第35話 悠・々・平・穏 3




「かあさま、かあさま。んへへェ〜〜! ……おやすみのお顔、とても可愛らしい、ワタシはよりいっそう好感を持ちました!」


「………………して…………ころして…………」


「えっ、と…………その……げ、げんき、しましょう? 艦長ニグ。…………かわいかった、です、よ?」


「……………………そう…………」




 顔を両手で覆って項垂れる私に……ニコニコ笑顔をはばからないディンと、仄かな笑みを浮かべるシシナから、慰め(?)の言葉が掛けられる。

 二人に悪気が無いことは重々承知の上ではあるが、なにせ私自身が面と向かって『可愛い』と評されることに慣れていないのだ。


 この機体の外観が整っていることは、私とて理解している。

 しかしその評価が『私個人』へ向けられることには、未だ充分な耐性が無いのだ。




「決めた。私はもう軽率にお昼寝しない。休むときは自室キャンプ戻って一人で休む」


『…………艦長、ニグ………………』


「………………………………畜生! 何でそんな見事に『悲しそうな顔』が出来るんだよ! 鳥ってそんな表情豊かだったのか!? …………ああもうニニちゃんも! わかった、わかったから! またお昼寝しようね!」


「かあさま! かあさま! ワタシも! ワタシも一緒にお昼寝!」


「ふふふっ。…………だい、じょうぶ。……ここ、わたしたち、だけ……です」


「それはそうだが…………もう!」



 言われてみれば……不特定多数に晒したわけではなく、ここに居るのは全員が私の身内、家族と呼べる存在である。

 ……そう考えると確かに、気分はだいぶ楽になったように思える。


 まあ、だからといって……気恥ずかしさが消えるわけでは無いのだが!




…………………………





「……それ、では、わたしたち、は……少し、用事を、いってきます」


「ゥ? シシナおねえちゃん、おでかけ?」


「はい。……お家、後ろ、の……畑、借りられる、の、可能性、しれない……と。なので……交渉に」


「あぁー……そりゃ忙しいとこ悪かった。私達も目的……ススちゃんとテテちゃんの飛行試験は、お陰で無事に済んだからな。今日のところはそろそろ失礼する」


『ワタシからも……深く、感謝を』


「はいっ。……また、いつでも……遊び、来てください、ねっ」




 お茶とミルクと魚肉ソーセージをご馳走になった私達は、例によって玄関から……ではなく、玄関横の客間と退散する。

 出入り口のふすまを除く開口部にビッチリと目張りを施し、窓から光が漏れ出ないように小改装を施した『転送』用ルームを拝借し……私達二人と二匹と二羽は、みんな揃って帰還を果たす。


 温かな南房総の片田舎から、身も凍る高空に佇む揚星艇キャンプへ。

 寄せては返す波の音ではなく、機械の駆動音に包まれた我々の本拠点。

 これまで然程の不満は感じていなかった我らが拠点『揚星艇キャンプ』だが……あの心地よい環境での『お昼寝』を体験してしまうと、どうにも物足りなさを感じてしまって宜しくない。




 ……というか、そもそも。


 現在の私にとって、余暇を満喫する選択肢そのものが……例の『お昼寝』しか存在していないのだということに、気付かされてしまったのだ。




「…………以前は、全部自分で何とかしようと思ってたからな。そんな余裕は無かったし……考えたことも無かったが」


「んゥ……かあさま、いつも『おシゴト』のこと。ゆっくり、のんびりする『趣味』行為、開拓するを提案します」


『ディンによる提案に、ワタシも同意を示します。余暇を過ごすにあたり適切な『趣味』を設定することは、通常業務の遂行効率にもプラスの影響を与えるものであると、過去の統計記録からも判断出来ます』


「過去の記録、って……どうせ異星人共だろう」


『……ええ、まぁ。……ちなみに母星…………表現訂正。造成天体『ルサ・ト・コン』内の一級智類支配層では、『趣味』に分類される行為として『飼育生体ペット調教』『代理戦争』『狩屠』『自己改造』『浴荷電』等が流行して居りました』


「半分以上理解できなかったがロクでも無い奴らだってのは理解出来たわ」



 さすがは侵略星系文明の異星人……その『どうしようもなさ』と来たら、趣味においても私の期待を裏切らない。

 ペットの調教……まぁ訓練は良いとして、代理とはいえ趣味で軽々と戦争したり、何をかは知らないが狩ったり屠ったり。


 ……いや、その規模や対象としているモノは異なるだろうとはいえ……やってること自体は、この惑星の人間も大して変わらないか。

 敢えて物騒な部分を挙げるとすれば、中世は公開処刑が娯楽のひとつであったと聞いたこともあるし……狩猟が趣味だという王侯貴族など、過去には数え切れぬ程に存在していたという。



 現代の常識に染まった私は、それを『残酷だ』と感じているが……当時はそれが一般的な『趣味』として成立していたのだ。


 『常識』や『正解』などは時代によって、幾重にも姿を変えるものなのだろう。

 現代を生きる私が感じた思いが、全てにおいて正しいとは限らない。

 今でこそ隆盛を極めているヒト種だが……その数千年の歴史とて、長い地球の歴史の中ではほんの数瞬に過ぎないのだ。




 まあともかく……今はそれよりも『趣味』のほうが重要だろう。

 そういった『外に迷惑を掛ける』系のモノは論外だとしても、私も『趣味』と呼ぶべきものを探してみるというのは、なるほど確かに良い考えなのかもしれない。


 例の異星人共においては、恐らく『自己改造』や『浴荷電』なんかが該当するのだろう、他者に迷惑を掛けない趣味。

 『自己改造』は字面こそ物騒に見えるが……まぁ、筋トレのようなものだろう。有り得るといえば有り得そうだし、他がどうしようもないだけに健全にさえ見えてくる。

 最後の『浴荷電』とかいうのは……食事とか入浴の類だろうか。……電気の類を摂取して活動するとか言っていた気もする。



 野蛮な異星人を参考にしないにしても……もちろん現代でも、自己完結系の趣味は数多存在する。

 たとえばディンは図書館に足を運んで(ソノダさんの協力のもと)色々な本を借りていたり、それ以外にもミミちゃんたちと散歩したり戯れてみたり……そういえばシシナも、家の裏手で家庭菜園を始めようとしているのだとか。



 魔法少女達の頑張りのお陰で、のんびり過ごせる時間も増えた。

 対策組織とのつながりを得たおかげで、費用面においても大いに余力がある。


 ……やはり私も、ここらで『趣味』のひとつやふたつ、持ってみるべきなのかもしれない。

 幸いにも、幾つか『やってみたいこと』を思いついた。それらを『趣味』として充実した余暇を過ごすというのは……なるほど、なかなかに楽しそうだ。




「…………スー、戻って早々で申し訳無くはあるんだが……その、私はちょっと出掛けて――」


『了解しました。個体名『ススちゃん』を随伴機として設定、分割管制思考『デスタ・アルファ』オペレーションを開始致します』


「いやあの、私まだ何も言ってな」


『ワタシは、艦長ニグに従う統合管制思考です。親愛なる艦長ニグの御指示とあらば、他ならぬワタシ自身の意志のもと、最上位タスク指定により全権限をもって最善を尽くすものと定義して居ります』


「そ、そう。……いや、でも私一人でも」


『艦長ニグ発言より推測するに、艦長ニグ再出撃は『趣味』捜索に纏わるものである可能性が極めて高いと判断致しました。地表へ降下の後、何かしらの目的物捜索を要する任務と判断、であれば長距離偵察用個体『ススちゃん』の得意とするところであると判断致します』


「まぁ当たってるんだけど! すごいは凄いんだけど! でも何でお前そんなに前のめりなの!? 勢いっていうか熱が凄いぞ!?」


『…………至極単純な動機に依ります。……ワタシは『ススちゃん』および分割管制思考『デスタ・アルファ』をもって、艦長ニグとの『お出掛け』を希望しているため……と、回答致します』


「…………っ、……いや、えっと、その…………なんだ。…………そういう、ことなら…………行くか」


『………………! …………はいっ』




 ミミちゃんニニちゃんと戯れながら、ニコニコ笑顔を振り撒くディンに見送られ。

 私はほんの十分そこらで、再びシシナさんの客間へとトンボ返りを果たし。



 ちょうどお家を出るところだったらしいシシナさんに、苦笑を向けられてしまったのだった。



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