第55話 異・界・接・触 5
この地底世界においては、どうやら彼らの種族がヒエラルキーの頂点に君臨しているらしい。
閉じられた世界であるマントル層において、その秩序を乱すことは彼らにとって喜ばしいことではなく……むしろそういった騒動の種は積極的に潰しに行くのが望ましい。それが彼らの共通認識であるようだ。
また種族的な性質としてなのか、この領域で長年過ごしてきたことによる経験の累積によるものなのか、弱く儚い個体に対する庇護意識が高いという印象も感じさせる。
恐らく彼らは繁殖の頻度が非常に低く、そのため群れの子どもの生存・保護の優先度が非常に高いのだろう。
つまり私達は彼らにとって、彼らの子どもたちよりも儚げで弱々しいという印象を与えていたのだろう。
……いやまあ、私達のことを尊重してくれるのは非常にありがたいし、純粋に嬉しい誤算というやつなのだろうが。
またもう一点、これは私達の見込みが甘かっただけなのかもしれないが……驚かされたのは、彼らの知能が極めて優れているという点である。
不慣れなコミュニケーション手段で、顔も姿も見えない相手から突拍子もない話を突きつけられて……であるにもかかわらず瞬く間に状況を把握し、こうして打開策を提示して見せたのだ。凄まじい思考能力と言えるだろう。
……そう、打開策。
驚くことに彼ら地底の民は、私達の懸念に対する打開策を、確かな説得力とともに打ち出してみせたのだ。
「…………どうだ、スー……例の『提案』とやら、検証結果は」
『……理論的には、確かに……齟齬も見られず、状況解決策として成立……説得力を備えているものと判断出来ます』
「驚いたな。解決策……まさか見つかるとは」
『……彼らが、事態解決に協力的で……我々に対し、友好的姿勢を構築してくれたお陰かと』
「それは間違いないな。……彼らの生態、喜ぶものとか……可能であれば聞いてみたい」
『了解致しました』
ファーストコンタクトとなる今回の会談は、彼らから受けた『解決策』を持ち帰り検討したいということで、一旦お開きとなった。
……のだが、そこで予想外の事態に見舞われることとなる。
締めに私が『また翌日改めて会談の場を設けてほしい』と切り出したところ、顔は見えずとも首を傾げている様子が感じ取れた。
まさかと思い色々と窺ってみた限りでは、やはりというか彼らは『一日』および『二十四時間』の概念を有していないらしい。
まぁ、それもそうか。マントルに充たされた地底世界で、太陽や星星の動きなど観測出来るはずもない。
地球の磁気とて南北は判別出来ても、東西までは観測することは出来ないのだ。
長きを生きる彼らは、灼熱の地底領域にてただ悠々と過ごすのみ。
しかしながら事情は把握したものの、これでは『待ち合わせ』など望むべくもない。
どうしたものかと思い悩む私達を解決に導いてくれたのは……またしても『彼ら』の言葉であった。
――――『提案』『個体』『わたし』『位置』『固定する』
『……推定解釈。『当個体はこの位置座標を保持することを提案する』』
――――『個体』『わたし』『待機』『呼び掛け』『再び』
『……推定解釈。『再びのアプローチに備え、当個体は待機を継続する』』
「…………ありがたい。……本当に、何から何まで」
「んゥ……とても、やさしく、やさしい。いいひとと判断します」
「ヒトじゃないだろうが……まぁ、同意だ」
会談に応じてくれた地底の民……彼の厚意に甘える形で、再びの会談の予定をなんとか立てることができた。
それにしても……そろそろ『地底の民』以外の呼称を用いたいところだが、そもそも彼ら自身が自らの種族名を定義していなかったので、『地底の民』以外に呼びようもない。それどころか『呼称を定義してくれ』とまで言い出す始末である。
……後世にまで残るであろう呼称を私の一存で決めるなど、そんな責任負っていられるか。プリミシア局長に丸投げするのが吉だろう。
とにかく、初回の会談としては十分以上の成果を得ることができたのだ。
あからさまに『ほっ』とした様子で脱力しているユシア課長を回収し、急ぎプリミシア局長と情報共有を行わねば。
…………………………
「なんとまぁ…………いやはや、本当に素晴らしいな……この惑星に棲まう命は」
「全霊で肯定する。……ハッキリ言って、思っていた以上の存在だったな……彼らは」
「『地底の民』か。相応しい呼称を考えねばな。…………くくく……なかなか愉しい宿題を貰ったものだ」
「
「…………
「だろうな。正直言って、何が出るかまでは想像が付かん」
一足先にプリミシア局長の執務室へと引き返した私達は現在、先ほどの会談で得た情報の共有、ならびに今後の対策を練っているところだ。
なお、この場に居るのは私とスーの二人だけ。ディンは『アンテナ』設置地点たるシシナさん家にて、先方からのアプローチに備え
今頃は海の見える暖かな縁側で、ミミちゃんとニニちゃんを存分に堪能していることだろう。
ちなみにユシア課長は……たぶん今頃はアクアラインのあたりだろうか。安全運転で戻ってきてほしい。
しかしながら『対策を練る』とはいえ、殆ど結論は決まっている。
彼らから授かった『解決策』の信憑性も高く、効果の程も申し分ないと判断できる。また私達であれば、恐らくは成し遂げられることだろう。
……実際に危険な目に遭うのは、現地で対処に当たる私達のみに限られる。
強いて言えば……本土の人々に気付かれる程度の地震や空震が予想されるかもしれないが、それくらいだ。
実行場所にさえ気を配れば、市井の人々に――そして何より
よって、懸念はほぼ払拭される。結果を受けて多少の混乱は見られるだろうが、カバーストーリーも問題無い。
地殻を構成するプレートが複雑に入り乱れ、そこかしこで火山活動が活発化しているこの日本列島であれば……可能性は低いとはいえ、少なからず『起こり得る』事象なのだ。
それを、ほんの少し人為的に……地底の民の力を借りて、意図的に引き起こすだけだ。
場所や環境の選定さえ間違わなければ、人々の暮らしに影響が生じることはほぼ無いはずである。
「…………では、その方向で進めてくる。近日中にはなると思うが……実行の日取りと出現予定座標が決まったら、また改めて連絡する」
「心得た。……別に用が無くとも、気軽に連絡してくれて構わんのだよ? 珈琲とか、ね」
「仕事しろ最高責任者。スー引き上げてやっても良いんだぞ」
「そんな殺生な!!」
しかしながら……私達は所詮、行政の目を掻い潜って細々と動き回っているだけの存在だ。
この国の
それこそ、今回地底の民に提示を受けた『解決策』に至っても……プリミシアのように裁量を持つ者でなければ、下拵えも後始末も難儀していたことだろう。
「…………諸々片付いたら……まぁ、考えておこう」
「バックアップは任せたまえ。周囲の騒音は私が引き受けよう。健闘を祈る」
「お、おう……助かる」
何処へ行くのか見当も付かなかった道筋は、今やこうして目的地へと繋がった。
たとえそれが、険しく危うい道であろうとも……こうして幸運にも繋げられたというのなら、私達で辿り着いてみせよう。
日本の、そして地球の平穏を手に入れるための、最終局面へ向けての大一番。
あとはもう……進むだけだ。
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