第28話 天・災・渦・導 9
身体機能の維持を半身たる【イー・ライ】が補っているシシナ、およびそもそも生身の生体ではない私にとっては、息を殺して『待ち』に徹することなど造作もないことだ。
固定された体勢によって血流が滞ることも(ほぼ)無いし、空腹に苛まれることも(ほぼ)無い。喉の乾きや脱水に脅かされることも、また尿意に脅かされることも(ほぼ)無いのだ。
『………………艦長ニグ』
『はっ!? …………な、何だ? 寝てない、私は寝てないぞ』
『否定致します。貴機『ニニちゃん』メンタルパルスは明らかに『休眠』の数値を提示しておりました。視覚情報の途絶が三十秒以上続いていた事実も含め、貴機『ニニちゃん』が短期とはいえ睡眠状態にあったと判断致します』
『…………………………』
『だい、じょうぶ……ですっ。わ、わたしたち、が……ついてます。……安心、ください』
『………………感謝する』
建物内への侵入は、視覚からの情報を得やすい日中に行ったほうが良いと判断しての決行であったのだが。
一方で目標たる【シーリン・ハイヴ】への接触は、日没――というか研究員たちの退勤――を待ったほうが良いだろう。そう判断が下された。
施設内ネットワークに侵入したスーによって、電子錠や動体センサー等の警備システムや監視カメラの映像は欺くことが可能なのだが……とはいえスーはあくまで、ネットワーク上の存在である。
研究員や職員など、生身のヒトの目が光っている場面においては……スーに頼りきりで突破することは、残念ながら不可能なのだ。
そのため我々は現在、到達目標である【シーリン・ハイヴ】拘束槽およびその監督管制室を目前にして、空調ダクトに身を潜め待機しているというわけだ。
研究員とて、生身の人間である。無補給で一日中稼働できるわけが無い。それこそ夜間ともなれば、目を光らせるのは警備システムのみであろう。
我々が狙うのは、まさにそこだ。監視観察の手が薄れる瞬間が来るまで、身を寄せ合って待機あるのみだ。
…………ただ、
先程からうつらうつらと……実際何度か『寝』に入ってしまっていたらしく。
バレないように上手く誤魔化せていたと思っていたのだが……さすがに三十秒以上も瞼を閉じていたとなれば、突っ込まれて然るべきか。
ただ……敢えて言うとすれば、この行動はあくまでも『ニニちゃん』の本能に依るものだ。
私個人の、ニグ・ランテートの欲求が
『…………考査結果。艦長ニグによる弁明、『どうでもいい』と判断致します』
『ぷぇっ』
『ふふふっ。…………心配しない、安心、ください……艦長ニグ。……わたしたち、監視、続行します。……ヒト、職員、居なくなる……連絡、起こします』
『………………しかし――』
『同盟個体『シシナ』提案に同意を示します。貴機主体思考『ニニちゃん』フラストレーションの蓄積は、遂行中作戦の重要な場面での動作不良、ならびに意図せぬ動作によって不利益を齎す可能性が高いと判断致します。対外観察を同盟個体『シシナ』へ委託、艦長ニグならびに『ニニちゃん』へ休眠の確保を提言致します』
『はい。まかせて、依頼、受けます』
『……………………すまない』
確かに……現時点でさえ『ニニちゃん』は私の意に反する行動を取りつつあるのだ。
重要な場面でそっぽ向かれないためにも、今のうちに好きにさせてガス抜きしてやったほうが良いのかもしれない。
幸運なことに、この場には警戒を任せられる仲間が二人も居るのだ。ここは提案を呑んでみても構わないだろう。
私がそう判断を下すや否や……ニニちゃんは『待ってました』とばかりに意気揚々と『寝』の体勢に入る。
しなやかで毛の長い身体をシシナに擦り寄せ、くぁと
……私の意識は、そこで途絶えた。
……………………………………
………………にゃーん。
……………………………………
…………
……………………さて。
計画通りの待機状態を経て、ようやく機は熟したと見て良いだろう。
時刻は現地時間で、既に二十二時を回っている。職務意識の高い最後の一人が帰宅の途につき、ようやく【シーリン・ハイヴ】監督管制室が無人になったようだ。
ごくごく控えめな常夜灯を除き、闇に充たされた地下研究施設。
『実験材料』の保管エリアからも離れたこの区画は、今や完全に無人と化している。動くものの姿はほぼ皆無と言っていいだろう。
ただ二つの例外……自由を得て舞い戻った
『…………状況確認。艦長ニグ、準備の程は宜しいですか?』
『勿論だとも。ニニちゃんのご機嫌もバッチリだそうだ』
『…………それはそれは……何よりです』
『……なんだ。言いたいことがあるならハッキリ言…………やっぱ言うな。作戦続行だ』
『了解致しました。…………全体へ。現時点より、オペレーションをフェーズⅣへ移行。当該エリアの監視カメラへ欺瞞映像を送信、併せて各通路部動体センサー群の無力化を完了致しました』
『よし、出るぞ。シシナ…………何だ?』
『ふふっ。…………なんでもない、です』
『…………そうか。……行くぞ、案内を頼む』
『はいっ。……かわいかった、です、よ』
『…………………………それは良かった』
空調ダクトの蓋が開かれ、私達はそこからするりと姿を表すと、冷たいリノリウム張りの床に音もなく着地する。
監督管制室の入口、複数の生体認証を必要とする電子キーが容易く突破され、重厚な隔壁扉があっさりと口を開ける。
風除室の向こう側に控える第二の扉も同様、私達のような部外者にして害意を持つ侵略者であろうとも、スーに侵された警備システムでは阻むことなど出来はしない。
かくして、警備システムを味方に付けた私達は……あっさりと研究所の中枢、【シーリン・ハイヴ】監督管制室へと侵入を果たし。
『………………この子、です』
『なんとまぁ……そういうことか』
『…………所感。純水および強磁界を利用した非接触拘束と推測致します。周囲拘束檻へ大規模なエネルギーラインの形成を観測、脱走抑止用の高圧電流であると結論付けます』
高圧電流の流れる専用の拘束檻に囲まれ、強磁界の枷に
地球外生命体【シーリン・ハイヴ】は、管制室の大きな硝子窓の向こう……冷たく薄暗い水中にて、ぽつんと寂しく浮かんでいた。
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