国家指定対災調査員事務局 関東第一支部内 某会議室




「す……すみませんっ! あのっ、おっ、遅くなり、あのっ、……お待たせ、しまし、たっ!」


「気にするな、お疲れ【神鯨ケートス】。……よし、全員揃ったか?」


「まだ跳兎ウサちゃんが戻っとらんよ」


「はぁ!? 何でだ!? ウッソだろさっきまで居ただろ行きやがったあいつ!? オイ【導犬マイリア】!」


跳兎さなちゃんはお説教だよお。進路希望調査の書類、先週までのまだ出してなかったんだって、金城さんに怒られてるの。金城さんも『近畿支部行く手間省けた』って言ってた」


「……あぁ、そ。…………後で共有してやれ。始めっぞ」


「「「「はぁーーい」」」」




 この世界に受肉を果たし、災いをもたらす『混沌』の存在である『災魔』。

 その対処を主任務とする国家指定調査員、俗称『魔法少女』。

 そんな『魔法少女』達の職場にして、詰所にして、司令部にして、溜まり場でもある多目的拠点……通称『アトリエ』。


 首都東京を管轄エリアとする関東第一支部、所属の魔法少女達が予約制で自由に使えるミーティングルームにて、とある会合が開かれようとしていた。



 能力も、年齢も、居住地や学舎や所管でさえも様々な、総勢9名……いや1名離席につき8名の少女たちが、こうして顔を合わせ。

 彼女たちの日常に少なくない影響を与えている事象について、こうして話し合いの場が持たれているわけだ。



 様々な垣根を超えた非公式な会談、その議題とは……ほかでもない。

 日本国の守護神にして、魔法少女達の心の拠り所である、強力無比な魔法少女【イノセント・アルファ】とその一味……彼女達の近況に関しての報告と、方針の相談であり。



 ……まぁ、早い話が『おっかけ』の情報共有なのである。





「んじゃァ早速だが……【神鯨ケートス】と【磨羯カプリコン】に、調貰った結果な。……まぁー『やはり』というか……くだんの『シシナさん』によく出入りしてるみたいだ。そうだな?」


「は、はいっ」「おうよ」


「ちょ、ちょっと!? ……あの、さすがにプライバシー侵害とか……迷惑行為とかしてないですよね? 魔法少女がストーカー行為なんて、ホント笑えませんよ?」


「そこんトコぁ大丈夫よ。オレ様ちゃーんとシシナねぇさんと直メッセしてるし、共有の許可は貰ってる。合法よ合法。安心しな優等生」


「わ、わたしも、っ! ……シシナさん、おしごとで、お邪魔するときある、ので……直接、お会いした……です」


「二人の言う通りだ。法に触れるような事ァ勿論、疑わしいような行為も取って無ェ。……さすがにな、私もその辺はわきまえてらァよ。なァ?」


「あァよ。シシナねぇさん、日本語まだ不慣れみたいでな。やっぱラシカ語の方が楽みてェでよ、何気にオレ様SNSメッセり取り多いンだぜ?」


「…………わかりました。すみません、話の腰を折って」


「いや、私の言い方も悪かった。じゃあ続き……ってかまァ、詳しくは『お手元の資料見てくれ』って感じなんだが……【磨羯カプリコン】」


「ホイきた」




 会合参加者に配られた資料には、二人の魔法少女の手により(※本人らの同意のもとで)得られた情報に加えて、ここ最近のネット上を騒がせている『そのテの情報』が一纏めに、判りやすく記載されている。

 房総半島南端に居を構えた知人宅での、穏やかな余暇のひとときから……首都圏に程近い山中の温泉地での、微笑ましい目撃証言に至るまで。



 そんな資料を纏め上げたのは……業務において議長アクアリスの相方を務める、そこはかとなく粗野な言動の少女。

 日本人離れした艷やかな金髪と青い瞳を持ち、小柄で幼げな容姿ながら母国ラシカ語に加えてC言語をも嗜み、執行の際には長槍の星装【アルシャト】を振るい前衛を務める、見た目にそぐわずベテランに類する猛者。


 相棒アクアリス同様の黄道十二門が一柱、牧羊神の権能を頂く【磨羯カプリコン】の魔法少女である。




「…………さて、じゃあオレ様から。ご存知のヤツも居るだろうが……ご覧の通り、我らが姫様が『お犬様』を飼い始めたらしい。目撃地点はまだ一箇所だが、目撃証言の数が半端無い。……信憑性は高いだろうよ」


「ええなぁ、かぁいいなぁ。やっぱ最近なんかなぁ? 飼い始めた言うんは」


「じゃないかなぁ? 私は今まで聞いたこと無かったし……みんなは?」


「私も今回のが初耳だな。まぁ私らがこれまで知らなかっただけ、って可能性も勿論だが」


「うぅー……いいなぁ、わんちゃん……」




 【アルファ】たちが普段どんな生活を送っているのか、ペットを飼うにしても何処を拠点としているのか。そんなことは当然、知る由もないが。

 こうして見るその姿、妹や愛犬と微笑ましく過ごすその様子は……とても穏やかで、温かいものに見える。


 今となっては遠い昔のことのようにも思えてしまうが……全くサイズの合っていない長袖シャツを身に纏い、着るものの調達にも難儀していた様子でありながら、生意気にも強がってみせた頃のことを思い出し。

 この場の数名……特に【神兵パーシアス】と【星蠍スコルピウス】や【麗女カシオペイア】【護竜ドラコニス】のあたりは、感慨深そうに目を細めていた。



 ……しかしながら、本日の会合の目的。それは単なる『近況の確認』では無い。


 そもそも白銀の魔法少女【イノセント・アルファ】とは、今や魔法少女達の中で知らぬ者が居ない程の有名人である。

 彼女を慕う者、そして彼女との邂逅を望む者は、当然ながら非常に多い。


 ある子は深い感謝の心を抱き、またある子は憧憬の念を抱き、また別の子らは様々な欲求を抱え……各々が様々な思惑を秘め。

 以前は魔法少女達がこぞって、どうにか『アルファちゃん』とお近づきになろうと躍起になっていたのだが……いかに魔法少女達の守護者とて、それ以前にれっきとした一人の人間である。



 ほかでもない【イノセント・アルファ】とその一味の平穏な生活は、決して脅かされるべきでは無い。

 いかな思惑があろうとも、恩人である彼女らに迷惑が降り掛かることなど……魔法少女達の中でもそれなりの立場にいるこの場の者達にとって、到底看過できるものでは無い。


 この場に集った魔法少女達は、そういった経緯で活動している者たちであり。

 そしてその『活動内容』とはずばり、【イノセント・アルファ】とその一味に関する情報を(彼女らの権利を侵さない範囲で)共有し、自分たちも含め魔法少女達の『ガス抜き』を図る……といったものであり。



 …………まぁ、敢えて俗っぽい言い方をするのならば……早い話が『ファンクラブ』幹部の会合なのである。





「つい最近なのか、だとしたら切っ掛けは何だったのか。もしくは前々から飼ってて、最近になってお披露目してくれるようになったのか。……その辺もで訊いてみてぇトコなんだよな。……担当は誰だ?」


「えー、前回が関東やったし……東北? それこそ【宝瓶アクアリス】んとこやないの?」


「おうよ。なんならオレ様だけで行っても良いんだぜ? 相棒」


「おいコラ磨羯リューダふざけんな、私も行くに決まってんだろ。…………あー、うん。オーケーオーケー任せとけ。他に何か訊いときたい事あるか?」


「……写真何枚か貰いてぇよなぁ。出来ればお犬様と一緒のヤツ」


「ちゃんと衣替えとか出来てるんですかね……着るもの困ってないですかね……」


「はいはい! あたしまた会食ファンミやってほしい! わんこと一緒がいい!」


「うぅーん……さすがにそれは欲張りさんじゃないかなぁ……? わんこ同伴できるスイシャンとか無いだろうし」


「おねだりするにしてもやろなぁ。……まぁアルファちゃんが許可してくれたら、やけども」




 この会合、通称『いのせ会』の主な活動内容は、大きく分けて二つ。

 一つは、接触の機会が限られる他魔法少女向けのメールマガジン――通称『アルファタイムズ』――の発行。

 そしてもう一つは……【イノセント・アルファ】およびその一味に対する、交渉窓口としての側面。

 

 どちらにせよ、多分に【アルファ】らの厚意に甘える形であることに間違いは無く、『いのせ会』の面々もそこは自覚しているのだが。

 一方で【神兵パーシアス】や【星蠍スコルピウス】を筆頭に、『恩返し出来ることがあったら何でも力になる』ことを先方にも伝えさせて貰っており。


 実際、何度か相談事を持ち掛けられた実績もあるにはあるので……多分に『持たれつ』の部分が大きいにしても、持ちつ持たれつの関係を構築することが出来ている。

 彼女たちはそう捉えており、実際少なくない手応えを確かに感じているのだ。




「前回私達がそれとなくお聞きした限りでは、会食ファンミーティングそのものは前向きに検討してくれるとのことでした。ディンさんがかなり積極的みたいで……まぁ私はディンさん接近禁止令出されたままですけど」


「だから、それは神兵みれいが悪いって。……アルファさんがディンさんのこと大事にしてるの、分かるでしょうに」


「ご、誤解なんだって……! アンダー測るときにちょっと持ち上げただけで……やましい気持ちなんて無くって……」


「ククククッ。……本当か? 本当に? 【ディスカバリー】の乳を支えたんだろ? 少しも嬉しく無かったってのか?」


「………………ちょっとだけ」


「はい有罪ギルティ」「美怜みれい……」「やむなしやな」「えっちだぁ」「堪能してんじゃねェか!」「わ、わぁ……」「あらあらあら」


「そ、そんなぁ」




 ……ともあれ。


 魔法少女たちの暴走を防ぎながらも程良くガス抜きを行い、また彼女らの欲求を少しずつ叶えてやりながら、肝心の【アルファ】一味の手助けをする。

 当然、通常業務とは異なり手当も出ず、プライベートを捧げる活動ではあるが……この場に居合わせた魔法少女達は、それを重荷になど感じていない。


 初期の頃よりも態度を軟化させ、ことあるごとに相談を持ちかけるようになって来て、積極的にコミュニケーションを取ることが出来るようになった。

 強く、可愛く、心優しい【アルファ】達の力になれることを……日頃の恩返しができることを、心から嬉しく感じているのだ。





「…………っと、まァ今日のトコロはこんなモンか。んじゃ【護竜ドラコニス】、悪いが」


「はあい。議事録と、あと念のためボイスメモ取ってあるから、後で文字起こしして送っとくねぇ」


「毎度すまん、助かる。……【磨羯カプリコン】」


「おうさ。例の件もはバッチリ、次の『タイムズ』も期待しとけって」


「期待してるぞ。必要なモノがあったら遠慮無く言え、もしくは領収書切って来い。……あとは……【星蠍スコルピウス】」


「…………まぁ、一応ディンさんにもそれとなく聞いてはみますけど……あんまりプライベートを詮索したく無いですし、期待しないで下さいね」


わかってら。定期的に会えるルートは有り難いからな、つまらんコトで機嫌を損ねたか無ェ。……んじゃ、そんなワケで……何かあったらSNSメッセ飛ばすからな。ンじゃ解散」


「「「「おつかれさまー」」」」




 良き隣人として振る舞ってくれる白銀の魔法少女たちと、今後とも良い関係性を維持していけるように。


 自分達が『おっかけ』であることを自覚している魔法少女達は、その立場を弁えながらも双方にとって良い結果となるよう、知恵を絞り行動計画を立てていく。



 上司のその上の方々からは、『決して機嫌を損ねるな』だとか『可能であれば譲歩を引き出せ』などと、面倒な指示が幾度となく降りてくる。

 初期段階での対応が杜撰すぎたために、その立場を悪くした彼等である。今や【イノセント・アルファ】と直接の交渉に臨めるのは、自分達『魔法少女』だけなのだ。



 ……所属組織の立場上、口には出せないが……『いい気味だ』と、彼女達は少なからず感じている。

 大切な『アルファちゃん』のことを勝手に決めたり、利用しようなどと考える輩が直接交渉出来ないことは、はっきり言って『ざまぁみろ』とさえ感じているのだ。




「……忘れモン無ェな。んじゃ【神鯨ケートス】、頼む」


「は、い……っ。……まず、東北、の……皆さん、から」


「いつもあんがとよ【神鯨ケートス】。今度また特集動画作ったるからよ」


「…………えへへっ」




 会ったこともない大人達の言う要望など、自分達には関係ない。

 気心の知れた仲間達と共に上手いことやり過ごしつつ、何よりも『アルファちゃん』への恩に報いるため……これからも悪巧みを続けていくだけだ。





――――――――――――――――――――





『いのせ会』幹部(東北管区所属組)


【カプリコン・フォグブルー】

磨羯宮『山羊座』、小柄な体躯ながら二叉槍を振り回すインファイター。高等部所属。

粗暴な言動が目立つが、結構なギークでインドア派。投稿した解説動画シリーズはそれなり以上に好評の模様。

儚げな容姿に似合わぬ口調その他は『まー相棒の影響だァな』と吹聴し憚らない。


【アクアリス・グレイシャー】

宝瓶宮『水瓶座』、流水と海嘯と氷結を駆使する術者型の後衛魔法少女。高等部所属。

口は悪いが面倒見が良い。よく纏め役を自ら買って出ては、悪態を吐きつつ完璧に遣り遂げる。マゾなのかな。

相棒の言動に関しては『ふざけんな私あんな酷か無ェぞ』と容疑を否認している。



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