第56話 異・界・接・触 6




 ――西之島、という火山島をご存知だろうか。



 東京からは南方におよそ千キロメートルの海上、小笠原諸島に属する無人島である。


 今からおよそ一世紀ほど昔、かつては東京ドームふたつ程度の面積しかなかった小島だったが……あるときを境に、あれよあれよという間に『成長』していったのだ。

 特に半世紀前、西暦二〇二〇年前後には活発な火山活動を行い、溶岩と火山堆積物とによって陸地面積を一気に拡大。最終的には当初のおよそ三十倍にも面積を拡げたのだという。


 日本本土からは遠く離れ、最寄りの有人島からも百キロメートル以上離れていることもあり、専門の観測要員しかその全貌を目にする者は居なかった。

 立派に成長を遂げた後も火山活動は続いているため、上陸は環境調査等の一時的なものに限られる。今日に至るまで拠点設営等は行われず、人の暮らしている記録は無いという。




 何故私が、唐突に『西之島』について触れたのかというと……地底の民あらため『アガルタ』から提示された『解決策』とは、端的に言えばまさにを再現したものなのだ。


 通常であれば岩盤の隙間を通り、ゆっくりと地表へと漏れ出ていく魔力を、敢えて一箇所に集積する。

 集まった大量の魔力をマグマの流れに乗せ、火山活動を利用して一気に地表まで運び、人々の営みから遠く離れた海上にて解き放つ。


 その結果もたらされるのは、決戦場となる新たな火山島と……未だかつて類を見ない程の、超高濃度の魔力。

 その濃度と密度たるや……ヒトを始めとする知的生命体による『感情』の入力を要さずとも、集束・結合し魔物マモノ受肉を果たす程。

 付近に住まう海洋生物や海鳥等、知的生命体のものとは比べ物にならない程に微細な感情を敏感に拾い、魔力濃度にものを言わせて強引に結実すると予測される。



 その推定集束深度は……変異種たるレベルⅣ脊椎動物摸倣型どころか未だ観測されたことの無いレベルⅤ知的生物模倣型をも通り越し、驚愕の『レベルⅥ上位幻想存在型』相当。

 日本本土において普通に対症療法を行っている限りでは絶対に出現し得ないであろう、規格外も甚だしい本物の『災厄』である。





 ……つまり、私達の作戦とは。


 周囲に被害の出ない洋上にて、意図的に超高濃度の『魔力溜まりホットスポット』を生成。

 そこに生じるであろう推定集束深度レベルⅥ相当、災厄級災魔サイマを討滅することで、物質化した高濃度魔力を霧消させる。


 それによって、地底の民アガルタらの放出していた余剰魔力……地底世界に溜まっていたそれらを、一気に消滅させる。

 少なくとも再び現状のレベルにまで充ち、地表へと漏れ出してくるまでは、新たな魔物マモノの出現を抑制できる。……というわけだ。



 ……もちろん、これは『根本的な解決』ではない。あくまで一時凌ぎ、時間稼ぎの延命措置に過ぎない。


 しかしながら、何度も言うように『根本的な解決』は現実的とは言い難い。

 極めて善良な性質を持つと判明した彼らアガルタを殺し尽くさねばならないなど……その難易度は勿論のこと、精神的にも困難極まりない所業である。


 またその『時間稼ぎ』とて、数日や数年の話では無い。

 マントル層に充ちるだけに留まらず、地表へ漏れ出てくる程に余剰魔力が貯まるのには……それこそ、彼ら『アガルタ』種族が生まれてから今日に至るまでと同じだけの、数百年や数千年単位の時間を要することだろう。




 ……数百や数千年後、のことは……また追々おいおい考えるとして。


 要するに、一度『ドカン』とやってしまえば……向こう百年そこらの間は、魔物マモノによる被害を抑制できるはずなのだ。




「……ディン、アガルタの様子はどうだ?」


『報告します。知的生命体種族アガルタとのコミュニケーションは順調です。地上世界の事象に対する興味を確認、話題種別『かあさまのかわいいところ』にフォーカスを獲得しています』


「……………………お゜っ、」


『冗談、ジョークです。かあさまの緊張を緩和する効果を期待しました。ステータス、『ポイント』周辺にアガルタ複数個体を配置完了との報告を受領。アガルタ各個体のモチベーション、要求値をクリア。いつでもいけると判断致します』


「…………スー、そっちは?」


『報告。かあさまニグの画像データ、分類タグ『寝顔』『かわいい』をベースにサジェストピックアップ完了しています。現在ΛD-ARKフォーマット形式への変換作業中です」


「……………………あの、」


『冗談、ジョークです。ディンの思考プロセスを参考に判断致しました。ステータス、揚星艇の当該座標への移送完了、および『ポイント』マーカー照射中。また対硬質物用遠隔崩壊照射砲、全ステータス正常に待機中です』


『んゥー! スーはかしこい良い子、判断します! あとでサジェストピックアップ画像データの共有を要請します!』


「二人の成長が嬉しいよ!」




 作戦決行予定地となる現在地は、日本列島から遠く南の海上、排他的経済水域内の某地点。

 位置的には、沖ノ鳥島と南硫黄島の中間くらい。本土の人々やインフラに影響が生じないように、ヒトの営みから可能な限り距離を取ったつもりだ。

 また南方に離れ過ぎても、今度はマリアナ諸島の領海に入ってしまう。他国に迷惑を掛けるとなっては、国際問題に発展しかねない。


 本音を言うと……それこそ西之島や硫黄島など、小笠原諸島を構成する火山帯に近いほうが自然なのだろうが、付近の島々に影響が出ることは極力避けたい。

 本計画によって形成されるであろう山体の規模が不明瞭であることだし、海底火山の噴火ともなれば水質や漁場を荒らしてしまう危険もあるだろう。

 有人島から三百キロメートルも離れていれば、さすがに大丈夫だと思いたい。



 そんな諸々の理由をもとに選定したのが、こちらの地点……陸地など欠片も見えやしない、見渡す限りの大海原である。

 平均水深三千メートル以上、これからこの真下へとマグマの流れを誘導し、マントル層にて蓄えられた高濃度魔力を引きずり出す。



 そのための準備も、諸々終えたあとの後始末も、全て用意は整った。

 私達にしか出来ない大仕事、気合を入れていこうじゃないか。





「…………よし、始めよう。スー、対硬質物用遠隔崩壊照射砲……照射、開始」


『了解。照射経路諸元入力、崩壊力場収束を開始します』


『状況確認。アガルタ各個体へ、要警戒を通達します』


『報告。照射砲焦点の当該硬質物到達を確認。崩壊破砕を開始しました。概算破砕進行速度は0.3メートル毎秒にて処理中です』


「荒くていい、ヒビさえ入れば何とかなる。ペース上げられるか?」


『了解。破砕係数要求値の下方修正を適用致します。進行速度概算、約7メートル毎秒へ訂正致します』


「…………マントル層到達まで15分前後、ってところか。……まぁ全部砕かずとも噴き出てくるだろうが」




 揚星艇搭載の攻城兵器――両翼二つの砲口から指向される高周波エネルギーを重ね合わせ、収束した座標の物理結合を破壊する崩壊照射砲――を用い、海底の岩盤を局地的に揺さぶり劣化・崩壊させていく。

 敵対拠点の物理防壁を突き崩すための特殊兵装……超硬合金の耐爆隔壁さえ一分足らずで疲労破壊してしまう特殊力場は、たかだか玄武岩ごときで防げるものではない。


 毎秒7メートルのペースで下へ下へ、目指すはおよそ6キロメートル下のマントル層。

 照射砲の焦点が通り過ぎた後の岩盤は微細なヒビが縦横に走り、その強度は大きく減じてしまっているはずだ。

 こうして『キリトリセン』を刻んでおけば、活性化している火山の火道でもない海底だろうと、狙い通りに噴出を導くことができるだろう。



 上からは崩壊照射砲にて『キリトリセン』を刻み、下からは賛同してくれているアガルタ各個体により、誘導と加圧のフォローがなされる。

 それの行き着く先は……過去に火山活動が観測されていない海底地点での、突然の大規模噴火である。


 地質学者の方々は大いに混乱するだろうが……そのあたりの根回しはプリミシア局長の担当だ。私達は気にせず事に当たるのみだ。





 アガルタ諸兄が待機しているマントル層へと繋がる、崩壊の道。


 赤く煮えたぎったマグマと共に、史上例を見ない規模の災いが現れる瞬間は……もうすぐそこである。



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