第29話 天・災・渦・導 10




 ここまで辿り着いたとあれば、我々の作戦もいよいよ最終局面を迎える。


 地球外生命体の親株、通称【シーリン・ハイヴ】の回収……そのための手筈は既に粗方整えられている。

 あとは引き続き夜間警備を掻い潜りながら、計画通りにことを進めるだけだ。




『……それじゃ、始めるぞ。シシナはコンソールを』


『はいっ』


『スー、拘束槽上層区画の開放を――』


『心得ております。点検用通路隔壁の解錠、および警備システム無力化を完了致しました』


『でかした』




 管制室の端の扉、拘束槽の上部へと続く連絡通路へ、私は背中のポーチの『おみやげ』もろとも音も無く身を滑り込ませる。


 タラップを上り隔壁を潜り、やがて巨大な水槽と物々しい機械類がひしめく大部屋へと辿り着く。

 眼下の水槽、その中央には【シーリン・ハイヴ】が囚われており、その水槽の周囲を覆う大型の装置からは強力な磁界が発せられている筈だ。



『同盟者シシナへ。拘束力場の動力遮断を、マニュアル操作にて委託致します』


『はいっ。…………でんき、と……磁界。出力、ライン……切断っ、しました!』


『了解。…………さぁ、幾らか振りの『美味い飯』だろ。遠慮なく喰え、よッ!』



 キャットウォークを駆け抜け、強磁界が消失した水槽上へ……ちょうど【シーリン・ハイヴ】の真上へと場所を移し。

 私は長らく背負っていた『お土産』を、専用ポーチごと水中へ投下。


 比重の大きい『お土産』が詰められたポーチは、真っ直ぐ勢いよく沈んでいく。




『…………ごめんね、おそくなった……けど』


『……ワタシ達が援護に入ります。……地球外生命体【シーリン・ハイヴ】。救援物資の摂取の後、当方の指揮下に入られたし』



 珪素生命体がしがみついていた隕石片から、銀褐色の微細な繊毛が幾条か伸ばされる。

 それらは私が投下したポーチを捉え、しっかりと絡み付き……その内部の救援物資へ、ついにその手が届く。


 私達の前任者たる異星人用の、高効率万能栄養糧食である『鉄の味がする豆腐』状のレーション。

 それは彼ら【イー・ライ】にとってもまた、極めて有用な食糧であったらしく……それを摂取した珪素生命体は、みるみるうちに活力を漲らせていく。


 必要な成分の物質を高効率で取り込んだことで、生命体としての代謝能力もようやく取り戻すことが出来たのだろう。

 これまで長年に渡って彼を苦しめてきた、周囲をぐるりと囲う高圧帯電檻……今や動力が落とされ、ただの鉄檻と化したそれにも銀褐色の触手を伸ばして絡め取り、片っ端から侵食・吸収・同化していく。



『……よかった。…………げんき、もどった』


『…………同意。当該個体【シーリン・ハイヴ】代謝数値向上、作戦遂行能力の確認を完了致しました。搬出計画を次プロセスへ移行します』



 シシナ曰く『元気を取り戻した』らしい地球外生命体は、元気いっぱいモリモリと金属檻を喰らっていく。

 群体としての性質により今回の作戦のことを知っていた彼らは、この地に落着してから長らく依代としていた隕石片をも取り込み、自らの身体として再編を行う。

 およそ半世紀にも渡って身を隠してきた隕石片シェルターも、彼らにはもう必要ないのだ。


 純水に満たされた拘束槽の中を動き回り、グネグネと身体構造を変化させて見せる【シーリン・ハイヴ】。

 この様子であれば……この後の『脱出』に関しても、そこまでの心配は要らないだろう。




『オペレーションをフェーズⅤへ。艦長ニグおよび同盟者シシナへ、当該施設からの迅速な離脱を推奨致します』


『…………よし。引き上げるぞ』


『はいっ』



 拘束装置の制御コンソールにを残し、囚われの【シーリン・ハイヴ】を解放した我々は地下施設からの撤収に移る。

 シシナおよびスーと遠隔で意思疎通ができることを利用し、ここからは当方でも適宜を加えながら、彼自身の手で施設からの離脱を試みて貰う。



 ……とはいえ、その道程はそれほど難しいことでは無い。

 キーとなるのは、これまで長きに渡り拘束を続けてきた大型機械……檻に流す高圧電流、および強磁界の発生装置だ。


 およそ半世紀程の昔から、長きに渡って拘束を続けてきた機械……それらは構造も比較的単純であり、またその役割からして、長らくハードウェアアップデートが成されていなかった。

 またそれらを統括する地下研究施設も同様、いわば『旧式』に分類される設備で占められており……ここが最も重要なポイントなのだが、その排熱には『水冷方式』を採り入れていた。



 秘匿された地下で生じる大規模な発熱を処理するため、この研究所が採用したのは……すぐ傍に広がる広大な湖の水を呼び入れ、それに熱を渡して湖に戻すという手法。

 ……そう、つまり湖にそのまま繋がる導水管が、あの大型設備には引き込まれているのだ。




『警備システムの無力化に成功。進路クリア』


『了解』『で、ですっ』



 来たときと同様、いやそれ以上に迅速な足取りで、我々は四半日ほど前に来た道のりを引き返していく。

 ニニちゃんの目であれば夜間暗視も問題無いし、それを除いてもスーによるバックアップがついている。

 一方のシシナのほうも、そちらは共生している【イー・ライ】によって視覚が強化されているらしく、暗がりにあっても階段を踏み外すこともなく正確な歩みを刻んでいく。


 時刻はまさに真夜中、研究員や保守管理要員の姿など無い。

 警戒するとすれば巡回警備要員なのだろうが、巡回が始まるのはあと一時間は先のことである。警備室の監視カメラをスーが覗き見てみても、彼らに動きが無いことを確認済みだという。



 そうしてこうして……いとも容易く地下施設からの離脱を完了した私達。

 地下施設と同様、昼間よりも圧倒的に人の気配が薄れた敷地内を音もなく駆け抜け、侵入時と同様の金網フェンスへと辿り着き。




『進路クリア』


『よっしお疲れさん』『さんっ』



 赤外線や動体センサーが停止した隙を突き、これまた軽々と跳躍してフェンスを突破。

 その後はスーが『最後の仕上げ』に入り、監視カメラおよび館内警備システムが何一つとして異常を捉えなかったことを確認し。


 夜闇に沈む針葉樹林の上空に人知れず佇む高性能輸送艇ポーターへと、こうして(おみやげ以外の)何一つとして欠けることなく帰還を果たし。



 我ら『猫の目』小隊の潜入工作任務は、ここにめでたく完遂されたのだった。



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