第38話 悠・々・平・穏 6




 異星文明製のガイノイドたる私の身体は、当たり前だが老廃物や体液等を(緊急排熱時等の非常事態を除き)排出しない。

 ヒト種とは異なり皮脂や汗を分泌することもなく、それによって雑菌が繁殖することも無い。


 つまりは、外的要因以外で着衣が汚染されることなどほぼ無いのであって。

 つまりは私が一度身に付け、そしてまた脱いだものとて……基本的には別段、汚染されているわけでは無いと言えるだろう。



 つまりは……入浴前に脱いだものを再び身につけても、そこに何も問題は無いのだ。

 生前の習慣からして、少なからず抵抗を感じてしまうのは確かに事実なのだが……実際こうして見てみても汚染されている形跡は無いので、やはり何の問題も在りはしない。そのはずだ。



 ただまぁ、その……ほかでもない私自身の排熱により、ほんのり温かい気がしなくもないを目の当たりにしたとき。


 私自身が脱いだものに間違い無いとはいえ、えも言われぬ気持ちになってしまったのは……やはり私の意識は、未だ男性のものであるという証左なのだろうか。




『はぁ…………難義なものであると結論付けます』


「おい待て貴様。随分とまぁ他人事な言い草じゃないか、統合管制思考スー・デスタ10294。一方的な都合で私の身体を少女型こんなにしたのは、他ならぬお前の元管理者だろうが」


『肯定致します。…………しかしながら、そこに何か問題が? 不特定多数に好感を抱かれる造形であることは、プラスとして作用するアドバンテージであると判断致しますが……』


「ははーん、なるほどな? お前さてはヒト種の性差について理解わかって無ェな?」


『……旧来の有機生命体が繁殖を行う際、雄種個体と雌種個体が極小コミュニティを形成し、繁殖行為および出生幼体の養育にあたっての協同関係を構築するもの……と、認識しております』


「つまりはよく知らないんだろ? どうせ異星人共も無性生殖だったんだろ? 有機生命体の雌雄の構造差やら精神性の違いなんかは、ライブラリの情報でしか知らないってことなんだろ? ん?」


『……………………肯定します』




 どうやらスーは……というか、スーの製造元である例のロクでも無い異星人共は、繁殖を行うにあたって『雄しべと雌しべのアレコレ』を用いては居なかったらしい。

 分裂か、あるいは複製クローンか……いや、それこそ画一的な個体を生産し続ける製造ラインなんかが存在していたとしても、私はもう驚かない。


 なるほどであるならば、有機生命体が異性個体に対して抱く感情や情緒に対して無頓着なのも頷ける。

 情報でしか男女の差異を知らないスーにとっては、有機生命体のオスメスの区別など……それこそ単純な見た目か、せいぜいが人種の差異程度の認識でしか無いのだろう。



 雌個体の幼体が最も効率的に庇護欲を掻き立てる、という統計情報は所持していても。

 それが何故なのか、どういう思考判断に拠るものなのか、というところまでは……恐らく理解していないのだ。




(秘匿直通回線を構築。ディン・スタブ、応答せよ)


(ゥ? ディン・スタブ、秘匿直通回線構築に同意します。通信状態は正常です)


(ディン悪い、ちょっと頼みがある。スーに黙って工廠区ファクトリー動かせるか?)


(んゥ? んー、んゥー…………問題ありません。ワタシは直接的な管制制御を行った経験を持ちませんが、スー・デスタ10294による制御ログを解析し模倣することは可能であると判断します)


(でかした。……実はだな…………)


(………………なるほど。プロジェクト仔細を拝見、かあさまの提案を受理します。ワタシは『非常に愉快なことになりそう』所感を抱きます)


(ありがとう!)




 書き記された情報だけで、ものごとの全てを理解することなど出来やしない。

 ましてや生物ではない、柔軟な思考を持たない管制思考であれば……尚のことだろう。


 私はそんなスーに、実際に様々なことを身をもって体験させてやるため、ディンと結託して極秘のプロジェクトを始動することにした。



 決して、意趣返しだとか鬱憤を晴らすだとか、そんな理由によるものでは……たぶん、無い。……と思う。


 …………いや、少しだけ。ほんの少しだけだ。




『…………あの、艦長ニグ、いかがなされましたか?』


「何でもないぞ? 気にするな。スーは……なんだっけ、大気構成調査用の新型だったか? 当然許可するし私も手伝うぞ。さぁ始めようか」


『いえ、あの、その…………素材の回収自体は、新型の回収用キャプチャ無人機ドローンにて対応可能です。艦長ニグのお手を煩わせることは無いかと』


「そうか。じゃあ、何も気にしなくていいな。気にしなくて良いよな」


『…………あの、艦長ニグ。母艦工廠区ファクトリーにワタシの管轄権限外区画が設定されて居りま――』


「気にしなくていいぞ。ちょっと私的な作業してるだけだからな。プライバシーの観点から内緒でやらせてもらってるだけだからな。絶対に何も大丈夫だから、気にするな。絶対に気にしないで、スーは例の新型に専念してくれて大丈夫だから気にするな」


『………………そう、なのですか?』


「そうだぞ。絶対に大丈夫だから……心配するな。いいね?」


『は、はい』




 私とディンの悪巧みはさて置き……順調にノウハウを蓄積しつつあるスーは、次なる無人探査機の製造に着手した。

 マズル部分に気体成分調査用の検知素子を搭載した、現代日本を闊歩していても怪しまれない外観の、新型の探査機である。


 外観のモデルとなるのは……臭気に敏感な感覚器を持つ共生動物、そのものズバリ『イヌ』である。

 愛嬌たっぷりの犬種、かつ首輪でも付けておけば、駆除対象の野犬と見なされることも無いだろう。



 どうやらスーは最近、『木を隠すには森』の概念を理解したらしい。各種無人機ドローンを隠蔽機能にてコソコソ隠すのではなく、むしろ堂々と曝け出す方向にシフトしている模様。

 隠蔽力場を常用するのにも少なくないエネルギーを消費する以上、どうしても活動時間に限界はある。隠蔽に頼らず探査を遂行できるのならば、それに越したことは無い。


 肝心のその能力の程だが……先日のラシカ連邦工作員拠点の襲撃の際に、しっかりと確認できた。

 壁一枚隔てた至近距離で会話を盗聴することも、ターゲットの直近で着弾観測を行うことも、ミミちゃんニニちゃんであれば朝飯前ということだ。


 ネコやカラスなど、屋外であればどこに居てもおかしくない。

 燃費の悪い隠蔽機能を用いずに、堂々と諜報活動に勤しめるとあらば、主力機の転換を試みるには充分な理由なのかもしれない。



 ……ただ、まぁ……現在の『我が家』に、更に『わんこ』が増えるとなると。

 今よりも更に、色々と……特にディンあたりが騒々しく賑やかになるだろうことは、恐らく間違いないだろうと思う。



 しかしそれが悪いかと言われれば、そんなわけは当然ながら無いのであって。

 どうせなら私も一緒になって、色々と楽しんでみたい。そんな思いが湧き出ているのも、確かな事実なのであって。



 時間など、連日昼寝するほどに有り余っているのだ。

 ……いっそのこと、コレを『趣味』にしてしまうのも良いかもな。





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