモノとは、どろどろに融け赤熱を放つ、地底の熱を湛えたモノ。

 地表へと流れ出てなお高熱を喪わないその流れは、まるで何かに導かれるようにへと……大地に根を張る『亡霊種ファンタズマ』との交戦区域へと進路を取る。




「……ッ、ちょっ!? ディン! おいディン!! ホラ見てみろってあっち! ってまさかオイちょっとディン!?」


『んはゥーー!! 肯定します! ワタシはとても驚き、興奮を禁じ得ないと報告します!!』




 山体火口から裾野の低地へ、重力に引かれ赤熱の奔流が突き進む。

 しかしながら……その流れの先頭付近、地面に溶岩の路を描きながら山肌を降るのは、控えめに言っても異様極まりない



 推定全長50メートル、推定内部温度2,100ケルビン。粘度の高い赤々とした溶岩を身に纏ったその姿は……思慮深いに対してとても失礼だとは思うが、どこかウナギのようでもあり。


 しかし当然ながら、その生命規模と思考能力は全くもって桁違い。

 高温と高質量、加えて高い知能を併せ持った地底生命体『アガルタ』は、赤々と煮えたぎる溶岩流を率いて灰色の地面を突き進み。




 頑強に根を張った『亡霊種ファンタズマ』へと、豪快きわまりない突撃を敢行した。



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