第44話 全・地・解・析 4




 先日の一件、ルルちゃんを連れ出しての環境調査に赴いた際、もしかするとお理解わかり頂けたかもしれないのだが。

 ……白状しよう。私達はズバリ『食事』という行為が好きだ。



 異星技術の粋を結集し、ヒトの『味覚』をしっかり再現されたこの身体機体

 たとえ生命活動には全く必要無いのだとしても、その魅惑的な刺激は私達にとって、変化に富む日々の象徴でもある。


 地域ごと、店ごと、ともすると調理者ごとに異なる複雑な味わいは……どれ程手広く堪能しても、決して飽きることは無い。

 充分すぎる余暇が手に入るようになった代わりに、暇を持て余しがちな私達には、それの刺激は大層魅力的なものとして映っているのだ。




 ……っとまぁ、そんなわけで。


 私達以上に現地情報に詳しい魔法少女ヒトから、こうして定期的に『オススメ』の店を紹介して貰える催しというのは。

 たとえその代わりに、私達のことや近況について色々と訊かれる場であったとしても。


 わざわざ口や態度に出すつもりは無いが……はっきり言って、非常に楽しみなのである。





「今回の店はオレ様のイチオシなんだが……どうだ? アルファちゃんよ」


「………………まぁ……悪くなかった、な」


「ラシカ料理は初めてだったか? ココのはなかなか日本人ウケする味だろ? ……まァつってオレ様も日本人舌なんだがな」


「んゥ〜〜! さくさく、こもこも、れるれる、とても美味しい、所感を共有します!」


「『こもこも』で『れるれる』か。特徴的な感想だなぁ、ディンちゃんは。…………んで……あー、なんだ。……そっちの」


「『ステラ』だ。『スー』で良いぞ」


「……あァよ。……スー、ちゃんは…………悪ィ、口に合わなかったか?」


「そんなことは無い。……心配するな、ちゃんと喜んでる」


「そ、そう…………なのか?」




 月に一回程度のペースで届く、魔法少女達からの『ランチ』のお誘い。

 毎回毎回担当者プレゼンターを変え、こうして様々な味を堪能させて貰えるというのは、退屈しがちな私にとって非常に嬉しい申し出だったりする。

 今回の担当者は、東北管区所属の二名らしい。例の海上決戦からこちら、度々世話になっているカレン……もとい【宝瓶アクアリス】と、噂には聞いていたが直の対面は初となる【磨羯カプリコン】である。



 そんな場に私達は、満を持して(健気にも抵抗を試みる)スーを(半ば無理やり)同行させた。

 彼女に合わせた衣類の調達を近々相談しようと考えていたので、『遅かれ早かれというヤツだろう』『相手が二人ならまだ気が楽だろう』と連れ出したのだが。


 彼女自身の身体を手にしてから、初めてとなる『お出かけ』は……どうやらスーにとって、驚きの連続だったらしく。

 感情表現が苦手な筈の顔を、控えめながらも『驚き』に染め、微笑ましいリアクションを見せてくれていた。



 私達と同系統の身体機体に、私達と同様に再現された『味覚』感覚器を、こうして正常に動作させ。

 盗み見るような遠隔無人機ドローン越しの視覚では無く、その身に直接向けられる他者からの注視を浴びて。


 私達よりもひと回り小柄で、口数も少なく、感情表現に乏しい身体機体を与えられた少女スーは。

 機能を削減オミットされた上に、彼女にとっては不慣れ極まりない……不要であると判断したはずの『発言』という行為に臨み。




「………………おぃ、し。……ぁい、が、とぉ」


「…………そっか」「…………へへっ」



 他の何モノの力を借りることのない、彼女自身の言葉で……はっきりと『お礼』を口にする。

 先日の主張を自ら撤回し、わざわざ言葉で感想を告げようと思う程には、彼女にとっても革新的な体験だったらしい。




(ふふっ。……えらいぞスー。満点だ)


『んへへ〜〜! スーは極めて『良い子』であると所感を抱きます! 拠点帰還後に『だっこ』を提案、ワタシは約束します!』


『…………うぅ……恐縮、に御座います』




 それにしても……待ち合わせ場所の座標に現れた私達の姿を目にしたときの、彼女達のリアクションといったら。

 失礼かもしれないが……その、元々どちらかというと『賑やか』な性格に類するであろう彼女達である。なかなか良い反応を見せてくれた。


 まぁしかし、それもまた仕方の無いことか。

 これまでその存在など全く匂わせていなかった三人目が、ある日突然知らぬ間に増えていたのだ。……それは確かに度肝を抜かれるかもしれない。

 ましてやそれが、明らかに人馴れしていない十歳そこらの幼子であれば……彼女らの混乱は、尚のことだろう。




「……ホントなら噂の『お犬様』の話、聞かせて貰えねェかなと思ってたんだが……それどころじゃ無くなったァな」


「別に訊かれりゃあ答えるぞ。特に隠すことも無い」


「あー、いや、まぁ、そらァ嬉しいんだが……せっかくだし先にこっちの……『ステラ』ちゃんのことを知りたくて、だな」


「構わない。そのために連れて来た。……本人はギリギリまで渋ってたがな、近々服を買いに連れ出さなきゃと思ってたし……そのためにも他人ヒト慣れしとかなきゃならんだろ」


「はぁー…………なるほど、ファーストコンタクトに私らを選んでくれた、と。光栄なことだ」


「そんな大袈裟な」



 今回スー……もとい『ステラ』を連れてきた理由は、今後に向けた布石の意味合いが強い。

 もちろん、スーに『ヒト慣れ』させることも目的の一つではあるのだが……近いうちに【神兵】エモトさんに衣料調達の協力を打診するために、魔法少女達にこの子の存在を明かすこと。そちらのほうが主目的と言える。


 とはいえ彼女ら魔法少女達は……いささか度し難いところではあるが、どうやら私達の情報を得ると喜んでくれるらしいのだ。

 ならば特ダネであろうスーのお披露目は、少なからず喜んでくれるのではないかと踏んだのだが……二人の魔法少女の様子を見るに、少しばかり衝撃的過ぎた様子である。難しいところだ。



 ともあれ、私が述べたことは事実であり、スーの対人リハビリに協力して貰えるのは非常にありがたい。

 聞くところによると……まだ日本語や日本での生活にぎこちなさが残るシシナも、慣れ親しんだ母国語を扱える魔法少女に色々と相談に乗って貰えているらしいのだ。


 逃げ回る必要が無くなり、むしろ良き隣人として振舞ってくれるのならば……こんなに心強いことは無いだろう。




「…………もしかして、だが……シシナが世話になってる、ラシカ出身の魔法少女って――」


「あァ、オレ様で間違い無いと思うぜ。父が日本人でな、初等部入学からはずっと日本に居るんだが……まァ言語くらいなら、な」


「……………………あの、不躾な質問なんだが……」


「高等部2年。オレ様ァ『覚醒』が初等部3年だったから……かれこれ8年? いや9年目か?」


「ククク……ッ。いやぁビビるわなぁ。どう見ても現役初等部だもんよォ、リュドミラちゃんは」


「ほざけ、カレンちゃんも似たり寄ったりじゃねェか。少なくとも高等部にはとても見えねェよ」




 言葉遣いや態度こそ荒っぽく、見た目と全くそぐわない少女ではあるが……執行時における相方であるらしい【宝瓶アクアリス】同様、非常に面倒見の良い性格であるということを私は知っている。


 軍門に降ったとはいえ、ほんの数日前までは敵対していた組織に頭を下げ、遠い異郷の地にて再出発を余儀なくされたシシナにとって……慣れ親しんだ母国の言葉は、どれ程の安心感を与えたのだろう。


 挨拶に赴いた際に声を掛けられ、まだ日本語に不自由が残るシシナの相談役を自ら買って出たのだという【磨羯カプリコン】の魔法少女。

 そんな裏話を事前に耳にしていれば……たかだか言動が個性的である程度で、彼女に対する好感が揺らぐことは無い。




 ……しかし、そうか。

 もし『安心』からは程遠い状況であっても……慣れ親しんだ言葉で話し掛けられれば、こうして大きな安心感を得ることが出来るのだ。




「…………私も……奴らの言葉で対話できればなぁ」


「んあ? 通訳か何か探してんのか? ラシカ語なら助けになるぞ」


「なんだなんだ? 任せとけ、私も英語ならちょっと出来るぞ」


「気持ちだけ頂いておく。……申し出はありがたいが……私が対話を試みたいのは、ヒト相手じゃ無い」


「…………あぁ、なるほど。お犬様か」


「はぁーん、そういうことか。オーケーオーケー、ちょっと相談してみっか」


「いや別にそういうわけ………………待て、どういうことだ? 相談、って……どういう意味だ?」




 呆気に取られる私の目の前、一体何がそんなに楽しいのか、魔法少女二人組は歯を見せて『ニカッ』と笑い。


 ここ数日、私達が探し求めていた道標を……あっさりと指し示してみせた。




「ワンコとかニャンコとか、言葉を使うヒト相手でも、意思の疎通が出来る『魔法』……それを扱える人に、相談してみようかなって」


「私らの伝手ツテでアルファちゃんらが喜んでくれるってェなら、そら安いモンよ」




 ヒト以外の、そのものズバリ『言葉を用いない生物』と意思の疎通が行える手段。

 まさかそんな常識外な、文字通り『魔法のような』解決策が飛び出てこようとは……予想だにしていなかった。





 なお……このときの私とディンは、絵に描いたような『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』だったらしく。

 気がついたときには【磨羯カプリコン】に、イタズラっぽく『イイ表情撮れたわ』などとからかわれ、しかし【宝瓶アクアリス】には『ちゃんと消させっから』と謝られていたわけだが。


 『別に写真データ消さなくて良いから紹介してくれ』と頼み込んだ私の言葉に……今度は彼女ら二人が、それはそれは見事な表情を見せてくれたのだった。







――――――――――――――――――――







『艦長ニグ。艦長ニグ、味覚刺激の摂取は多幸感を齎し非常に有意義な行為であると、ワタシは統合的に判断致します。ヒト種における味覚刺激メンタルパルスパラメータの相互関係調査にあたり、ワタシは引き続き当該行為の継続的な運用を希望致しま――』


(お、おぉ……わかったから落ち着け。ラシカ料理だけが食事ってわけじゃ無ぇんだぞ。もっと色んなモン食わせてやるからよ)


『非常に、非常に魅力的な提案であると判断致します』


(…………ふふっ)




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