第53話 異・界・接・触 3




 私達の作戦行動が、地中の某が吐き出すΛD-ARKエネルギーの数値に影響していたのかどうかは不明だが……ここ一ヶ月近くはとりあえず、いつも通りの平穏といえる日々だった。


 魔物マモノの出現こそ何度かあったものの、それらは全てが深度Ⅲの通常種、日々鍛錬を重ねる魔法少女達の敵ではなかった。

 私達も念のため、上空保護者顔で腕組み待機していたわけなのだが、しかし実際に緊急出撃を要することは一度も無かった。見事なものだ。



 そんな平穏な日々における一幕、私達の第一行動目標である『意思疎通の魔法』の会得……ある意味では最大の懸念であったそれに関しても、意外なほどあっさりと達成、無事に魔法を会得するに至った。

 機械部品で構成された非生物に、果たして生物の感情に作用する『魔力ΛD-ARK』を操ることが出来るのか。ほかならぬプリミシア局長であっても『やってはみるが、できるかは判らない』と評したその課題を……スーは見事に成し遂げてみせたのだ。


 …………それの示すこととは……この子は今や、つまりはいうことなのだろう。

 ロクでもない異星文明製の侵略機構、無機質で無感情な管制AIが……可愛くなったものだ。



 それから遅れること、およそ一週間。

 シシナからの連絡を受けてディンが観測に赴き、【イー・ライ】による地中観測組織が目標深度に到達していることを確認した。


 日本列島を形成する分厚い地殻、そのおよそ半分を貫く金属生命体は……今や全長20キロメートルに達している。

 親株であるシシナの全面協力のもと、疑似アンテナとディンの観測機器との同期テストまで完了しており、こと『観測』に関しては既に一定の成果が得られているようだ。なかなか興味深いデータが集まりつつあるらしい。



 スーの技術的特異点シンギュラリティへの到達と、地殻深層の多角的観測の成功……それらによって、前提条件は全てクリア。

 以て、交信作戦を最終段階へと移行。今や私達と秘密を共有する仲となったプリミシア局長とも相談の上、ついに決行の日程が決定される。




 そうして迎えた、決行の当日である今日。

 南房総の観測拠点、シシナ宅の裏庭にて、現在私達は段取の確認と最終確認を行っているところだ。




「…………それじゃ、おさらいだ。ディンが『地中アンテナ』にアクセスして、対象を捕捉。そこにディンを介して、スーが『意識共有魔法』の行使を試みる」


「あいっ!」「……りょ、かい」


「対象と『意識共有』が確立したら……私も介入するが、あとは出たトコ勝負、臨機応変だ。なんとかするしかない」


「あいっ!」「……は、ぃ」


「……あまり考えたくないが……の場合、平和的にいかなかった場合は……ユシア課長」


「心得ております。破壊や制圧は不得手ですが……こと『被害を出さない』ことに関しては、それなりに自信は御座います。ある程度はお任せ下さい」


「助かります」




 不安がないといえば、それは当然『嘘』になる。これからコンタクトを図ろうとしている相手は、恐らくだがヒトよりも長い寿命と強靭な身体を持つ、上位に座すであろう生命体なのだ。


 この地表が、彼らにとって生存に適さない環境であるという事実が、せめてもの救いだろう。生存域的に交わる可能性も無いため、彼らの侵略目標と見做される可能性はほぼ無いといえる。

 しかしながら……プリミシア局長の言葉を借りるならば、それこそ龍種ドラゴンに匹敵し得る存在なのだ。緊張するなと言う方が無理な話だ。


 この地球上において『ドラゴン』と相対した者など、果たして実在するのだろうか。……私は創作や伝承の中でしか聞いたことが無い。



 ……だが、ここまで来て投げ出すわけにもいかないだろう。

 ヒトの手には余る『龍』と相対するのは、ヒトの身に余る力を得たモノであると……古来からそう相場が決まっているのだ。





《――応答要請こんにちは応答要請聞こえますか




 地下20キロメートルの深部から、更に深く深い地の底へ。史上類を見ないであろう規模の魔力波が発信され、言葉を介さぬ問い掛けが乗せられていく。


 返答というには些か心もとない、どころか因果関係すら正直怪しいが。

 問い掛けが発せられた直後、震度にして2程度ではあるが……彼らの戸惑いを表すかのように、大地が揺れる。




《――状況開示、私達に敵対の意志目的提示はありません



《――意思の疎通を希望あなたの音を聞き交流を希望想いを感じ貴方の考えを意思返答知りたいを要望のです



《――提案どうか相互意思仲良くして疎通、要請くれませんか




 ディンの繋いだ道標に、スーの紡いだ魔法を繋ぎ、私は慎重に言葉を織り……未知との遭遇へ向けた第一手を差し向ける。


 言葉を介さぬ意志だけのアプローチに、嘘や欺瞞の入り込む余地はない。

 そこに彼らが気付いてくれることを祈りながら……こちらには敵対の意志が無いと、悪意ある存在では無いのだと、私はただ丁寧に想いを紡ぐ。



 さすがに直ぐの返答とはいかず、しかし再び大地が震える。

 先程のものと併せて、立て続けに二度の地震……観測所以外にも、さすがに気付いた人が現れ始めたことだろう。




「……ディン、どうだ?」


「んゥー! 未定義波形のΛD-ARKエネルギー放射、活性化を確認しています。……推定、目標生体による個体間コミュニケーション、こそこそ話と判断します」


「波形データを可能な限り拾え。片っ端から記録保存だ」


「あい!」


「スー、分割管制思考を総動員。不完全でも良い、拾った波形データの解析を頼む。感情の機微くらいは掴みたい」


「…………は、ぃ」




 スーが『魔王』より授かった『意思疎通』の魔法とて……相手側に『伝えよう』という意志が働かなければ、ことは出来ない。

 またそうでなくとも、そもそもが交信相手は遠い地底の民である。物理的にも距離的にも隔てられた二地点間にて、全ての『こそこそ話』を聞き取ることなど……少なくとも今は、まだ不可能であろう。


 幸いなことに、地底の民のコミュニケーション手段は、音の代わりにΛD-ARKエネルギーを用いるもの。先日ワーニングコードを叩き込んだ【シーリン・ハイヴ】達との類似点も多い。

 地中へ伸ばしたアンテナにてΛD-ARKエネルギーの動作を捕捉出来れば、彼らの会話を『盗み聞き』することも叶うやもしれないのだ。



 まぁ尤も、まずはこちらの問い掛けに答えて貰えれば……こちらとしても色々と安心できるのだが。

 そんな願いが通じたのだろうか。微かな地震以降は沈黙を保っていた交信魔法へと……ついに待ちに待った反応が届けられる。


 その応答信号の出処とは……今更述べるまでもないだろう。

 現在地より遥か下方、地下およそ50キロメートル。紛れもなくの生存領域である。




――――『疑問』『あなた』『知能』『生物』『質問』


『……推定解釈。『貴公らは我々とは異なる知的生命体なのか』』



 私達が普段用いるような、完成された文章としてではなく……こうして抽象的なワードを遣り取りする程度が、今のところは精一杯なのだろう。

 そもそもが、コミュニケーションに言語を用いない種族なのだ。精度に不安と不満は残るが、それでもある程度とはいえ意思の疎通を図れるのは大きい。


 現状こうして、なんとか先方の言わんとしていることは理解できている。非常に良い傾向だ。



――――『複数』『わたし』『所持する』『混乱』『不安』『要請する』『理解する』


『……推定解釈。『我々は混乱していることを理解してほしい』』



――――『逆説』『宣言する』『否定』『戦闘行為』『加害行為』『保証』


『……推定解釈。『……しかし、我々に敵対の意志は無い』』



――――『要請』『共有』『情報』『希望する』


『……推定解釈。『詳しく話を聞かせてほしい』』



「………………なん、とか……なりそうか?」


「んゥ……肯定します。対象に大きな混乱や急激な体温上昇、確認しません。冷静であると判断します」


「体温数千度の奴が『冷』静とはな」


「スー! スー! かあさまが! かあさまがいじわる! スー!」


「悪かったって! 落ち着いたら何でも言うこと聞いてやっから!」




 ……とにかく。


 ファーストコンタクトに錯乱した彼らが大暴れする、という最悪の事態は……どうにか避けることができたようだ。

 それに、話が通じる相手だということも判った。理性的な相手で助かった。


 このまま何事もなく、平和に進んでくれれば良いのだが……そこは私達が気張るところか。

 落ち着いて、冷静に対処していこう。



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