第39話 悠・々・平・穏 7




「…………さて、こうして久し振りにわけだが……」


『申し訳、ございません……艦長ニグ』


「いや…………大丈夫。スーは悪くない。私だって何も疑問に思わなかったんだ、責められるべきは私のほうだ」


「んゥ……かあさま、ざんねん。よし、よし、いいこいいこ」





 当初の予定通り、スーは新型である『イヌ』型探査機のロールアウトを無事に完了させた。

 ふわふわの可愛らしい出で立ちの中に凛々しさをも秘めた、三角耳と伸びたマズルが特徴的な犬種。こともあろうに私自身が『現代日本を闊歩してても違和感無いだろ』との理由で裁可したその姿は……しばの成犬。


 例によって、我が家の名付け親ディンによって授けられたその名は……ルルちゃん。

 なんでも名前の由来は『くるくるしてるから』とのことで、その独特かつ微笑ましいネーミングには毎度ながら恐れ入る。




「……まぁ、なんだ。こうなってしまったものは仕方無い。元々の目的はあくまでも、大気成分の分析と環境調査なんだろ? ……諜報分野はもう、ミミちゃんやススちゃん達に任せときゃ良い。適材適所ってやつだ。ルルちゃんはソッチはスッパリ諦めて…………現状を、受け容れろ」


『…………艦長、ニグ……』


「………………我慢出来ないんだろ? 正直」


『…………は、い……っ』


「もう良いもう良い。素直になれ。……それじゃディン、後は頼む」


「あいっ! ルルちゃん、ルルちゃん! ワタシがおさんぽ! よっしごーー!!」


『わああああああい!!』




 真新しいリードを靡かせ、はつらつとした白銀色の少女が元気いっぱいに駆けてゆき。

 その傍らには、灰白色の首輪を嵌めた柴犬『ルルちゃん』が、これまた大層嬉しそうに芝生広場を駆け回る。


 ネコちゃんたちとの『お散歩』とは一味違う、今日は元気いっぱい活動的な『お散歩』である。

 リードを握るディンは、さも嬉しそうに心からの笑顔を周囲へと振り撒き……まぁことは当然といえば当然なのだが、現在非常に人目を惹いてしまっている。……そりゃそうだろうな。




 ……そもそもルルちゃんが誕生する切っ掛けとなったのは、先述のとおり『気体成分分析による環境調査』を行う必要が生じためである。

 私が『趣味』探しの一環として足を運んだ温泉地にて、スーが検知した微弱な反応……にわかには信じ難いその計測結果に信憑性を見出すべく、より高度な感知能力を持った探査機にて再調査を行おうと画策したわけだ。


 これまでの『新型自律探査機』ラッシュに慣れてしまっていた私は、特に疑問に思うことも無く【Λχイヌ】型の生産にゴーサインを出したのだが。

 そのときには、確かに『日本でよく見かける犬種なら怪しまれないだろう』『首輪を付けておけば野犬とは思われないだろう』などと考えていたし……そのときには、その考えに疑問を感じることも無かったが。



 しかしながら、実際にその場面に直面してみると……どうだ。

 たとえよく見かける犬種であろうと、たとえ首輪を嵌めていようと、となれば……そもそも警戒されないわけが無いのだ。


 ……ネコとは違うのだよ、ネコとは。




(…………スー、調査は忘れるなよ?)


『はいっ! お任せ下さいご主人! …………いえ……艦長ニグ』


(あー気にするな。下手にストレス抱える必要は無い、ありのままの『ルルちゃん』で良い。……そのほうがディンも、私も喜ぶ)


『肯定します! 元気いっぱい活発のルルちゃん、感情パラメータ『歓喜』を認識。ワタシも同様の所感を抱きます!』


(……だ、そうだ。ウチの可愛い娘と遊んでやってくれ)


『…………はいっ!!』




 このあたりの一帯は非日常的な風景が拝めるスポットということもあり、例の噴煙地帯周辺も含めて観光地として整備がなされている。

 また活発な火山活動を利用した温浴施設や、名物の数々が取り揃えられ、年間を通して賑わっているらしい。

 市街地からは遠く離れた山の上、しかも平日であるにもかかわらず……当該観光地にはそこそこの人の視線が張り巡らされている。


 それらを掻い潜れるピンポイントでの計測で済むならまだしも……広範囲を計測するため練り歩くとなると、やはり『飼い主』不在は宜しくない。

 ならば私が『飼い主』役を拝命しようかと思っていたら……『わんことお散歩!』と駆けつけたディンが熱烈に名乗り出たため、ならばとこうして『お散歩』を頼んだ次第である。

 飼い主とリードで繋がれた柴犬の『お散歩』であれば、この観光施設を含む火山地帯周辺を練り歩いていても……さほど怪しまれることは無いだろう。


 広範囲での気体成分サンプリングがなされれば、観測結果により一層の説得性が附与される。

 例によって主体思考である『ルルちゃん』に引っ張られているのだろうか、妙に元気なスーが自らの任を全うしてくれることを祈りつつ……私は予定通り、俯瞰指示と待機に専念する。



 周辺調査をお散歩組に委託した私は、屋外テラス席のチェアに(軋みを無視して)腰掛け、一息。

 思考では二人の座標トレースを行いつつ、要調査座標への誘導を的確に行っていき。

 一方の身体機体のほうは……周りからの注目をそれとなく誤魔化すため、観光施設フードコートの名物メニューを堪能させていただく。


 ……いや、ほら。何もせずに椅子に座ってるのは……ちょっと不審だもの。

 食事中ということにしておけば静止していても不審では無いだろうし……干渉もある程度は防げることだろう。




『はいはい! ワタシ見ました! ワタシの各種観測機器は、かあさまがズルイしているのを捉えています! かあさまはズルイと判断します!』


『ご主人、ご主人! ワタシも美味しいものの摂食を! あと『なでなで』行為を希望します!』


(わかった! わかったから! まずは調査を先に終わらせてくれ! 後で何でも食わせてやるから!)


『いま『なんでも』って発言! ワタシは記憶します!』


(わーかったから!! もう!!)




 常人とは比較にならない程に高性能な、私の視界の奥の奥。

 景勝を楽しむための散策路にて調査中の二人から、元気いっぱいの異議申し立てが届けられる。


 私の返答を受けて『言質取った』と言わんばかりに喜びはしゃぐその姿に、私の姿など当然見えないであろう周囲の人々が『ぎょっ』としている様子が見て取れるが……あの子らの愛らしさのお陰だろうか、特に不審がられている様子は無い。


 神秘的で幻想的な容姿ながら、天真爛漫を地で行く言動のディンは、それだけで周囲の興味と関心を惹き付ける。……まぁ私の可愛い娘だものな。

 ただでさえ魅力的なあの子に、愛嬌たっぷりの『ルルちゃん』が加わったとなれば……その魅力的な光景の前では多少の違和感など、容易く消し飛ばしてしまえることだろう。



 どうかその調子で、見る者に幸せをお裾分けしながら、かしましく調査を続けてほしい。

 その間私は……この『特製たまごカツカレー』の調査を、しっかりばっちり進めていこうと思う。




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