第36話 悠・々・平・穏 4




 現在の私は、おおよそ趣味と呼べるものを、まだ見つけることが出来ていない。


 強いて言えば、かつて私が貴重な金子を獲得する手段として用いたこともある、いわゆる『大食い』と呼ばれる挑戦行為。

 確かに食事……味や食感を楽しむことは、単純に『好き』と言える。生命維持に必要無いとはいえ、元々は人間である私にとって、非常に魅力的な行為ではあるのだ。



 しかし、現在の私は『真っ当な収入』を得る目処が立っている。

 魔物マモノの駆除に貢献することで、私達にはそこそこな額の手当が支給されるのだ。


 支給された手当は、貸与された通信機器スマホを用いたコード決済でそのまま利用が出来るほか、提携のATMを用いれば現金化することも出来る。

 シシナが住まう田舎町では、現金決済のほうが喜ばれるらしい。よって彼女への『お礼』は現金の方が都合が良いらしく、現金化が容易であることはとても助かっている。



 若干話がズレたが……要するに、あのような形でお金を稼ぐ必要が無くなったのだ。

 食事そのものは嫌いじゃないし、むしろ好きなのだが……注目を浴びたり急かされたり囃し立てられるような状況ではなく、どうせなら落ち着いてゆっくり楽しみたいじゃないか。



 とはいえ、今回『ススちゃん』を連れ出した私の目的は、では無い。

 まあ、食べることも『趣味』に含められるのかもしれないが……それはおいおい試していくとして。


 



『……ところで、艦長ニグ。アナタは『趣味』捜索に関して、指標を有しているのでしょうか?』


「ある、といえばあるんだが…………これが『趣味』に当たるのかと問われれば、まぁ微妙なのかもしれない」


『…………要領を得ない、と結論付けます』


「返す言葉もないな」



 シシナさんの家がある南房総へ再び降り立った私達は、そのお庭から天高くへと舞い上がる。

 交通網や地形を無視して自力移動が叶う私にとって、交通の不便さなど毛ほどの障害にもなりはしない。


 私自身には『隠蔽』を展開し不可視となっていることだし、スーこと『ススちゃん』は遠目に見ればただのカラスだ。市井の人々に不審がられることは無いだろう。

 悠々と東京湾を横切り、ざっくりと西北西へ。目視情報をもとに現在位置を算出し、暫定目的地を目指して飛翔を続ける。



 ヒトとは比較にならない程の高精度を誇る私達の視覚は、既にその様相を捉えている。

 麓の市街地からは距離を隔てた、人里離れた山間部。不自然なほどに草木が姿を消し、荒涼とした山肌が顔を覗かせる……まるで地獄のような光景。




『警告。大気中有害物質含有指数の上昇を確認致しました』


「私のこの身体機体なら問題無いだろ。ヒトでもそこそこ近づける濃度だ」


『…………そうなのですか』


「けど、よく検知出来たな。硫化水素なんて高空まで殆ど上がって来ないだろうに」


『…………その、当機体『ススちゃん』の警戒能力、或いは生存本能等に寄与するもの、と判断致します』


「つまり『ススちゃん』を生み出して、その性能を充分に活かしてるスーの実力ってことだろ。……えらいぞ」


『!! …………その……恐縮です』




 私達が見下ろす先、荒れた山体を構成する岩と岩との隙間からは、独特な臭気を含む気体が立ち昇る。

 樹木や草花を枯死させ、ときには生命をもおびやかす有毒ガスの噴出は、この山が活発な火山活動を行っていることを示している。


 ……つまり、この地下では今なお膨大な地熱が生じており……この巨大な山体に降り注いだ地下水を、いい感じに温めているというわけだ。




「スー、悪いが……良さそうな所、見繕ってくれないか? 気持ちいてて料金も手頃で……露天の貸切があると最高なんだが」


『お任せ下さい、艦長ニグ。統合管制思考スー・デスタ分岐思考を総動員し、必ずやご期待に沿うオブジェクトを提示して御覧に入れます』


「助かる。…………私のタダ乗り回線は……何よりもまず、端子函クロージャー探すトコから始めなきゃならんからな」



 母艦に据え付けた電波通信設備のお陰で、今やスーは地球上の通信ネットワークへ介入する手段を獲得している。

 大国の軍事機密でさえ盗み出すその情報収集能力は、はっきり言って常識外れと言える。私の探しもの程度、この子であれば容易く見つけ出してくれることだろう。


 スーが目的地を見繕ってくれるまで、このまま上空で待機していても良いのだが……せっかく足を運んだのだ、もっと近くで見てみたい。

 人けの少ない岩場へと狙いを定め、私達は高度を下げていく。



 やがて私達が降り立ったのは、草木の消え果てた擂鉢状の大きな窪み。

 このあたりは火山ガスの濃度が高いことから立入りが禁止指定されており、また散策路からは林立する岩塊で隠れているため、仮に『隠蔽』を解いたとしても見つかることは無さそうである。


 生身の身体であれば決して立ち入れぬであろう、惑星地球の活動をわかりやすく視認できる場所である。

 この身体機体に生まれ変わって……一度死を迎えて『良かった』とは言えないが、得難い体験を出来たこと自体は嬉しく思う。



 ……そうとも。

 実際に、その場に足を踏み入れなければ……そのことに気付くことも、恐らく出来なかったことだろう。




『…………艦長ニグ』


「どうした、何があった?」


『周辺環境の有害物質含有指数が、急速に上昇しています。この場所は――』


「大丈夫だろう。生身の身体ならまだしも、今の私はアンドロイドだ。硫化水素ごときに蝕まれやしない」


『…………否定、します。これは……周囲環境パラメータ、詳細計測……』



 ただ事ではないスーの様子に、さすがに私の顔からも笑みが消える。


 高精度のカメラマイクを搭載する『ススちゃん』とて、さすがに高精度な気体分析機能などは持ち合わせていない。

 限られた機能を最大限に発揮し、少しでも多くの情報を得ようと足掻き。


 その結果スーは、ひとつの『仮説』を導き出した。




『…………艦長ニグ……分割管制思考『デスタ・アルファ』および統合管制思考『スー・デスタ10294』より、特務機体『気体構成解析機能特化型』探査機の製造を具申致します』


「許可する。必要なも……条件はで、併せて許可。……それで、何があるんだ?」


『…………はい。この『火山性有害気体』ですが……いえ、詳細は分析結果を待つ必要があり、単に本機の誤検知である可能性も御座いますが……』


「構わない。とりあえず言ってみろ」




 スー自身、自らの立てた『仮説』を未だ信じ難かったのだろう。

 その正否判定には、件の『気体構成解析機能特化型』探査機の完成を待つ必要があるが……あくまでも『仮説』のひとつとして、おずおずと解釈を口にする。




『…………その、本来であれば当該惑星内にて生じる筈の無い、非物質系構成成分……『ΛD-ARKエネルギー』反応を、微弱ながら検知致しました』


「……………………火山ガスから?」


『はい』


「……………………地下から?」


『………………はい』


「………………………………」




 軽い気持ちで、深く考えずに『温泉でも入りに行くか』と飛び出して来てみたら。


 いやいや………どういうことなんだ、これは。





――――――――――――――――――――




※雲行きが怪しく見えるかもしれませんが、多分気のせいです。


次回『まぁとりあえずひとっ風呂浴びるか』



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