第57話 異・界・接・触 7




 まず最初に。


 私達はこの地球の、いわゆる大自然の力というものを……どうやら少々甘く見すぎていたらしい。



 私達の意図した通り、脆くなった地殻を貫くようにマグマを導くことができた。それは良い。


 計画通りの座標、周囲の陸地から遠く離れた洋上に、想定した通りの火山島を出現させることができた。それも良い。




 だが…………最寄りの有人島だけに留まらず、一千キロメートルは離れた日本本土にまで、噴火の衝撃波が伝播して来ようとは。

 南房総の『アンテナ』敷設地点にてアガルタ達との交信を担っていたディンから『想定を超えた大気圧変動を観測した』との報告が入ったときの、私の内心はというと。




『……艦長ニグの反応推測。『あっ、やっべ』』


「私への理解が深いな本当に……!!」


『観測担当ワタシより、簡易計測結果報告。噴火バーストによる大気衝撃波、惑星地球を一周する規模と推測できます。懸念表明、エリア『小笠原諸島』および『マリアナ諸島』へ火山性噴出物の飛散が予測されます』


「やっぱそうだよなァ……!!」




 揚星艇による岩盤破砕が不十分だったのか、はたまたアガルタ達が思っていた以上に協力的かつ張り切り過ぎてしまったのか……もしくはその両方か。

 とりあえず確かなことは、もはや『人の目の届かない洋上でひっそりと片を付ける』どころの話ではなくなってしまったということだ。


 ……何にせよ、人々への被害は最小限に抑えねばならない。




『報告。主動炉出力負荷上昇。強制放熱を開始致します』


「身から出た錆だ!! 甘んじて受ける!!」


『…………? 艦長ニグの身体機体を構成する各マテリアルは、入念な対腐食処置を施しております。腐食および『サビ』を生じる可能性は皆無と判断致します』


「今度『ことわざ辞典』買ってくるな!!」




 火口を中心に球状の隔離空間を構築し、ダメ押しに隔離領域全体へ強重力場を展開。飛散した火山灰へ鉛直方向のベクトルを付与し、無理矢理地表へと叩き落とす。

 隔離された範囲に存在するのは、生まれて数分の火山島とそこから上る噴煙のみ。

 生物など存在するわけがないと理解しているからこそ、こんな荒っぽい手段が取れるわけだ。



 かつて日本近海に重戦闘機装【ロウズウェル】が落着したとき……斥力放射の臨界駆動オーバーロードによる衝撃波を封じたとき以来だろうか。

 久し振りとなる主機の酷使と強制排熱によって、私の機体パフォーマンスは一時的に低下を余儀なくされる。


 範囲設定はもとより、エリア全域の重力干渉がなかなかの高負荷だったようだ。

 咄嗟のことだったので防壁強度も据え置き、かつオマケのひと手間がついたとあらば……そりゃオーバーヒートもやむなしか。



 しかし私の力技をもってしても、それでもどうやら『高さ』が足りていなかったようだ。

 噴煙の全てを高重力領域内に捉えることは、力及ばず叶わなかったが……しかしあそこまでの高高度に上っていれば、噴煙は高空域の強風に吹き散らかされることだろう。

 地表への影響も軽微で済む。そう思っておきたいし、今はとりあえずそう思うことにする。




『…………報告。高純度ΛD-ARK反応集束進行中。推定集束深度……『Ⅵ』。顕現予測カウントダウン、秒表記にて36』


「冷却は間に合わんか。…………畜生、こんなことなら【ロウズウェル】着込んで来りゃ良かった」


『報告。重戦闘機装【ロウズウェル】特務仕様、ロストしております。代替機の改修手配は承っておりません』


「そうだった……在庫管理もやらなきゃなぁ……取り敢えずは面倒事を終わらせねェと」


『お下がりください、艦長ニグ。……貴機のパフォーマンス復帰まで、ワタシが時間を稼ぎます』


『ワタシも同意します。ワタシは交信担当につき移動不可、かあさまの現在は役立たずのプープーなので、スーがお仕事の必要があります』


「…………悪い。頼むから無理はしてくれるな、絶対に無事でいろ」


『…………お任せを……かあさま』


『かあさま、ご安心を。ワタシのいもうとはいい子です』




 放熱に伴い陽炎を纏う役立たずに代わり、重力場の歪みと流体金属マーキュリーの揺らぎを纏ったスーが戦闘準備に入る。

 目の前で規模を増していく黒いモヤの塊……渦巻くそこに赤い稲光が走り始め、異様な雰囲気が加速度的に高まっていく。


 恐れや不安など一切感じないと言わんばかり、私達よりも小柄ながら堂々としたその佇まい。

 レンズのように透き通った瞳と、遥か上方より見下ろす揚星艇の観測機器が、この世界に現れんとする災厄を冷静に見据えている。



 こうして収束中の負性ΛD-ARKエネルギーは、非常に強い結合性を発揮する。もはや強引に散らすことは出来ない。

 加えてこちらからの攻撃が通るのは……完全に結合し、魔物マモノとして受肉してから。


 要するに、最大限効率的に処置を行うのならば……発生と同時に叩き潰すのがマルいわけだ。






『――機械励起アクティベート。対地攻撃砲【アポロ】、発射トリガー



 赤黒いモヤとした輪郭を帯び『受肉』したその瞬間、天頂より荷電粒子の槍が突き刺さる。


 プリミシア局長相手に戯れで放ったものとはわけが違う、侵略用に研ぎ澄まされた通常出力での砲撃。

 数多の抵抗勢力を葬り、航宙艦艇に手傷を負わせたその光は……しかし深度Ⅵ相当災魔サイマの纏う防御用と思しき力場によって大部分を削がれ、致命打には至らない。


 辛くも防御を貫いた光の槍がを半ばからぎ取り、体勢を崩した災魔サイマは絶叫とともに地へと堕ちる。



 …………が、だ。




『……攻撃、失敗。敵性目標健在、未だ戦闘能力を維持しています。……注意を』


「お前こそ。…………充分、気をつけろよ」


「……は、ぃ」




 敵対対象は未だ健在。

 しかも断たれた片翼には黒黒としたモヤが集まり、どうやら組織の再生を図っているらしく。

 出来たばかりの火山島、降り積もった灰を踏み散らし撒き上げながら……身の毛もよだつような憤怒の咆哮を迸らせる。



 その造形は……途方もない太古の昔、かつてこの惑星に存在していたとされる強靭な種族を、ある意味では模したモノ。

 長大な首と尾を備えた巨大な体躯、宙を翔けるための被膜の翼、獲物を引き千切り噛み砕く禍々しいあぎと……それらを単体にて備えたモノ。


 漆黒の鱗に覆われ、黒光りする爪と角を備え、血のように赤い一対の瞳をもつ、物語や伝承の中でしか存在を許されなかったはずのモノ。




「…………敵性目標の呼称を定義。以後対象を『タイプ・ドラゴン』と呼称する」


『…………了解』『わかりました!』


「本っ当に……マジで『ドラゴン』が出てくるとは思って無ェっての……!」




 未だかつてお目にかかったことのない、空想生物と類されるモノの顕現。

 いったいコレが何者の感情に起因するものなのか、何者の記憶に由来するものなのか……魔物マモノ改め災魔サイマの生態は謎だらけだが。



 確かなことは、眼下の巨体が憤怒の相を崩すことなく怒声を上げ続けていることであり。


 がれた翼に魔力が集い、再びの飛翔に向けて着々と修繕を進めていることであり。


 そしてその口腔内には……修繕とは異なる目的であろう禍々しい魔力が、大気を震わす甲高い異音と共に集束していることであり。




『……ッ、行動指示オペレーション防護体勢シェルター発令オーダー




 我々の擁する揚星艇キャンプのものとは対極を為すかのような、物理的には有り得ない

 火山島に座す『龍型』と高空に佇むスーとの間、数千メートルの距離を一瞬で無にした虚無の奔流は、スーの纏う重力場によって絡め取られ、あらぬ彼方へと弾き飛ばされる。


 …………が。

 その内側、『念のために』と展開していた【マーキュリー】の表層が流動性を喪い、ボロボロと剥離し脱落していく。




『……機装【マーキュリー】一部組織にて、急激な劣化および不活性化による損傷を確認。タイプ・ドラゴン光線砲の余波による干渉と推測できます』


「余波だけで…………直撃したらヤバいなんてもんじゃ無ェな」




 災魔サイマの根源とは……いわば負のネガティブ方面へと活性化した魔力の塊、それが肉体と意思をもち暴れ回っている存在なのだろう。

 集束深度Ⅵに至る『負の災厄』が放つ攻撃、そのひとつひとつには――先程の黒い光線ほど如実なものは稀だったとしても――大なり小なり『ネガティブ』の侵食力を秘めている可能性が高い。



 災厄級災魔サイマの備える『負』のエネルギー、その根底に渦巻く力は『崩壊』と『消滅』。

 生命力に満ち溢れた生命体にとって、生きる活力とは全く逆ベクトルのその力……そのまま『死』属性と表現することもできてしまうだろう。


 あの光線は勿論として、深度Ⅵ相当の体組織による攻撃のほぼ全てに、呪いじみた『死』のエネルギーがしたたっている。

 観測特化のディンこそこの場に居ないため、正確な情報取得こそ叶わないが……は恐らくだと、危険極まりない呪詛の塊なのだと、私の第六感とでもいうべき感覚が全力で警鐘を鳴らしている。



 ……重力場を用いて防壁を張れる我々が相手で、まだよかった。

 これまでの魔物マモノ、集束深度Ⅲや深度Ⅳのとは訳が違う。未来ある少女達には絶対に相対させてはならない、これは死の災厄そのものだ。



 物騒極まりない初撃をスーのお陰でやり過ごし、ついに私の身体機体冷却が完了する。

 結果として、敵の危険な性質をある程度推測することが出来た。その情報によるアドバンテージは、決して小さくない。




「悪いスー、助かった。……戦線復帰、選手交代だ。アレの相手は私が引き受ける、状況俯瞰と全体指揮は任せた」


『了解しました。……【イノセント・ステラ】、全体統括に移ります』


「あぁ。………………ん?」


『ワタシは理解しました。【イノセント・ディスカバリー】、交信及び状況共有を継続します』


「…………あ、あぁ」


『………………』『………………』


「………………なんだよ」


『……………………』『……………………』


「………………………………はぁ」




 愛用の長槍型破砕杭【サーベイヤー】を取り出し、確かめるように数度振るい。


 眼下にて尚も猛り狂い、憤怒と怨嗟の騒音を撒き散らす龍型の魔物マモノを冷静に見据え。



 ……ついでに、なにか言いたげな思考を先程から絶えず送ってきている可愛い娘達の期待に答えるべく……生真面目な魔法少女に倣い、名乗りを上げる。




「…………【イノセント・アルファ】……


『きゃーーーー!!』「…………んぅ、っ!」




 …………まぁ、恥ずかしくないわけではないのだが……ご覧のとおり、周囲は見渡す限りの絶海だ。

 どうせこの子らしか見てないし、多少のおふざけは許されるだろう。



 しかしながら……に関しては、当然ふざけるわけがない。

 私達にしか相手取れない敵、私達であれば打倒出来る脅威。ならば喜んで引き受けよう。



 この惑星に住まうモノのため、私の魂の祖国のために振るうと決めたこの力を……授けられた銘のもとに、行使する。



 これは紛れもない私の意志であり、間違いなく私の望みなのだ。



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