第54話 異・界・接・触 4



 幸いにも、ファーストコンタクトこそ大きな混乱なく収めることが出来たが……今後雲行きが怪しくならないとも限らない。

 本格的なコミュニケーションに進む前に、そもそもの目的を今一度明確にしておこう。




 先ず前提として、現代の地球における公害と見做されている『魔物マモノ』の出現、その原因のひとつと目されるのが、いわゆる『魔力』こと『ΛD-ARKエネルギー』の氾濫である。


 知的生命体の『想い』や『感情』の影響を強く受ける魔力ΛD-ARKとは、適切に用いれば『魔法』をはじめ多くの恩恵を齎す、極めて有用な次世代エネルギー源であるといえる。

 しかしその一方、ネガティブな感情による影響を受けてマイナス方向に活性化してしまうと……周囲の魔力ΛD-ARKを吸収・物質化し、魔物マモノ――日本国による正式名称『災魔サイマ』――として受肉を果たす。



 人々のネガティブな感情のほうは……一朝一夕で無くせるものでもない。

 そも個人の感情、喜怒哀楽の持ちようなど、見知らぬ他者からの干渉によって左右されるべきではないだろう。


 よって、魔物マモノの発生を抑制、ないし危険度を下げるためには……もう一方の要因である『魔力ΛD-ARK』を削減するのが近道といえる。これは私達とプリミシア局長らとの共通認識である。




 そこへきて、地殻の下に棲まう超好熱性生命体である『彼ら』の生態だ。

 私達の『ルルちゃん』を用いた観測の結果、主に火山性ガスに含有される形で『魔力ΛD-ARK』の放出を検知し、惑星地球の深部にその原因があるということが判明した。

 生息域の環境、および『魔力ΛD-ARKを放出する』という生態系特徴をもとに検索を行った結果、母艦スー・デスタのデータベースに存在していた類似生命体の情報より、おおよその情報と生態は把握する事が出来たわけだ。


 それらの情報から、どうやら彼らは害意あって魔力ΛD-ARKを放出しているわけではない、という予想はついた。

 生命活動に伴う代謝としての放出である以上、無くすことは難しいと理解しているが。

 その上で、その放出を緩和ないしは地表へ漏れ出ないような方法を探るため、直接の意思疎通を試みることにした……というのが、ここへ至るまでの経緯である。




 つまり、本作戦における私達の目的とは……当然、彼らの討滅や駆除にあらず。

 類似種から推測するのではなく、彼らそのものの生態を詳しく知ること。そして可能であれば、魔力ΛD-ARK放出に関しての現状共有を図り、対応を相談すること。

 要するに、徹頭徹尾平和的な『おはなし』なのであり……つまりは『異文化コミュニケーション』というわけなのだ。





――――『混乱』『驚愕』『関心』『興味』


『……推定解釈。『驚いているが、興味深い話と判断できる』』


――――『複数』『わたし』『歓喜』『会話』


『……推定解釈。『我々は、此度のコンタクトを嬉しく思う』』



「ディン、観測ΛD-ARK波形反応とスーの解釈を紐付け保存。言語骨格の形成を開始したい」


「ゥー……解析能力、スーの得意です。ワタシ、観測と記録にせいいっぱいします」


「それでいい。……悪い、二人共。負担を掛ける」


「んゥ! だいじょぶ!」「……んっ」




 とりあえずの危機的状況は脱したようで、あからさまに『ほっ』と安堵した様子のユシア課長が見守る中、私達主導の『異文化コミュニケーション』は順調に進行中だ。


 言語を用いるコミュニケーションほど順調には進まないが、それでも『我々がどういう生命体なのか』および『我々の住む場所がどのようなところなのか』は、どうにか伝えることができた。

 それによって……武力衝突ならびに侵略行為は、双方にとって何一つ利のない愚行であること。その共通認識を早々に得られたのは、大きな成果といえるだろう。


 つまりは、今後の行動も起こしやすくなるというわけだ。




 彼らの不安もあらかた拭えたところで、いよいよ本題に入る。

 即ち……『魔力ΛD-ARK』という名詞の指すものと、それによって地上世界に生じている影響の説明、私達が今回接触を図った目的の共有だ。



 私達が害意あるものでは無いということは、どうにか理解して貰えたと思いたいが……だからといって我々の要望が聞き入れて貰えるかは、全くもって別問題だ。

 なにせ、私達が『放出を控えてほしい』と望む魔力ΛD-ARKとは、彼らが意思疎通や生体代謝として放出している物質である。


 魔法少女らをはじめ、地球上に棲まう人々に置き換えて考えてみれば……ある日突如として外星人からコンタクトがあり、何かと思えば『環境破壊に繋がるから二酸化炭素を吐き出さないでほしい』と言われるようなものだろうか。

 …………控え目に言って『何いってんだコイツ』といった感じだろう。




――――『理解』『把握』『困惑』『思考中』


『……推定解釈。『言いたいことは理解した。話を整理させてほしい』』



「まぁ、ごもっともだよな。……ヒトだって二酸化炭素の扱いで長年手間取ってるんだ、他所からいきなり突かれたところで『はいそうですか』って止められるわけがない」


「んゥー……むずかしい、判断します。要求全てを受諾させるは不可能、代謝止める必要は生命活動に深刻な影響です。双方のすり合わせ、が必要です」


「えっ?」


「んゥ?」


「………………?」


「…………………………?」


『…………推定解釈。『を設定する必要がある』』


「んへゥー!! スーはいい子! よしよしします!」


「…………びっくりしたぁ」




 まぁ、確かにそうだ。彼らにとって『魔力を放出するな』というのは『息をするな』と言われたようなものである。当然そんなのは受け容れられるわけがない。

 だからこそ、別の妥協点……を見つけ、そこへ誘導しなければならない。

 かといって、彼らに譲歩を求めるのは難しいだろう。なにせ現状、彼らにとっては何ひとつとして旨味が無いのだ。


 魔力放出を控えてほしいというのは、人々の棲まう地上世界からの『一方的な要望』なのである。

 地殻の下で完結している地底世界の民にとっては、そんな文字通りの『別世界』の嘆願など耳を傾ける必要も無いのだろう。


 世界中の人々が二酸化炭素や温室効果ガスの削減に取り組んでいるのは、あくまでも『自分たちの住む世界の環境がおびやかされているから』にほかならない。

 自分たちには関係のない場所からのクレームで、しかも努力したところでなんの見返りも得られない。そもそも自分たちの生命活動がおびやかされる可能性もある。……誰がそれで納得するというのだろう。



 私達が要求を通せるとすれば……たとえば、魔力放出先の変更が彼らにとって全く負担とならない場合であったり。

 あるいは許容できる負担であったとして、その負担に見合うだけの謝礼を提示でき、納得してもらえたり。……それくらいだろう。



 どちらにせよ、生半可な難易度ではない。そもそも彼らの趣味趣向、求めるものさえ何も解っていないのだ。

 彼らの言語体系の再現ともども、ねばり強く気長に交流を続けていくしかないだろう。




 ……そう思っていたのだが。





――――『状況理解』『解決』『テスト』『改善』『考える』『提案』『完了』


『……推定解釈。『状況は理解した。改善のため、提案を行いたい』』



「…………えっ?」「……ゥ?」



――――『謝罪する』『希望する』『複数』『わたし』『否定』『知識』『想像』


『……推定解釈。『知らなかったとはいえ、迷惑を掛けたことを謝罪したい』』



「……あ、あぁ…………いや、マジか? 本当に言ってるのか? 彼らは」


『…………細部のニュアンスは異なる可能性はありますが、大筋としては――』


「間違っていない、と」


『…………肯定します』


「んゥー……すごく、とても、えらい。ワタシは判断します」




 地底の民……人間とは様々な点で異なる生態をもつ上位生命体は。

 どうやら私達が考えていた以上に頭の回転が早く、つまるところ高い知能を誇り。


 考えていた以上に高潔で……慈悲深い種族であったらしい。




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