第40話 悠・々・平・穏 8
「………………えっと、あの……ディンさん」
「んゥー、まだです! ワタシはのんびり喫食することを宣言します!」
「そっかぁ…………うまいか?」
「あいっ! かあさま、かあさまにも共有、おすそわけ! はい、どーぞ」
「いやあの、その、周りの目が…………いえ、ハイ。何でもないです。……頂きます」
「んへへェ〜〜〜〜〜〜!!」
近場の牧場から直送されたミルクをふんだんに使用し、たまごの色味と風味も特徴的な、この観光地の名物らしいソフトクリーム。
本日
人通りの多いフードコートのテラス席で、そんな光景が繰り広げられていれば……そりゃ人目を引かないわけが無かった。
「かあさま、かあさま! おいしいね!」
「…………そうだな」
「んへへ~~~~!!」
私の気のせい、というわけでは無いのだろう。先程からあからさまに増加傾向にある注視を微塵も気にする素振りを見せず……可愛い我が娘は幸せそうに、小さな匙を運び続ける。
向けられ続ける視線と
「かあさま、かあさま。ワタシつぎ『濃厚チーズケーキソフト』を要求します!」
「…………仰せのままに。お嬢様」
「あいっ! …………んへへぇ」
私が口走った『何でも食わせてやるから』を、言葉通りまっすぐに受け取ったお嬢様は……照れたような笑みを浮かべながらも、まだご満足なさらないご様子なのである。
カレーやら定食やら麺類やら、バラエティ豊かな品揃えで待ち受けるメニューの中で、我らがディンお嬢様は一切の躊躇なく甘味を選択。その後おかわりを繰り返し、今に至るというわけだ。
確かに私達は、生命維持のための食事を必要としない。
摂取したものは最終的に消却処分されるだけなので、必須栄養素やら栄養バランスやらを考える必要は全く無い。
栄養の偏りで体調を崩すことも、不摂生で肌や体型が劣化することも、一切有り得ないのだ。
そのため『食べる』行為に臨む場合は、そのままの意味で『好きなもの』を食べ続けることが出来てしまう。
つまり我らがディンお嬢様、最近のマイブームはずばり『アイスクリーム』というわけで、ここぞとばかりに『特製黄金たまごソフト』をリピっているわけで……4つ目にしてようやくの味変、どうやらまだまだご所望らしい。
まぁとはいえ、元々が自ら撒いた種である。彼女らがフィールドワークに臨んでいる間に、私一人で名物を堪能していたのは事実なのだ。約束を反故にするつもりは無い。
私の膝上に上半身を載せてリラックスしていた『ルルちゃん』の背中をポンポンと叩いて起こし、私はリードを握ったままカウンターへと向かっていく。
大きく屋根が張り出したフードコートはタイル敷きの半屋外スペースとなっているため、ペット同伴もオッケーなのだとか。
生来のニコニコ笑顔で私の脚に身を擦り寄せてくるルルちゃんを器用に躱し、私は注文カウンターへと到達。
笑顔が眩しいスタッフへ、お嬢様のお申し付け通り『濃厚チーズケーキソフト』を注文し、スマホのコード決済でのお支払いを済ませる。
(まーったく……悪いなスー、ディンばっか食いたいもん堪能してて。……お前も食えるメニュー、何かありゃあ良いんだけどな)
『ご心配には及びませんご主人! ワタシは喫食物の経口摂取よりも、ご主人による『なでなで』行為によって満足感を摂取しております!』
(そ、そう……なの?)
『左様でございます! ですのでワタシのことはお構いなく、どうぞディンの要望にお応え下さいませ! ワタシはその間、ご主人の『おひざ』と『おてて』を堪能させて頂ければ幸いでございます!』
(お、おう。…………なんか、すまんな)
『いえ! お心遣い有難うございます!』
そうこうする間にスタッフの手元へと『濃厚チーズケーキソフト』が姿を表し、私は若干背を伸ばしてそれを受け取る。
感謝の言葉を述べると、何故かそれ以上のトーンで同じく感謝の言葉を返され……私は疑問符を浮かべながらも引き返し、お嬢様の待つ元居た席へと戻っていく。
肝心の我らがお嬢様はというと……ちょうど三つ目のコーンを堪能しているところのようだ。さすがのペース配分である。
リスかハムスターのように両手でコーンを口元へ運び、パリパリと齧り付くその様子は……身内贔屓を差し引いても、非常に愛らしいと思う。
「はい、お待たせ」
「んゥー! かあさま、ありがとう! だいすき!」
「奇遇だな。私も大好きだぞ」
「きゃ〜〜〜〜〜〜!!」
……正直なところ、前世の私など足元にも及ばぬ程の収入を、私達は
ソフトクリームの四つや五つ、たかだか数千円でこの子が幸せな顔になれるのなら……その費用対効果は抜群と言って差し支えないだろう。
気になる調査結果のほうも、現在は母艦の制御中枢に取得データのアップロードを済ませ、統合管制思考のスーが絶賛解析中である。
採取した気体構成情報に三次元地形図を付与、更には
末端とはいえ、スーの意識を宿した『ルルちゃん』をひたすらに撫で回し、存分に労うこと。それが今の私に出来る、この働き者への返礼なのだろう。
それに……どうやら『ルルちゃん』は、随分と欲求に素直な性格のようだ。スーがここまでオープンに振る舞えているのも、この子のフォローのおかげということか。
自己主張がまだまだ苦手な管制思考には、これくらいで丁度良い。
ことあるごとに『なでなで』や『だっこ』をせがまれるくらい、褒美のうちにも入らない。……もっと色々と欲張ってほしいものだが。
そのあたりの、スーを多角的に労う作戦に関しては……私とディンが画策している『悪だくみ』にて、存分に試させてもらおうと思う。
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