第43話 全・地・解・析 3




 そもそもの話……スーが度々口にする『ΛD-ARKエネルギー』とは、いったい何なのか。



 まず大前提として、スーおよび彼女が所属していた異星文明とて、広大な宇宙の全てを解明したわけでは無いということ。

 彼女らの技術力をもってしても、未だ不明点が多いということを念頭に置いた上で……私の解釈を述べていこうと思う。




 この宇宙を構成する『物質』のうち、我々『地球人類』が把握している部分……これらは暫定的に『バリオン』と呼称される。


 地球や月や様々な天体を構成する岩石成分や、炭素を含め我々生物の身体を形作る全ての物質、果ては大気を構成する酸素や窒素に至るまで。

 おおよそ我々人類が観測し得る、ありとあらゆる全ての物質の総称『バリオン』。


 しかしこの広大な宇宙を構成する物質のうち、それら『バリオン』が占める割合とは……なんと、たったの4%程度に過ぎないのだという。



 宇宙空間、こと銀河系の外側においては、我々の思考の及びもつかない法則が支配する銀河系も存在するという。

 端的に言うならば『ΛD-ARKエネルギー』とは、その『我々の思考の及びもつかない法則』であるとも言えることだろう。


 一つの例で言えば……この地球が含まれる太陽系とはそもそも、中央に座す巨大な恒星『太陽』の持つ重力の鎖によって、星々は円周状の周回軌道を保つことが出来ている。

 しかしながら別の銀河系においては……その『重力』ではない『全く別の力』が、星々の巡りを司っているのが観測されたのだという。



 この宇宙は、そういった『我々には全く未知の法則』『未知の性質を秘めた物質』、あるいは『我々には知覚出来ない力』『観測不能なエネルギー』によって形作られている。

 我々は勿論、スーの出身地たる異星文明とて、未だそれらの全てを解析出来たわけでは無いのだろうが……そういった『未知の物質』がおよそ26%、『観測不能なエネルギー』に至っては、実に70%前後。

 それがこの宇宙を構成し、活動を続けるための構成要素の割合なのだという。





 字面からなんとなく察せられると思うが……件の『ΛD-ARKエネルギー』とはそれらのうち、我々には長らく知覚出来なかった『観測不能なエネルギー』に類する力である。


 銀河系の物理法則とは異なる、我々の想像を超えた現象を引き起こすエネルギーにして……広大な宇宙を成立させるために必要不可欠な力。

 これまでの人類史において、実際に観測されたことこそ無いながらも確かに存在しており、ときに生じる摩訶不思議な現象の原因と目され……それら混沌現象を引き起こす原動力となりうる要素。




 それは……そう、現代日本ならではの文化である創作物――コミックやノベルやゲーム等――に染まった我々にとっては、こう言われたほうが解りやすいだろう。


 ΛD-ARKエネルギーとはそれ即ち、宇宙空間に満ち溢れた『魔力』である……と。

 




『地底領域においての知覚手段、探知ならびに同種族間コミュニケーションを行うため、地上原生知的生命体とは異なり『ΛD-ARKエネルギー』送受信器官の発達を選択したものと推測致します』


「そいつらが活発にコミュニケーション取ったり……いや、ただ生存しているだけで、その『ΛD-ARKエネルギー』とやらは発生するわけか」


「んー、んゥー…………二酸化炭素、感知する動物がいます。赤外線を感知する動物がいます。……超好熱性生命体、同様に『他個体が発生させるΛD-ARKエネルギーを感知』を、相互位置特定の手段としていると推測します」


「なるほど、状況は解った。……つまり、なんだ。その超好熱性生命体とやらが存在する以上、例のエネルギーも発生し続けるわけで……魔物マモノが現れるのも止まらない、ってことか」


「……んゥー」『…………肯定致します』





 ちょっと、あまりにも理解の範疇を超える出来事が立て続けに判明したわけだが……とりあえず一旦落ち着いて、状況を整理してみよう。



 先ず最初に……現代の地球における公害の一つとされ、世界中で人々に被害を齎している魔物マモノの出現は、やはり例の『ΛD-ARKエネルギー』の集束反応が一因だという。

 どうやら人々の意志、中でも特に負の感情に対し、ある種の共振反応を見せるらしいΛD-ARKエネルギー……その集束反応が加速し、物質界に肉体を形成することで魔物マモノとして受肉する。こういう流れである。


 つまりは、魔物マモノ被害を根本から予防しようと考えるならば……『ΛD-ARKエネルギー』の発生源を断てば良い。



 しかしながら、それが限りなく困難であるか……もしくはほぼ不可能であるということが、我々がルルちゃんを投じて試みた実地調査により判明してしまった。

 その発生源とは、ヒト種など到底太刀打ちの出来ないであろう上位生命体。おまけに潜んでいるのは地中深く、人類未踏の領域であるマントル層と目される。


 足を踏み入れることさえ困難、長期間の行動など絶望的、かつ探査範囲は地表の海の何十何百倍もの広さである。

 しかも……かの生命体とて単独であるとは限らず、むしろ種族全体が発生源なのであろう。根絶ねだやしにするなど出来よう筈が無い。



 地底領域を司る高次生命体……彼らと種の存続を賭けた大規模交戦などが勃発すれば、人類どころの騒ぎでは無い。

 彼らによってマントルの対流が加速されれば、地球上ありとあらゆる箇所で火山が荒れ狂い……遠からず地表そのものが死滅するだろう。




「…………私らは……行けるのか? マントル層へは」


『…………到達そのものは、不可能では無いと判断致します。揚星艇キャンプ表層耐熱機構は、ある程度の耐熱性能は確保して居りますが……』


「んゥー…………長時間の活動、放熱系統に支障をきたします。過熱オーバーヒートにより各機能、特に跳躍転送機能に支障が生じた場合、帰還が不可能となる恐れ、あります。……それと、ワタシたちの表皮有機細胞、高熱で変質する可能性、です」


「…………討伐しに行くのは……現実的じゃない、か。……どうすりゃ良いんだよ……」


「……んゥ」「…………うー」




 無論、これまで通り対処療法的に立ち回るのであれば、然程の問題も無い。

 集束深度レベルⅢは勿論、稀に生じるレベルⅣ程度であれば、どれ程押し寄せて来ようが私達の敵ではない。


 ……やはり、いっそのこと『根本的な解決は不可能』と割り切ったほうが良いのだろうか。

 疲れ知らずの身体、無尽蔵の動力を持つ私達が……いつ終わるともしれぬ魔物マモノとの戦いに、この身を投じ捧げるほうが、幾らかは現実的なのだろうか。



 そちらへと思考が傾きつつあった……そのとき。

 眼前でぺたん座りしていたディンが、唐突に顔をしかめて胸を押さえる。



「ん゛ゥっ!」


「ディン?」



 まさか急病か発作の類かと身構えた私だったが、そもそも私達アンドロイドが体調不良など起こす筈が無い。

 エラーや故障は有り得ないことも無いが……百年二百年経ったならまだしも、まだまだ産まれたての〇歳児である。


 実際のところその原因とは、彼女の挑発的なところに仕舞われていた通信機器スマホの『ぶるぶる』であったらしい。

 高感度センサー群が集中してる部分を『ぶるぶる』されたので、思わず声が出てしまったようだ。



 ……なんでそんな所に仕舞っているのかと、以前問うたことがあったのだが。

 なんでもスーの補足によると、動力炉から伸びる主要給電バイバスが近くを走るならば、電磁誘導に適した磁場環境が整っているらしく……まぁ要するに、なんと非接触給電が出来るらしい。



 話が逸れたし目線も逸らしたが……私達の中での対外スマホ担当であるディンが画面を確認し、その可愛い顔を綻ばせたことで、悪いしらせでは無いと判った。

 私は特に身構えもせず、軽い気持ちで『何だった?』とディンに確認を取ったのだが。




「んゥー! ランチしたい、お誘いです!」


「何だ、っ…………あぁ、例のか」


「あいっ! カレンおねえちゃん、ランチのお誘い! ワタシは要請受諾を提案します!」


「カレン……【宝瓶アクアリス】か。珍しいな。今回は何か言ってたか?」


「あいっ! 文面要約……カレンおねえちゃん、ワタシたち『ルルちゃん』質問事項を提示しています。ワタシたちは情報提供を行い、また情報提供を要請すべきと判断します」


『ディンの提案に同意します。我々はまだこの国家が有する調査能力の全容を把握して居りません。……我々の知り得ぬ情報により、状況の打開策が提起される可能性は否定出来ません』


「…………わかった。応じよう。スケジュールは先方に合わせるって伝えてくれ」


「あいっ! ……えへへぇ〜〜」




 ……そうだ。自分達で打開策が見つけられないのならば、知人の知恵を借りれば良い。

 そのとき私はそう思い、軽い気持ちで『ランチ』とやらに同意したのだったが。


 いや、まぁ結果として……彼女らに知恵や人脈を借りること自体は、幸いなことに出来たのだが。




 完全に交流をエンジョイしきっているディンや、ある程度耐性がついた私だけならまだしも……全く免疫の無いにとっては。

 やはりというべきだろうか…………どうやら、結構な負荷だったらしい。



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