第58話 異・界・接・触 8



とっぴょうしもないイミフなことします(犯行予告


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 敵性動体、特級災魔サイマ龍型タイプ・ドラゴン』。

 ΛD-ARKエネルギー集束深度レベルⅥ、暫定的に『災厄種ディザスター』と呼称する。きっとその分類に恥じぬ暴挙を見せつけてくれることだろう。


 しかし、理解していたつもりではあったが……やはりその巨体に秘めた能力の数々は、非常に厄介きわまりないモノであるらしい。



 たとえば……スーによる初撃、艦載砲【アポロ】をほぼ防いでみせた、あの防御用の力場。


 恐らくではあるが、潤沢な魔力ΛD-ARKエネルギーによる空間作用系の防護機構。

 不意打ち気味の艦載荷電粒子砲でさえ掠り傷しか負わせられず、つまりは私の持つ最大火力『高集束光子熱閃砲フォトンリーマー』であっても、大した効果は見込めないだろう。

 ……そもそも私の場合、発砲には腕部砲身を空間固定する必要もある。動体相手には効果を発揮しづらいのだ。



 それに加えて、『龍型タイプ・ドラゴン』は体表面に高濃度のネガ魔力ΛD-ARKを纏っている。

 体表面、特に爪や口許から滲み出ている黒いモヤ……それは先の光線砲より生じていた余波と酷似しており、ディンの観測に頼るまでもなく同様の性質を秘めていると推測できる。


 すなわち、周囲物体へと干渉して『終わらせる』侵食性を持つ、いうなれば『瘴気』とでも表現するのが妥当だろうか。

 流体金属である【マーキュリー】でさえ組織崩壊を引き起こしたとあっては……真っ当な生物では無い私とて、仮に触れれば身体機体の安全は保障できないだろう。




 要するに、あの『龍型タイプ・ドラゴン』の性質を羅列するならば。


 遠距離からの投射攻撃は、その殆どが軽減され。

 あの巨体でありながら、空を翔ぶ身体構造を持ち。

 受けた損傷は時間とともに再生し。

 光線砲は勿論のこと、爪や牙に触れれば瘴気に侵される。


 ……という、なんとまぁ面倒な属性のオンパレードである。



 加えて……奴に時間を与えてしまえば、それこそ例の光線砲を撒き散らかされる恐れもある。明確な射程が不明である以上、航空機や船舶に流れ弾が飛んでいかんとも限らない。

 奴に光線砲を使わせないためには、至近距離に飛び込み発砲姿勢を取らせぬよう、迅速に制圧するしかあるまい。

 なるほど、さすがは『ネガティブ』の集合体だ。備える性質全てがいちいち嫌らしい。



 しかし私達ならば……私であれば、やってやれないことは無い。スーのお陰で冷却も完了、パフォーマンスは十全である。

 駆動加速も、各種兵装も、重力干渉による斥力障壁も、愛用の機装サーベイヤーも、何一つとして問題は無いのだ。





「――活性化アクティベート、【サーベイヤー】!」



 槍の穂先から光が溢れ、尖端を覆い隠すように立体表記の破砕領域が描画される。

 こいつであれば、瘴気を垂れ流す牙や爪であろうとも『接触せずに』斬り飛ばすことが出来るだろう。


 有効打足り得る武器を構え、私は重力干渉にて自身の身体を射出。火山灰に覆われた新島へと着地し、一気に距離を詰めていく。



『敵性動体、迎撃姿勢』


「…………っ、らァ!」



 轟音とともに振り抜かれる右前腕を身を捻って避け、お返しとばかりにサーベイヤーを振るう。

 瘴気によって、多少は破砕力場を侵されたようだが……それでも充分以上に効果はあった様子。

 斬り飛ばされた『ドラゴン』の前腕から先はと宙を舞い、地表を覆う火山灰へと落ち、粒子へと解けていく。


 それよりも速く私は動き、そのまま『ドラゴン』の右側面を通過し背後へと回り込む。

 これまた巨大な右後ろ足、踏み込みや飛行の初動踏み切りの要へと、破砕領域を纏ったサーベイヤーを容赦なく叩き込む。


 強靭な後肢を円錐状に抉り飛ばし、そのまま斬り払い、ほんの一瞬で『龍型タイプ・ドラゴン』の四肢の過半を破壊する。



 ……が、当然黙ってヤられるハズもない。

 相手は集束深度Ⅵ相当、規格外の災厄である。



「……っ、スー、牽制射撃」


『了解しました』



 異星文明謹製の破砕力場は、さすがに無視出来ない損傷を与えたのだろう。大きく身体をよじり長い尾を暴れさせ、『ドラゴン』は殺意の高い大暴れを繰り広げる。

 そこへ上空から降り注ぐのは、小口径集束光学兵器パルスレーザーの猛雨。一発あたりの威力は然程でもないとはいえ、この規模の弾幕を無視することも出来ないだろう。


 大暴れを一旦止めざるを得ず、あからさまに鬱陶しそうな態度を滲ませながら上空のスーに向き直り、防御膜を形成する。

 降り注ぐ集束光学兵器パルスレーザーは『ドラゴン』の眼前にて掻き消され、その巨体に刺さることなく宙に解ける。



 ……やはり、遠距離からの攻撃は効果が薄いようだが……しかしながらこうして、隙を作るには申し分ない効果を見せてくれている。

 数瞬とはいえ、私から注意が外れた。それだけで充分だ。




「【サーベイヤー】! 活性化アクティベート臨界駆動オーバーロード!」



 虫の羽音のような独特な音を響かせ、光を纏う硬質物体破砕杭【サーベイヤー】にさらなる変化が訪れる。

 光の紋様によって膨れ上がった槍の穂先、その光に触れたもの全てを粒子状に分解する末恐ろしい『破砕エリア表記』が……急激に広域化・複雑化していく。


 その描画範囲たるや、最大直径にして優に五十センチメートルを上回り。

 光り輝く穂先のその長さにして……じつに五メートルに届かんばかり。



 もはや『槍』と呼ぶには無理があるだろうその形状とは……硬質物体破砕杭【サーベイヤー】の、それつまるところ広範囲作業モード。

 短時間で効率よく硬質物サンプルを掻き集めるための限定的機能であり、本来は生物に向けるようなものでは断じて無い。


 ……まぁ、奴ら『災魔サイマ』は例外だろう。そもそも生物ではあるまい。よってセーフだ。



『【サーベイヤー】投射角度指定。かあさま周辺位置情報取得…………完了。安全性は問題ないと判断します』


『状況セーフティ解除。撃てます』


「消し飛べ!!」



 持ち手部分を除き、もはや巨大な柱と化した【サーベイヤー】……それを肩越しに大きく振りかぶり、柱状となった穂先を『龍型タイプ・ドラゴン』の無防備な背中へと向け。

 私やスーの観測機器を介して、ディンによる周辺安全確認が行われた方向へと狙いを定め。



 ……思いっきり、投げる。




『着弾。敵性動体体組織の侵食破砕を確認』


「やったか!?」



 片翼に加えて前肢と後肢の片方ずつを潰され、身動きが取れなくなったところに集束光学兵器パルスレーザーの対地射撃で畳み掛けられ、それを防ぐための防御体勢の真逆、完全に無防備な背中へ向けて。


 直径にして五十センチメートルの侵食領域と、更に大きな影響崩壊領域を纏った極太の投槍が、重力干渉による疑似ガイドレールに沿って狙い違わず真っ直ぐに、音速近い速度で叩き込まれたのだ。



 やっただろう。やったハズだ。やったに違いない。それ以外に何があるというのだ。

 事実、敵性動体こと『龍型タイプ・ドラゴン』は完全に動作を止め、抉り飛ばされた傷口や末端から溶けるように崩れていく。

 尾の付け根から背骨に当たる部分を丸々消し飛ばし、ヒトでいうところの鎖骨付近まで一直線に消し飛ばされ、物々しいあぎとと禍々しい角を備えた頭が、降り積もった火山灰へと落ちる。



 結果を入念に確かめる必要もない、何せ胴体が消し飛び五体がバラバラに崩れているのだ。どう見ても致命傷であろう。

 ……いや、災魔サイマに『命』があるのかはどうかは知ったことじゃないが、活動継続が不可能であることは間違い無い。


 その性質こそ生物とは逸脱している『災魔サイマ』ではあるが……集束深度Ⅳ相当の変異種に見られたように、大筋では既存の生命体に即した身体構造を模倣している。

 たとえ地球上には存在していない深度Ⅵ幻創種とて、こうして受肉・顕現している以上は『生物』としての常識に縛られる。脊柱を含め胴体全てを消し飛ばされては、無事で居られるはずもない。




 …………事実、『龍型タイプ・ドラゴン』は沈黙したまま、残骸は宙へと解けていく。

 許容量を超える損壊を受け活動を停止したそこに、再生の兆候見られない。




 そう、集束深度Ⅵ『龍型タイプ・ドラゴン当初の想定通り……問題なく除去された。




 ただ……想定外だったのは。


 『龍型タイプ・ドラゴン』から解けた魔力ΛD-ARKエネルギーが、活動限界を迎えて霧消することなく。


 まるでナニカに吸い寄せられるかのように、再び集まり始めているという、異常極まりないこの現状である。




『…………簡易計測結果、報告。ΛD-ARKエネルギー反応……再集束の傾向を、確認』


『かあさま、ワタシは事態をイレギュラーと判断します。交信任務の一時保留、ならびに戦線への合流を具申します』


(頼む。……アガルタには悪いが、お前の情報収集能力を貸してほしい。詳しい情報を掴みたい)


『了解。当該座標取得…………同期、完了。転送を開始します』




 後方上空、待機を継続するスーの傍らに、見慣れた空間の揺らぎと爆発的な発光を認識する。

 光が収まったそこには、私とよく似た少女型の完全自律探査機装【ヴォイジャーⅡ】が、戦闘態勢にて佇んでいるはずだ。


 賢く可愛い愛娘、心強い仲間の合流を受け、しかし私の心が落ち着くことは無い。

 私の視覚機器が睨む先、つい先程まで『龍型タイプ・ドラゴン』の残骸があった地点の上空およそ十五メートルにて……黒いモヤと赤い雷光がほとばしり、その濃度を加速度的に増していく。




『…………警告。空間中ΛD-ARKエネルギー集束反応、加速を確認。予測集束深度をレベルⅦ超例外的存在型……構成マテリアルより暫定呼称を定義、提案。クラス『亡霊種ファンタズマ』と呼称します』


「はっ、『亡霊』ときたか。……いったい何が化けて出たやら」




 黒く光る漆黒の鋼を纏い、赤く光る放電をその身に纏い……現出するのはもはや『生物』とは到底呼べぬ、悪夢のようなその存在。

 四肢らしい四肢さえ持たず、肉を持たず、骨格を持たず……いかなる生物とも似つかぬその姿は、いて言えば『ヒト』のを模したモノ。


 もっとも……半身とはいっても『見上げるほどに巨大で、冷え固まった溶岩の大地に直接、醜くひしゃげた金属板を無理矢理押し固めて形作ったかのような、醜く不気味な上半身』という表現になるのであって。




「…………なるほどなぁ……太平洋、マリアナ諸島……そして硫黄島、と。…………付近に他の『ヒト』反応が無いのがアダになったか? 魔力が思ってた以上の広範囲に拡散したか? 一度受肉と崩壊を経て魔力の性質が変化した? ……それに……俗にいう『残留思念』的なモノに、過剰に反応した形か?」




 かつて……世界を揺るがす規模の殺し合いが勃発し、数多の命と想いが虚しく消え、膨大な負の感情が刻まれた領域。

 ヒトの抱いた負の感情に敏感な魔力は……ここまで常識外の密度ともなると、空間そのものに遺された感情にも反応してしまうらしい。



 ねじれてひしゃげた大砲。

 大穴の空いた何かの装甲板。

 砲身の折れ曲がった戦車。

 半ばから溶け落ちた小銃。

 土手っ腹を引き裂かれた船。

 大小様々な車両だったもの。


 無数のそれらが撚り集まり、見上げるほどに巨大な半身を形作り、また周囲には金属質の根を張り巡らせて立ち塞がる。

 強過ぎる未練をこの世に遺したまま、世紀を超えて尚この海に縛られ続けた……まさに『亡霊』と呼ぶに相応しいその姿。



 現出のメカニズムそのものに関しては、まだ推測の域を出ないが……この『亡霊種ファンタズマ』の受肉に影響を及ぼした負の感情がなのかは、私とて多少は理解しているつもりだ。



 日ノ本の国に生まれ育ち、かけがえのない『平和』という恩恵を賜った者として。

 前世では半ばでその生涯を終えたとて……彼らの想いを継ぎ、国に殉ずると志を抱いた者の端くれとして。




「行くぞ。…………成仏させてやろう」


『……はい』『……んゥ』




 この惑星全土を巻き込んだ、かの『ヒトの手による災厄』……その遺志であろう『黒鉄の亡霊種ファンタズマ』から、逃げるわけにはいかない。



 いや……逃げるつもりは、無い。



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